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4.流石は四天王

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 依田さんは私が口走った呼び名に突っ込むこともなく、軽く肩を竦めて説明してくれた。

「それは私が新たに任命した四天王だ。席次は第三位」
「シロクマが?!」
「こう見えて極北精霊王のご子息だ。まだ幼獣だが、その潜在能力は帝国魔将軍を遥かに超える。いずれは我々四天王の名を世に鳴り響かせてくれることだろう」
「鳴り響かせたかったんですか?」

 依田さんは生粋の苦労性で、もともと育ちがいいこともあってガツガツした権勢欲もない人だと思っていたのだけれど。

 何が起きているのだろう。

 茫然としたままの頭で、私は尋ねた。

「四天王第三位って、ごつい男の人でしたよね? あの人はどうしたんですか」
「クビにした」
「えっ」
「ちなみに、第二位にもクビを言い渡した。今はあそこにいるのが四天王第二位だ」
「えっ」

 不吉な予感しかしなかった。

 依田さんが指し示す方角に向かって、グギギ、と首を動かす。洞窟の入り口から差し込む薄い光が、地面に座ってせっせと顔を洗っている白猫を照らし出していた。ほっそり、つやつやした美猫だ。私の視線に気付くと、「何よ?」とでもいうようにちらりとこちらを窺い見て、ふんっとヒゲを動かし……そして、関心を失ったかのように再び毛づくろいに戻った。

「……猫ですね?」

 猫だ。それ以外の感想が出て来ない。

 確か、四天王第二位は妖艶な大人の色香を漂わす魔女だったはず。いや、この猫も十分、色香という点では得点高いのかもしれないけれど……

「戦闘力ならば、私とシロクマ……いや、精霊王のご子息で十分に補える。新たな四天王は、癒し力を最大に重視して採用した」
「な、なるほど?」

 いつも疲れてますもんね依田さん。癒しが欲しかったんですね。と、納得しかけたのも束の間、

「その高度な癒しの力で、四天王最弱のお前を力付け癒してくれることだろう。存分にその恩恵を享受するといい」
「私? ──グレシエル様は?」
「私はどうでもいい。帝国内での階位は、継承権含め全て手放してきたことだしな」
「え? えええ?!」

 私の出した大声が、洞窟の中いっぱいにこだました。

 四天王第二位(白猫)が、耳をピクピクッと揺らして伏せる。第三位(シロクマ)の寝息も一瞬止まった。まずい、音に敏感な動物の前で大声を……うるさくしてごめんなさい、と私は身を竦めたのだけれど、シロクマは何事もなかったかのように眠り続けているし、白猫は冷ややかな軽蔑の目をこちらに向けた後、悠然と毛づくろいを再開した。依田さんの表情は変わりない。

 なるほど、誰も動じていない。帝国四天王ってすごいな(?)

 私は物凄く動揺してるのだけども。

「あの、本当に……?」
「本当だ」

 依田さんが帝国を捨てるはずがない。

 それだけは確実だと思っていた。

 捨てないで欲しい、と思っていたわけではなくて、その逆だ。色んなしがらみとか、足枷とか、そういうものを捨て去ることができれば依田さんにも幸せになる道があるのに、とずっと思っていた。でも、どんなに心が壊れても、最期までその場に留まって戦ったのが依田さんだ。そういう人なのだと、ずっと思っていた。

 ……それが、あっさりと全部捨てた、ですと?

「驚くか。無責任だとなじるか?」

 私の沈黙をどう捉えたのか、依田さんが訊ねてきた。

「え、いや、その」

 顔を上げると、黒い目がじっとこちらを見ていた。私の裁定を待っているわけでもない、落ち着いて冷静な眼差しだ。

 依田さんの心の中でどんなに驚天動地なことが起きて、その進む道を大きく変えてしまったのだとしても、それはもう起きてしまったことで、もはや誰もひっくり返せない。依田さんは引き返すつもりがないのだと悟った。

 私は深く息を吸い込み、

「……いえ、私はそれは良いことだと思うんですけど」
「そうか?」

 依田さんが片眉を上げた。私は頷いた。

「ええ。依田さ……グレシエル様はもっと幸せになれる道を選ぶべきだと。犠牲になってばかりいるのはおかしい、といつも思っていました」
「幸せ……そうだな。お前ならば、そう言ってくれると思った」
「……グレシエル様?」

 含みのある言い方だ。まるで、依田さんがすでに私のことを知っていたみたいな? ……しかし、私と依田さんの間には、本当に何の接点も無かったはず。

(いままで、まともに話したことあったっけ?)

 私がぐるぐると考えを巡らせていると、依田さんが神妙な口調で言った。

「実は、私も気付いてしまったんだ。ずっと無意識に目を瞑っていた事実だが」
「?」
「私が居ようが居まいが、戦況には全く変わりないということに」
「……!!」

 私は息を呑んだ。
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