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完.輝ける尻尾
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「猊下、最上級のクルミ油でございます」
「うむうむ、苦しゅうない。もう数滴垂らせ。良いぞ、そのままもう一度ブラッシングするのだ」
「ははっ!」
(父上……)
父上が、リス専用の小さな長椅子の上で伸び伸びとなさっておられる。
数人のお付きが入れ替わり立ち替わり、父上の好きそうなものを手にして現れ、取り巻いてはちやほやしていく。いかにも堕落しきった聖職者の鑑みたいな光景だが、まあリスなので許されるだろう。リスじゃなかったらアレだが。
私は自分の尻尾は自分で入念に手入れしたい派なのだが、父上は違うのだな……と思いながら見ていると、
「閣下!」
焦れったそうな声が私を呼んだ。
「ユーグ」
「俺、そろそろ行きますんで」
城の正面階段の下から、荷物を背負ったユーグが見上げていた。纏め上げられた大量の荷物の上には白いオコジョ。私を見ると、短い前足をついて伸び上がった。
「僕も行きます! 閣下、お元気で!」
どうやらジャンは、ユーグの村に一緒に帰るらしい。元々、ユーグは自分の村を守るために軍に志願した若者なので、戦いが終わった後で帰郷するのは当初の約束通りなのだが、ジャンは何故? 当然のような顔をしているが、全く別の場所の出身ではなかったのか? 結局、お前たちはどんな関係なんだ?
……色々と聞いてみたいことはあったが、部下同士の個人的な関係にあまり踏み込むものでもないだろう。私はてとてとと階段の先まで進み出ると、小さな手を振った。
「元気でやれ! 何かあったら頼りに来いよ!」
「閣下こそ、ナッツの食べ過ぎでこれ以上クルミ脳にならないで下さいよ!」
……失礼な。
ナッツの食べ過ぎなどとあり得るわけがない。ナッツが有り余ったら、きちんと貯蓄に回すのだから。そう思いながら、隣にやってきたセーガルの袖口を引っ張る。慣れた様子で彼が袖口の紐を解いて差し出す、その中に手を突っ込んで貯めておいたナッツを取り出した。
そう、セーガルは私があちこちにナッツを貯め込むのを許してくれるのである。
袖口、ポケット、書類鞄、ベルトの隙間、靴の中。
それどころか、私が彼の肩や膝の上でカリカリしてナッツの欠片をこぼしても、文句一つ言わない。微笑ましげに見下ろしてくるだけだ。
最高に出来た婿である。自分で毛づくろいしたい派の私でも、たまにはこの男に毛づくろいさせてやらねばという気分になる。
「なあ、セーガル。お前には、毎晩毛づくろいさせてやってもいいぞ」
「閣下」
「なんなら……そうだな、私にお前の毛づくろいもさせろ。その分厚い耳、ちょっと触ってみたかったんだ」
自分で言い出したことだが、言っていて照れてしまった。獣人的にはかなり際どい発言なのである。お前嫁に来い、ぐらいの。
まあ実際は、私が嫁ぐ側になりそうなのだが。
「……はい、では是非、今晩」
セーガルは表情を抑えているが、その尻尾がぱたぱたと揺れた。私を肩に乗せて城内に戻っていく間も、別の生き物みたいに大きく動いている。
「……なあ、セーガル。前世の決算はこれで済んだ、というか、決着がついただろう。そろそろ、前世のグラデスギルドではなくて、今生の名を使ってレティアンナと呼んだらどうだ」
「そういたしましょう。レティアンナ」
明るい光が差し込む城内に、柱の影が点々と落ちている。黒く長い尻尾と、ふわふわした金色の尻尾を揺らしながら、私たちは城の奥深くへ入っていった。
……後日。
「リスを崇めよ」教はその圧倒的な断罪スタイルで帰依者を爆発的に増やし、瞬く間に大陸全土を掌握する一大宗教教団となった。
ガルムドア王国暗黒魔法大臣であるウィズダム・シャイニングテイル卿が初代教皇として君臨し、そのカリスマと権力であらゆる騒乱を鎮め、大陸は前例のない平和と繁栄の時代を楽しんだという。
グラデスギルド王国もまた、その恩恵を受けて平和の裡に栄え、国王夫妻は多くの子々孫々に恵まれた。最初に生まれた王女はリス獣人であり、次に生まれた王子は狐であった。狐王子は幼少の頃から体躯が大きく立派な尻尾持ちとして育ち、長らく王城の中では、大きな狐の上に乗って、偉そうに行き先を指示する小さな姉、という光景が見られて微笑ましく人口に膾炙したが、中には国王夫妻も同じことをやっていたという……あまり触れてはならないような噂も入り混じっていた。その真偽の程はともかく、以来、王家に生まれたリス獣人のうち、裁きの神から裁定の能力を授かった者が教会に入り、教皇の座を引き継ぐ、その慣習が続く限りは「リスを崇めよ」の格言のもと、その平和が破られることがなかったという。
※セーガルが獣形に変身するor着替えるたびにナッツが全て落ちてしまうのですが、リスは溜め込んだナッツの場所を忘れる生き物なので大きな問題にはなっていません。
「うむうむ、苦しゅうない。もう数滴垂らせ。良いぞ、そのままもう一度ブラッシングするのだ」
「ははっ!」
(父上……)
父上が、リス専用の小さな長椅子の上で伸び伸びとなさっておられる。
数人のお付きが入れ替わり立ち替わり、父上の好きそうなものを手にして現れ、取り巻いてはちやほやしていく。いかにも堕落しきった聖職者の鑑みたいな光景だが、まあリスなので許されるだろう。リスじゃなかったらアレだが。
私は自分の尻尾は自分で入念に手入れしたい派なのだが、父上は違うのだな……と思いながら見ていると、
「閣下!」
焦れったそうな声が私を呼んだ。
「ユーグ」
「俺、そろそろ行きますんで」
城の正面階段の下から、荷物を背負ったユーグが見上げていた。纏め上げられた大量の荷物の上には白いオコジョ。私を見ると、短い前足をついて伸び上がった。
「僕も行きます! 閣下、お元気で!」
どうやらジャンは、ユーグの村に一緒に帰るらしい。元々、ユーグは自分の村を守るために軍に志願した若者なので、戦いが終わった後で帰郷するのは当初の約束通りなのだが、ジャンは何故? 当然のような顔をしているが、全く別の場所の出身ではなかったのか? 結局、お前たちはどんな関係なんだ?
……色々と聞いてみたいことはあったが、部下同士の個人的な関係にあまり踏み込むものでもないだろう。私はてとてとと階段の先まで進み出ると、小さな手を振った。
「元気でやれ! 何かあったら頼りに来いよ!」
「閣下こそ、ナッツの食べ過ぎでこれ以上クルミ脳にならないで下さいよ!」
……失礼な。
ナッツの食べ過ぎなどとあり得るわけがない。ナッツが有り余ったら、きちんと貯蓄に回すのだから。そう思いながら、隣にやってきたセーガルの袖口を引っ張る。慣れた様子で彼が袖口の紐を解いて差し出す、その中に手を突っ込んで貯めておいたナッツを取り出した。
そう、セーガルは私があちこちにナッツを貯め込むのを許してくれるのである。
袖口、ポケット、書類鞄、ベルトの隙間、靴の中。
それどころか、私が彼の肩や膝の上でカリカリしてナッツの欠片をこぼしても、文句一つ言わない。微笑ましげに見下ろしてくるだけだ。
最高に出来た婿である。自分で毛づくろいしたい派の私でも、たまにはこの男に毛づくろいさせてやらねばという気分になる。
「なあ、セーガル。お前には、毎晩毛づくろいさせてやってもいいぞ」
「閣下」
「なんなら……そうだな、私にお前の毛づくろいもさせろ。その分厚い耳、ちょっと触ってみたかったんだ」
自分で言い出したことだが、言っていて照れてしまった。獣人的にはかなり際どい発言なのである。お前嫁に来い、ぐらいの。
まあ実際は、私が嫁ぐ側になりそうなのだが。
「……はい、では是非、今晩」
セーガルは表情を抑えているが、その尻尾がぱたぱたと揺れた。私を肩に乗せて城内に戻っていく間も、別の生き物みたいに大きく動いている。
「……なあ、セーガル。前世の決算はこれで済んだ、というか、決着がついただろう。そろそろ、前世のグラデスギルドではなくて、今生の名を使ってレティアンナと呼んだらどうだ」
「そういたしましょう。レティアンナ」
明るい光が差し込む城内に、柱の影が点々と落ちている。黒く長い尻尾と、ふわふわした金色の尻尾を揺らしながら、私たちは城の奥深くへ入っていった。
……後日。
「リスを崇めよ」教はその圧倒的な断罪スタイルで帰依者を爆発的に増やし、瞬く間に大陸全土を掌握する一大宗教教団となった。
ガルムドア王国暗黒魔法大臣であるウィズダム・シャイニングテイル卿が初代教皇として君臨し、そのカリスマと権力であらゆる騒乱を鎮め、大陸は前例のない平和と繁栄の時代を楽しんだという。
グラデスギルド王国もまた、その恩恵を受けて平和の裡に栄え、国王夫妻は多くの子々孫々に恵まれた。最初に生まれた王女はリス獣人であり、次に生まれた王子は狐であった。狐王子は幼少の頃から体躯が大きく立派な尻尾持ちとして育ち、長らく王城の中では、大きな狐の上に乗って、偉そうに行き先を指示する小さな姉、という光景が見られて微笑ましく人口に膾炙したが、中には国王夫妻も同じことをやっていたという……あまり触れてはならないような噂も入り混じっていた。その真偽の程はともかく、以来、王家に生まれたリス獣人のうち、裁きの神から裁定の能力を授かった者が教会に入り、教皇の座を引き継ぐ、その慣習が続く限りは「リスを崇めよ」の格言のもと、その平和が破られることがなかったという。
※セーガルが獣形に変身するor着替えるたびにナッツが全て落ちてしまうのですが、リスは溜め込んだナッツの場所を忘れる生き物なので大きな問題にはなっていません。
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