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18.バグ発生
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お兄様がバグった。
そして私は妙に冷静だった。
(この好感度表示、大して当てにならないよね……)
冷静になるしかない。これまで色々振り回されたし様々な衝撃も与えてくれたけれど、じっくりと考えてみなくても、好感度が上がるにつれお兄様の言動がぐんぐん変わっていったという事実は無かったのだから。──いや、無いよね?
(……あれ?)
お兄様は好感度MAXだけど私のことを滅茶苦茶好きというわけじゃなくて、でも私の為なら世界を滅ぼしてくれそう? そこはかとなく道理がこんぐらがっているのでは?
しかし、よく考えて、すっきりした結論を引き出す時間はなかった。
その数日後、私は魔王妃になっていたのである。
妹から魔王妃へ。すごく……急転直下です……。
「お似合いですよ、王妃様!」
「有難う、クンケル君……」
魔王妃となると、特別な宝冠が貰えるのである(他にも色々と貰えるけど)。キラキラした氷の結晶を連ねたような細い頭環を嵌めて、私は自室の鏡の前に立っていた。透明に近いほど透き通った宝石が銀髪に溶け込んで、ほんの僅かな動きにも泡のような虹色を反射して瞬く。
派手ではないのに、強烈な魔力を帯びていることもあって、どうしても人目を惹き付けずにはいない。けれども、その下に纏っているのはいつも通りのワンピースだ。安っぽくはないけれど、敢えて言えば落ち着いている、ぐらいの。
少し幼げな容姿と相まって、童女が精一杯背伸びしてお洒落をしている、という雰囲気が無きにしもあらず。
「宝石に貫禄負けしてるような気がする……」
「そうですか? そりゃ、ここまで高度凝縮された見事な魔宝石って僕も初めて見ますけど。王妃様は魔道士だから、きっと使いこなせるはずですし。その冠に相応しいと思いますよ」
クンケル君が柔らかな手を顎にぽすっと当てて、玄人らしい弁を述べた。目付きが完全に、鑑定中の鉱山コボルト族のものになっている。
底光りする真剣さ。お世辞ではなくて、職人的な真摯さというやつだ。
「そう? 流石はクンケル君、説得力あるね……」
そして照れる。ごく自然に「王妃様」と呼んでくれるのがくすぐったい。
(皆、そう呼んでくれるけれど)
お兄様から双子執事からバニーズまでそう呼んでくれる。まあ、お兄様は「私の妃」「我が妃」とか言うしバニーズは基本的に喋らない。セージャスは「妃ちゃんってなんだかしっくり来ないわ、妹ちゃんって言うほうが可愛い」と言って相変わらず「妹ちゃん」である。そして双子執事は畏まった口調で「貴妃様」と呼ぶ。……あれ、ひょっとしてクンケル君だけ?
もともと奥宮で一番良い部屋を宛てがわれていたし、身の回りの品も日に日に増える一方だったので、日々の生活にはあまり変わりがない。違いと言えば、一時は微妙な空気が流れていたはずなのに、それを完全に忘れ去った態で、お兄様が夜も私の寝室で過ごすようになったことぐらいだ(ちなみに、あれ以来怪談話は聞かされていない)。
お兄様の魔力を一部与えられたのと、魔王城の機能の大部分を自由にできる権限を与えられたので、私は魔道士としてはいつになく強くなっている。むしろ、最上位の魔物レベルの魔力を手に入れているらしいのだけど、そもそも戦う機会がないのであまり役には立っていない。
(平和だなあ)
人間界の軍勢は攻めてくるしお兄様は残りの選定の悪魔と戦ってるし女神様はお兄様の真名を押さえた気でいるし勇者は不穏な動きを見せているけれど、まあ、おそらくは些事である。もはや私があれこれ考えて解決できる状況じゃない。なるようになるだろう。
「妹ちゃん、たまに滅茶苦茶適当な性格になるわよね。いっそ貫禄があると思うわぁ」
扉を足で押し開きながら、入ってきたセージャスが呆れた口調で言う。
足を使っているのは、両手にひと抱えもふた抱えもありそうな布の山を抱えているからだ。
「セージャスさん」
「ほら、王妃様に似合いそうなドレスが出来上がってきたわよ? 着てみて頂戴な」
「おお……有難うございます」
恐る恐る、艶光りする生地に触れる。すごく高価そうだ。お金を注ぎ込んだドレスには縁のない人生を送ってきたのでそのぐらいのことしか言えない。
「……宝石だらけですね」
細かな魔宝石が縫い留められたスカート部分。肩や袖口は雪の結晶を模したレースで覆われていて、その上に長めのケープを羽織るようになっている。ケープの裾は無数の星をまぶしたようなカッティングで、金の刺繍糸でかがってあり、上へ行くほど星が小さくなって、肩の辺りは小さな星が漂うように刺繍されている。その上から大きな紫水晶のブローチで留める。
豪華だけれど床に引き摺って歩くようなデザインではなくて、踝がはっきりと見える長さだ。鏡の前でくるりと回転すると、ふわふわとスカートが揺れる。
(すごい……美少女だ)
雪のように白くて儚げだ。我ながら魔性の美少女っぷりに惚れ惚れする。改めて考えると、私がお兄様と並んでも見た目にコンプレックスを抱かずに済むのは女神様のお陰なので、その点は深く感謝すべきなのかもしれない。
「ふふ、妖精の王女さまって感じねえ。流石はスノーフェアリー族に作らせたドレスだわ」
セージャスが褒めてくれる。その横でぼそりと、
「あの雪虫どもの仕事としては、まあ悪くないですね」
クンケル君が滅多にない毒を吐いた。魔界の事情はよく分からないけれど、本当にクンケル君らしくない。仲が悪いの?
キラキラした宝冠を被り、雪と星で出来たようなドレスを着て、私は魔王城の廊下を歩いていた。前には先導役としてセージャス。背後にはクンケル君が付き従っている。
「しかし、魔王様ってば、結婚すると決まった数時間後には結婚してたわねぇ。早すぎて流石に驚いたわ」
セージャスがぼやく。私は頷いた。
「ですよね。私も驚きました」
未だに現実感がない。
何がお兄様のスイッチを入れたのか、さっぱり分からない。その時告げられた言葉も、ある意味お兄様らしく、とても簡潔で要点しか押さえていなかった。
「私の魔王妃になって欲しい。なる気はあるか?」
お兄様の好感度バグを見て固まっていた私に対し、脈絡もなく突然言ってきたのである。
「……はい?」
疑問9割。あまりに唐突な議題すぎて、脳内会議が間に合わない。しかし、曲がりなりにも肯定っぽい返事をしてしまったせいで、それでそのまま決着してしまったのである。
別に、お兄様に文句を言ったりはしないけれど。「お兄様が何を言おうととりあえず肯定する」は私の基本方針である。
それで、その数十分後には魔王城の奥深く、謎の石版の前に立たされて、誓いの言葉を述べていた。結婚式というには風情が無さすぎる。完全に何かの儀式だ。しかも数分で終わった。
(あれは何だったの)
疑問だらけの上、それ以来、(私、ひょっとして人間を辞めちゃったのでは)という疑念が脳裏を去らない。それほど体内に魔力が溢れまくっている。
「魔王様は今まで恋愛なんてしたことないからどうなるのかと思って、楽しみにしていたんだけどぉ。恋人とか愛人とかいう発想がすっぱり抜け落ちてるとはねぇ。予想外だったわあ」
「……」
セージャスの声が降ってきて、私は目を瞬かせた。
「恋人とか愛人とかいう発想が無い?」
「魔王様にとっては、結婚するかしないかの二択しかないんじゃないの? 女の子に対しても、自分の嫁とそれ以外、ぐらいの分け方しかしてなさそうよねぇ」
「……」
確かに、そんな気がしないでもない。
「……お兄様が本当にバグったのかと思いました」
「バグ? そもそも魔族から見ても特殊な子だものねぇ。一般的な見方からしたら常にバグってるんじゃないかしら」
しみじみとした口調で言いながら、セージャスが重たい扉を押し開く。
その向こうに広がっていたのは、魔王城の大広間だった。長い机が遥か奥まで置き延ばされて、大小様々な魔物たちが有象無象となって蠢いている。
魔界の会議である。人間界からの侵攻に対する話し合い中。
そこに呼ばれて現れた魔王妃(私だ!)。
緊張するかと思ったけれど、思ったよりも動揺しなかった。魔物たちの視線が突き刺さったけれど、怖くもない。多分、お兄様から与えられた魔力のせいで、ここにいる魔物たちより自分の方が強い、と感じられるからだろう。
妖精のように煌く細かな光を纏ったまま、大広間の端から端まで歩く。
上座にはお兄様が座っていて、私に紫の瞳を向けた。私のように着飾っているわけではなくて、むしろ簡素なほどの装いだったけど、そんなことはお兄様には関係ないらしい。やはり私とは存在感が段違いだ。
(どんな格好でもお兄様はお兄様だわ)
やっぱりかっこいいし美しい。妙にしみじみした気分になってしまって、私がじっと見下ろしていると、お兄様がすぐ傍らの椅子を示して促してきたので、私は黙って腰を下ろした。
「話を続けろ。カルミド砦の人員はどうなっている?」
お兄様が声を張り上げるのを聞いたことがない。なのに、低く掠れた声はどこまでも通る。
「西海区はすでに制圧が完了して……」
「将軍が人質を取り……」
「交渉はこちらの有利に……」
禍々しい見た目の魔物たちが声を上げる。お兄様は彼らよりずっと小さいのに、その場に在るだけで周囲を圧倒している。そしてその横に添うように座す新たな魔王妃。
悪の組織を束ねる美青年とその秘書、もしくは女幹部、って感じじゃない?
(萌える……! 私のこのポジション、いい……!)
夫婦としては対等でいるべきなんだろうけれど、お兄様のオプションとしてこの場にいる自分に萌えてしまう。
耳では必死に目の前の会議に付いていこうと頑張りつつ、目はこみ上げて来る雑念を隠し切れずにキラキラしてしまった。
「……」
お兄様が横目で私を見た。
「……楽しんでいるようだな。くく……」
笑いが零れ出すのが聞こえた。押し殺されてはいたけれど、笑いは笑いだ。お兄様が声を立てて笑うなんて。どんな進化なの。私は愕然としてお兄様を見た。
「え、お兄様に笑われた……」
「笑うだろう。この状況で楽しみ過ぎだ」
「私、そんなに感情が表に出てました?」
「むしろ隠す気があるのか?」
笑いを堪えたせいで光る目で、お兄様が私を見返す。楽しそうだ。お兄様が楽しいなら良かった。それで十分だ。
ちなみに人間界の侵攻のことはすでに忘れていた。
そして私は妙に冷静だった。
(この好感度表示、大して当てにならないよね……)
冷静になるしかない。これまで色々振り回されたし様々な衝撃も与えてくれたけれど、じっくりと考えてみなくても、好感度が上がるにつれお兄様の言動がぐんぐん変わっていったという事実は無かったのだから。──いや、無いよね?
(……あれ?)
お兄様は好感度MAXだけど私のことを滅茶苦茶好きというわけじゃなくて、でも私の為なら世界を滅ぼしてくれそう? そこはかとなく道理がこんぐらがっているのでは?
しかし、よく考えて、すっきりした結論を引き出す時間はなかった。
その数日後、私は魔王妃になっていたのである。
妹から魔王妃へ。すごく……急転直下です……。
「お似合いですよ、王妃様!」
「有難う、クンケル君……」
魔王妃となると、特別な宝冠が貰えるのである(他にも色々と貰えるけど)。キラキラした氷の結晶を連ねたような細い頭環を嵌めて、私は自室の鏡の前に立っていた。透明に近いほど透き通った宝石が銀髪に溶け込んで、ほんの僅かな動きにも泡のような虹色を反射して瞬く。
派手ではないのに、強烈な魔力を帯びていることもあって、どうしても人目を惹き付けずにはいない。けれども、その下に纏っているのはいつも通りのワンピースだ。安っぽくはないけれど、敢えて言えば落ち着いている、ぐらいの。
少し幼げな容姿と相まって、童女が精一杯背伸びしてお洒落をしている、という雰囲気が無きにしもあらず。
「宝石に貫禄負けしてるような気がする……」
「そうですか? そりゃ、ここまで高度凝縮された見事な魔宝石って僕も初めて見ますけど。王妃様は魔道士だから、きっと使いこなせるはずですし。その冠に相応しいと思いますよ」
クンケル君が柔らかな手を顎にぽすっと当てて、玄人らしい弁を述べた。目付きが完全に、鑑定中の鉱山コボルト族のものになっている。
底光りする真剣さ。お世辞ではなくて、職人的な真摯さというやつだ。
「そう? 流石はクンケル君、説得力あるね……」
そして照れる。ごく自然に「王妃様」と呼んでくれるのがくすぐったい。
(皆、そう呼んでくれるけれど)
お兄様から双子執事からバニーズまでそう呼んでくれる。まあ、お兄様は「私の妃」「我が妃」とか言うしバニーズは基本的に喋らない。セージャスは「妃ちゃんってなんだかしっくり来ないわ、妹ちゃんって言うほうが可愛い」と言って相変わらず「妹ちゃん」である。そして双子執事は畏まった口調で「貴妃様」と呼ぶ。……あれ、ひょっとしてクンケル君だけ?
もともと奥宮で一番良い部屋を宛てがわれていたし、身の回りの品も日に日に増える一方だったので、日々の生活にはあまり変わりがない。違いと言えば、一時は微妙な空気が流れていたはずなのに、それを完全に忘れ去った態で、お兄様が夜も私の寝室で過ごすようになったことぐらいだ(ちなみに、あれ以来怪談話は聞かされていない)。
お兄様の魔力を一部与えられたのと、魔王城の機能の大部分を自由にできる権限を与えられたので、私は魔道士としてはいつになく強くなっている。むしろ、最上位の魔物レベルの魔力を手に入れているらしいのだけど、そもそも戦う機会がないのであまり役には立っていない。
(平和だなあ)
人間界の軍勢は攻めてくるしお兄様は残りの選定の悪魔と戦ってるし女神様はお兄様の真名を押さえた気でいるし勇者は不穏な動きを見せているけれど、まあ、おそらくは些事である。もはや私があれこれ考えて解決できる状況じゃない。なるようになるだろう。
「妹ちゃん、たまに滅茶苦茶適当な性格になるわよね。いっそ貫禄があると思うわぁ」
扉を足で押し開きながら、入ってきたセージャスが呆れた口調で言う。
足を使っているのは、両手にひと抱えもふた抱えもありそうな布の山を抱えているからだ。
「セージャスさん」
「ほら、王妃様に似合いそうなドレスが出来上がってきたわよ? 着てみて頂戴な」
「おお……有難うございます」
恐る恐る、艶光りする生地に触れる。すごく高価そうだ。お金を注ぎ込んだドレスには縁のない人生を送ってきたのでそのぐらいのことしか言えない。
「……宝石だらけですね」
細かな魔宝石が縫い留められたスカート部分。肩や袖口は雪の結晶を模したレースで覆われていて、その上に長めのケープを羽織るようになっている。ケープの裾は無数の星をまぶしたようなカッティングで、金の刺繍糸でかがってあり、上へ行くほど星が小さくなって、肩の辺りは小さな星が漂うように刺繍されている。その上から大きな紫水晶のブローチで留める。
豪華だけれど床に引き摺って歩くようなデザインではなくて、踝がはっきりと見える長さだ。鏡の前でくるりと回転すると、ふわふわとスカートが揺れる。
(すごい……美少女だ)
雪のように白くて儚げだ。我ながら魔性の美少女っぷりに惚れ惚れする。改めて考えると、私がお兄様と並んでも見た目にコンプレックスを抱かずに済むのは女神様のお陰なので、その点は深く感謝すべきなのかもしれない。
「ふふ、妖精の王女さまって感じねえ。流石はスノーフェアリー族に作らせたドレスだわ」
セージャスが褒めてくれる。その横でぼそりと、
「あの雪虫どもの仕事としては、まあ悪くないですね」
クンケル君が滅多にない毒を吐いた。魔界の事情はよく分からないけれど、本当にクンケル君らしくない。仲が悪いの?
キラキラした宝冠を被り、雪と星で出来たようなドレスを着て、私は魔王城の廊下を歩いていた。前には先導役としてセージャス。背後にはクンケル君が付き従っている。
「しかし、魔王様ってば、結婚すると決まった数時間後には結婚してたわねぇ。早すぎて流石に驚いたわ」
セージャスがぼやく。私は頷いた。
「ですよね。私も驚きました」
未だに現実感がない。
何がお兄様のスイッチを入れたのか、さっぱり分からない。その時告げられた言葉も、ある意味お兄様らしく、とても簡潔で要点しか押さえていなかった。
「私の魔王妃になって欲しい。なる気はあるか?」
お兄様の好感度バグを見て固まっていた私に対し、脈絡もなく突然言ってきたのである。
「……はい?」
疑問9割。あまりに唐突な議題すぎて、脳内会議が間に合わない。しかし、曲がりなりにも肯定っぽい返事をしてしまったせいで、それでそのまま決着してしまったのである。
別に、お兄様に文句を言ったりはしないけれど。「お兄様が何を言おうととりあえず肯定する」は私の基本方針である。
それで、その数十分後には魔王城の奥深く、謎の石版の前に立たされて、誓いの言葉を述べていた。結婚式というには風情が無さすぎる。完全に何かの儀式だ。しかも数分で終わった。
(あれは何だったの)
疑問だらけの上、それ以来、(私、ひょっとして人間を辞めちゃったのでは)という疑念が脳裏を去らない。それほど体内に魔力が溢れまくっている。
「魔王様は今まで恋愛なんてしたことないからどうなるのかと思って、楽しみにしていたんだけどぉ。恋人とか愛人とかいう発想がすっぱり抜け落ちてるとはねぇ。予想外だったわあ」
「……」
セージャスの声が降ってきて、私は目を瞬かせた。
「恋人とか愛人とかいう発想が無い?」
「魔王様にとっては、結婚するかしないかの二択しかないんじゃないの? 女の子に対しても、自分の嫁とそれ以外、ぐらいの分け方しかしてなさそうよねぇ」
「……」
確かに、そんな気がしないでもない。
「……お兄様が本当にバグったのかと思いました」
「バグ? そもそも魔族から見ても特殊な子だものねぇ。一般的な見方からしたら常にバグってるんじゃないかしら」
しみじみとした口調で言いながら、セージャスが重たい扉を押し開く。
その向こうに広がっていたのは、魔王城の大広間だった。長い机が遥か奥まで置き延ばされて、大小様々な魔物たちが有象無象となって蠢いている。
魔界の会議である。人間界からの侵攻に対する話し合い中。
そこに呼ばれて現れた魔王妃(私だ!)。
緊張するかと思ったけれど、思ったよりも動揺しなかった。魔物たちの視線が突き刺さったけれど、怖くもない。多分、お兄様から与えられた魔力のせいで、ここにいる魔物たちより自分の方が強い、と感じられるからだろう。
妖精のように煌く細かな光を纏ったまま、大広間の端から端まで歩く。
上座にはお兄様が座っていて、私に紫の瞳を向けた。私のように着飾っているわけではなくて、むしろ簡素なほどの装いだったけど、そんなことはお兄様には関係ないらしい。やはり私とは存在感が段違いだ。
(どんな格好でもお兄様はお兄様だわ)
やっぱりかっこいいし美しい。妙にしみじみした気分になってしまって、私がじっと見下ろしていると、お兄様がすぐ傍らの椅子を示して促してきたので、私は黙って腰を下ろした。
「話を続けろ。カルミド砦の人員はどうなっている?」
お兄様が声を張り上げるのを聞いたことがない。なのに、低く掠れた声はどこまでも通る。
「西海区はすでに制圧が完了して……」
「将軍が人質を取り……」
「交渉はこちらの有利に……」
禍々しい見た目の魔物たちが声を上げる。お兄様は彼らよりずっと小さいのに、その場に在るだけで周囲を圧倒している。そしてその横に添うように座す新たな魔王妃。
悪の組織を束ねる美青年とその秘書、もしくは女幹部、って感じじゃない?
(萌える……! 私のこのポジション、いい……!)
夫婦としては対等でいるべきなんだろうけれど、お兄様のオプションとしてこの場にいる自分に萌えてしまう。
耳では必死に目の前の会議に付いていこうと頑張りつつ、目はこみ上げて来る雑念を隠し切れずにキラキラしてしまった。
「……」
お兄様が横目で私を見た。
「……楽しんでいるようだな。くく……」
笑いが零れ出すのが聞こえた。押し殺されてはいたけれど、笑いは笑いだ。お兄様が声を立てて笑うなんて。どんな進化なの。私は愕然としてお兄様を見た。
「え、お兄様に笑われた……」
「笑うだろう。この状況で楽しみ過ぎだ」
「私、そんなに感情が表に出てました?」
「むしろ隠す気があるのか?」
笑いを堪えたせいで光る目で、お兄様が私を見返す。楽しそうだ。お兄様が楽しいなら良かった。それで十分だ。
ちなみに人間界の侵攻のことはすでに忘れていた。
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