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おまけ

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※「妹を甘やかし『お姉ちゃんなんだから妹に譲りなさい!』とヒステリックに言う母」というテンプレ要員を参加させてみました。
※ついでに「『また妹を虐めたらしいな!』と言う令息」というテンプレモブ要員も添えておきました。
※おまけのつもりで書いたのにこれが完結編らしいです。そして酷い結末です。


──────


 あれは、私とエヴァンジェリン嬢が向かい合って、互いの「姉」としての境遇を嘆いていたときのことですわ。


「エヴァ姉様! 今すぐドレスを脱いで下さい!」

 茶会に集う人々の前で、衆目なんてまるで意に介さず、恐ろしい暴言を吐いているのは、エヴァンジェリン様の妹です。

 先程、エヴァンジェリン様のネックレスを毟り取ったばかりというのに、まだ彼女を虐げ足りないとでも言うのでしょうか。

 淑女に向かって、多くの人が見ているところで「ドレスを脱げ」だなんて。あまりに酷すぎる発言です。

 当然、まっとうな淑女であるエヴァンジェリン様は拒否しましたわ。

「な、何を言っているの。脱ぐわけがないでしょう」
「だって、これ以上、お姉様が叔母様の匂いのついたドレスを着ているだなんて、耐えられませんわ! だから今すぐ脱いで下さい、ここで! すぐ!」

 腰に手を当て、「ぷんぷん!」と口に出して言っている妹君は、本当に見た目だけはふわふわして可愛らしいのです。発言はもはや性犯罪者なのですが。

「い、嫌ですわ、そんなこと……!」
「妹のお願いを聞いてくれないなんて……エヴァ姉様、そんなに私のことが嫌いなんですの?!」
「え、ええ、割と……」
「酷い……!」

 わっと泣き真似をする妹。

 その背後に現れる、複数の影。ずらりと並ぶのは、妹の手練手管に洗脳……調教? された令息たちですわ。なんでも「妹」という存在は異様な魅了能力を持って生まれるらしく、妹の言うことを何でも肯定し叶えようとする男どもを従えているものなのです。こんなに多くの「妹」が存在する世界で、それぞれに行き渡るだけの調教済令息がいるのはどうしてなのか、それは解せない謎なのですが……

「エヴァンジェリン! また妹を虐めたらしいな!」
「可憐な妹が泣いて頼んでいるんだ! 今すぐ脱げ!」
「脱げ! 脱げ!」

 調教済令息というのは知能指数が1くらいしかないので、彼らが現れるとこんなふうに酷いことになりますわ。

「脱げ……ぐわっ?!」
「うわっ」

 唐突に悲鳴を上げる令息たち。

 妹の裏拳が唸りを上げ、着実に彼らの鼻をへし折ったようです。



「こら……私のお姉様の肌を、どさくさ紛れに見ようとしてんじゃねえよ」



 どす黒い声が聞こえましたわ。

 ふわふわした妹が発してはいけない声です。それに、実行してはいけない暴力でしたわ……令息たちは全員地に伏して、ぴくりとも動きません。完全に意識を刈り取られたとみえます。

「ひえっ……」

 エヴァンジェリン様が真っ青になって震えていますが、それは恐怖であって驚きの表情ではありません。何故なら私たちは知っているからです。妹とは二重人格のように腹黒い本性を隠し持っている存在である、と。

 そして、妹とはどこまでも執念深いもの。どれだけ執念深いかというと、長編小説においてなかなか断罪されず、最終話近くになってようやく成敗されるレベルです。味方に王子様や他国の皇帝がいてもなかなか仕留められないほど強力なラスボスですわ。攻撃力、防御力ともに最強ランクなのです。

 そんな妹に詰め寄られて、エヴァンジェリン様はふるふる震えていますが、流石は「姉」、簡単に屈したりはしません。

「邪魔者はいなくなりましたわ。さあ、エヴァ姉様、その似合わないドレスを脱いで? 私、ちゃあんと、お姉様にお似合いのドレスを用意してますのよ? 私のお下がりですけど」
「い、いや、嫌ですわ!」

(エヴァンジェリン様、頑張って……!)

 同じ「姉」として、私は手に汗握って応援するしかありません。

「こんなところで、非常識なことを言わないで頂戴。あなたも貴族令嬢として、恥ずかしくない振舞いを……」
「エヴァンジェリン!!」

 姉らしく正論をぶつけようとしたエヴァンジェリン様の言葉を遮るように、けたたましい叫びと、長い人影が落ちてきました。

 現れたのは、エヴァンジェリン様の母上です。長身に派手なドレスを纏い、孔雀の羽で出来た扇をバッサバッサと振るっています。

「妹の言うことが聞けないの?! お姉ちゃんなんだから妹に譲ってあげなさい!」
「お、お母様……」

 エヴァンジェリン様の顔が一層青褪めました。

 エヴァンジェリン様の母親は、よくいる「妹だけを可愛がる母親」です。「何でも欲しがる妹」には、大抵このような母がついていて、私の母のようにまともな感性を持つ親は少数派です。

 そのエヴァンジェリン様の母親の口が開いて、甲高い声が発せられました。

「あなたの妹が望んでいるのですよ?! 今すぐそのドレスを脱ぎなさい!」
「そ、そんな……おかしいですわ! その子は私が叔母様に借りたドレスを脱がせようとしているのですわ。それも、私の匂いだけが染み付いたドレスが欲しいからといって」
「当然でしょう! お姉ちゃんなんだから、その匂いを存分に妹に嗅がせなさい! むしろ私にも嗅がせろォォォォ!!」
「えっ」


 本当に「えっ」ですわ。


 目を点にして固まるエヴァンジェリン様と私。

 そんな反応などまるで気に留めず、いよいよ盛り上がる妹と母。

「お姉様の」
「匂いが! 嗅ぎたい!」
「脱げ! 脱げ! 脱げ!!」

「…………」

 にわかに真顔になったエヴァンジェリン嬢。

 その横顔には、心を決めた者だけが持つ、清々しい決断の色が宿っていましたわ。


「……私、この家を捨てて、出家しますわ」





 その後、宣言通りに家を抜け出し、修道院へ向かう逃避行に出たエヴァンジェリン様。旅の途中で彼女を番判定する獣人と竜族の皇帝、怪しい他国の王子、異世界から召喚された勇者、幼い頃に約束を交わした騎士と出会い、彼らの力を借りて元家族と縁を切るのに成功したそうです。それが本当なら、素晴らしい快挙ですわ。

 その頃の私は、妹のニーナに監禁されて家から出られなくなっていましたので、はっきりした情報を得られなかったのですが、「エヴァンジェリン様の匂いを思うさま嗅げなくなってしまったなんて……妹さんが可哀想ですわ」とニーナがしきりに同情していたのです。「私はこんなに幸せですのに♡」と言う声には隠す気もない全力のマウンティングドヤ顔の匂いがしましたので、あるいは全く同情していないのかもしれませんが。

 ともあれ、幸せになった人間が二人はいる、ということですわね。だからと言って、これをハッピーエンドと呼んではいけないと思うのですけれど。

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