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前編
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姉のものを何でも欲しがる妹。ずるいずるいと泣き叫び、欲しいものを全て奪い取るまで休まらぬ者たち。
それは、教育の失敗であり、家族が破綻していることの表れであるとされてきた。だが、国内の「妹」に属する者の約八割が似たような症状をあらわすに至って、「これは一種の伝染病のようなものである」と認識され、国家主導で各種の対策が採られるようになった。
だが、特効薬は見つかっておらず、妹たちは今日も「欲しい」「ずるい」と泣き叫んでいる。
そして、姉たちは今日も溜息をつくのだ……
「……まあ、貴女のところも『そう』ですの?」
その日、公爵家の庭先で開かれたお茶会で、顔見知りの令嬢と顔を合わせた途端。
あまりに分かりやすい、そして身に覚えのある光景を見て、私は思わずそう口走ってしまいましたの。
ご挨拶も何もあったものではありませんわ。いえ、今となってはこれこそが時候の挨拶代わりと言えるかもしれません。
「貴女も妹に奪われましたの?」「私もですわ」といったやり取りは、「今日は天気がよろしいですわね」「お加減いかが?」といった挨拶と同じようにありふれて、どこでも通用するものとなっておりますもの。
「ええ……そうですの」
力なく頷いたのは、領地を近しくする伯爵家のエヴァンジェリン様。儚げな銀髪に、紫の目の美人です。
ですがその身に纏うドレスは、まるでエヴァンジェリン様に似合っておりません。そもそも大きさが合わず、肩からずり落ちそうなところを素朴なピンで止めているというありさま。宝石どころかリボンの一つもついていませんわ。
「叔母様から、十年ほど前のドレスをお借りしたのですわ。他に身に着けられるドレスなんて、無いのですもの……みな、奪られてしまって」
「分かりますわ……」
よく見ると、かろうじて一つだけ、飾りらしきものがあります。細く光る鎖がほっそりした首に巻き付けられているのです。
私の視線に気が付くと、エヴァンジェリン様はそっと両手で首筋を押さえました。
「……このネックレスだけは、出掛けに、妹が私に投げて寄越したのですわ。『今日のお姉様はとても地味ですから、奪う気にもなれませんわ! 精々このネックレスでも温めておいて下さいね』と」
「まあ……」
なんて酷い。
どうして私たち姉を、ここまで虐めないといけないのでしょう。
かくいう私も、今日は妹のお下がりのドレスを纏っております。妹のお下がり。いかにも不思議な言葉ですが、そんな言葉がまかり通ってしまうのですもの。どうしてこんなことになったのでしょう。
「エレナ嬢も、今日は……?」
エヴァンジェリン様に遠慮がちな目を向けられ、私は頷きました。
「ええ、妹のニーナのドレスですわ。私のドレスは全て、妹に奪われてしまって」
「どこも大変ですのね……」
そう、大変でしたわ。妹は私より小柄ですので、そのまま私が着ると丈が足りずにおかしなことになります。もともと貴族令嬢のドレスというのは細かな部分ごとに分かれるように出来ていて、貴重なレースや飾りは取り外せるようになっていますし、生地も分けて染め直して平民たちが再利用したりするものです。なので、あちこち調節したり、付け加えたり……なんとか直して、私が着れるようにはなったのですが、時間がなかったので大急ぎでしたわ。
そのことを思い出しながら、エヴァンジェリン様と疲れた笑みを向け合っていますと、
「エヴァお姉様!」
突進してきましたわ。
エヴァンジェリン様の妹君です。ふわふわとした蜜色の髪をした、天使のように可愛らしく無邪気な外見をした少女で……やって来るなり、エヴァンジェリン様の首からネックレスを毟り取りましたわ。
実際には毟り取ったのではなくて、電光石火、目にも止まらぬ早さで留め具を外して奪ったのですが、毟り取る、としか表現が出来ませんでした。明らかに常習犯、街中に潜むスリだってこんなに手慣れてはいないのじゃないかしら、と思ってしまいます。
「ふふふ、お姉様の体温が移ったネックレス……たまりませんわあ」
しかもその口からは、天使が口にするとは到底思えない、気分の悪くなるような言葉が流れ出てきます。
「うふ、うふふふふ」
「やめて、やめてちょうだい……! こんな茶会の席で、皆様もいるところで、そんな……」
エヴァンジェリン様が悲痛な声で訴えます。
「何を言ってらっしゃいますの、お姉様? 私を虐めているのはお姉様の方ではありませんの」
「そんなこと、していませんわ!」
「だって、最近はずっと、叔母様のドレスばかり借りてきて。酷いですわ、私が叔母様嫌いだと知って! 幾らお姉様が着たドレスだといっても、叔母様の匂いが染み付いたドレスなんて台無しですわ! ちゃんと新しいドレスを仕立てて下さいませ」
「新しいドレスを仕立てたら、あなたが奪ってしまうでしょう?」
「当たり前ですわ! お姉様のものは全て妹の私のものですもの!」
当然のように言い放つ妹。泣き崩れそうなエヴァンジェリン様。気の毒そうな目で見守る周囲の人々。
控えめに言って地獄ですわ。
それは、教育の失敗であり、家族が破綻していることの表れであるとされてきた。だが、国内の「妹」に属する者の約八割が似たような症状をあらわすに至って、「これは一種の伝染病のようなものである」と認識され、国家主導で各種の対策が採られるようになった。
だが、特効薬は見つかっておらず、妹たちは今日も「欲しい」「ずるい」と泣き叫んでいる。
そして、姉たちは今日も溜息をつくのだ……
「……まあ、貴女のところも『そう』ですの?」
その日、公爵家の庭先で開かれたお茶会で、顔見知りの令嬢と顔を合わせた途端。
あまりに分かりやすい、そして身に覚えのある光景を見て、私は思わずそう口走ってしまいましたの。
ご挨拶も何もあったものではありませんわ。いえ、今となってはこれこそが時候の挨拶代わりと言えるかもしれません。
「貴女も妹に奪われましたの?」「私もですわ」といったやり取りは、「今日は天気がよろしいですわね」「お加減いかが?」といった挨拶と同じようにありふれて、どこでも通用するものとなっておりますもの。
「ええ……そうですの」
力なく頷いたのは、領地を近しくする伯爵家のエヴァンジェリン様。儚げな銀髪に、紫の目の美人です。
ですがその身に纏うドレスは、まるでエヴァンジェリン様に似合っておりません。そもそも大きさが合わず、肩からずり落ちそうなところを素朴なピンで止めているというありさま。宝石どころかリボンの一つもついていませんわ。
「叔母様から、十年ほど前のドレスをお借りしたのですわ。他に身に着けられるドレスなんて、無いのですもの……みな、奪られてしまって」
「分かりますわ……」
よく見ると、かろうじて一つだけ、飾りらしきものがあります。細く光る鎖がほっそりした首に巻き付けられているのです。
私の視線に気が付くと、エヴァンジェリン様はそっと両手で首筋を押さえました。
「……このネックレスだけは、出掛けに、妹が私に投げて寄越したのですわ。『今日のお姉様はとても地味ですから、奪う気にもなれませんわ! 精々このネックレスでも温めておいて下さいね』と」
「まあ……」
なんて酷い。
どうして私たち姉を、ここまで虐めないといけないのでしょう。
かくいう私も、今日は妹のお下がりのドレスを纏っております。妹のお下がり。いかにも不思議な言葉ですが、そんな言葉がまかり通ってしまうのですもの。どうしてこんなことになったのでしょう。
「エレナ嬢も、今日は……?」
エヴァンジェリン様に遠慮がちな目を向けられ、私は頷きました。
「ええ、妹のニーナのドレスですわ。私のドレスは全て、妹に奪われてしまって」
「どこも大変ですのね……」
そう、大変でしたわ。妹は私より小柄ですので、そのまま私が着ると丈が足りずにおかしなことになります。もともと貴族令嬢のドレスというのは細かな部分ごとに分かれるように出来ていて、貴重なレースや飾りは取り外せるようになっていますし、生地も分けて染め直して平民たちが再利用したりするものです。なので、あちこち調節したり、付け加えたり……なんとか直して、私が着れるようにはなったのですが、時間がなかったので大急ぎでしたわ。
そのことを思い出しながら、エヴァンジェリン様と疲れた笑みを向け合っていますと、
「エヴァお姉様!」
突進してきましたわ。
エヴァンジェリン様の妹君です。ふわふわとした蜜色の髪をした、天使のように可愛らしく無邪気な外見をした少女で……やって来るなり、エヴァンジェリン様の首からネックレスを毟り取りましたわ。
実際には毟り取ったのではなくて、電光石火、目にも止まらぬ早さで留め具を外して奪ったのですが、毟り取る、としか表現が出来ませんでした。明らかに常習犯、街中に潜むスリだってこんなに手慣れてはいないのじゃないかしら、と思ってしまいます。
「ふふふ、お姉様の体温が移ったネックレス……たまりませんわあ」
しかもその口からは、天使が口にするとは到底思えない、気分の悪くなるような言葉が流れ出てきます。
「うふ、うふふふふ」
「やめて、やめてちょうだい……! こんな茶会の席で、皆様もいるところで、そんな……」
エヴァンジェリン様が悲痛な声で訴えます。
「何を言ってらっしゃいますの、お姉様? 私を虐めているのはお姉様の方ではありませんの」
「そんなこと、していませんわ!」
「だって、最近はずっと、叔母様のドレスばかり借りてきて。酷いですわ、私が叔母様嫌いだと知って! 幾らお姉様が着たドレスだといっても、叔母様の匂いが染み付いたドレスなんて台無しですわ! ちゃんと新しいドレスを仕立てて下さいませ」
「新しいドレスを仕立てたら、あなたが奪ってしまうでしょう?」
「当たり前ですわ! お姉様のものは全て妹の私のものですもの!」
当然のように言い放つ妹。泣き崩れそうなエヴァンジェリン様。気の毒そうな目で見守る周囲の人々。
控えめに言って地獄ですわ。
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