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8.元婚約者、その名はモンスター
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やさぐれていた王子が、唐突に始まった青春を思うさま謳歌している様子は、遠巻きに見守るご令嬢方の涙を誘った。
「あんなに病んでいた方が、あんなふうに笑えるようになって……」
「捨てられてやせ細っていた猫ちゃんが、幸せに駆け回っているのを見るような心地ですわ」
ほのぼの……とした空気が、女性たちの間に流れている。
アルディールは相変わらず、厭世的で顰め面で毒吐きだが、イェレナ公爵令嬢の前ではかなり優しくなった。そうなると、かつて気遣いの出来る王子だった時代の片鱗がチラチラと垣間見えてくる。先回りして彼女の為にお茶の席を整え、さり気なく細々したものを贈ったり、宮廷行事には手を添えて現れたり、そういうことをごく自然にやるのだ。
イェレナ令嬢は一見、楚々として彼に付き従っているものの、反射的にツンツンしてしまうのは止められないらしく、それをアルディール王子が鷹揚に流したり受け止めたりしているさまは、周囲から微笑ましくも好意的に見られた。
この場で王子を持ち上げたい、媚を売っておきたい連中などは、この絶好の機会を見逃さず、「王たるものの貫禄……?」「なんと、この方こそ次代の王に相応しい」などとわざとらしい声を上げている。
無論、そのことに負の感情を募らせる人物もいる。
アルディールのやさぐれっぷりは「ふてぶてしい」の域に達しているので、もはやどんな悪口でも馬耳東風、足を引っ張ってくるような連中は鬱憤の解消を兼ねて念入りに踏み潰してやる気満々だったのだが、その彼にしても、とりあえず踏むのをためらう、そして無視できない相手、というのはいた。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………(というか、何故、今更私に接触してきたんだ?)」
沈黙が長引く茶会の席上、アルディール王子はかつての婚約者と向かい合って、脳内をひたすら疑問符で埋め尽くしていた。
意味が分からない。
分からないので、こちらから攻撃を仕掛けるわけにもいかない。
もちろん、攻撃しようとも思っていない。そうするには、あまりに厄介な相手なのだ、彼女は。
堂々と浮気を働きながら、全部の罪を他人に負い被せるような女性。「私が悪いのです」と言いながら、自分が悪いとは一ミリも思っていない女。それが、アルディールの彼女に対する評価だ。弱そうに見えて、扱い注意の怪物なのだ。
(だが、今は第二王子に庇護されているからな。こちらに接触してくる理由もないだろうに)
冷ややかな眼差しで、向かいに腰掛けている侯爵令嬢を見やる。
視線は合わない。元から、ほとんど目を合わせたこともないような関係だった。かつて婚約していた頃も、やたらと腰が低く、身を縮めるようにして向かいに座り、「私、虐げられていますので……」という哀愁をふんだんに振り撒き、アルディールが話しかけてもろくに答えを返さない。そういう女性だった。
(普通に考えて、嫌な人間だな……)
かつて過ごした時間を思い出してげんなりしたアルディールは、茶を飲み終わると即座に席を立った。
声を掛けることさえしない。何を考えたのか、突然押し掛けてきたのは彼女の方なのである。
それで声を掛けられたら、「私と話して、セグンドに誤解されるのは不味いのではないかな」などと言ってすげなく振り切るつもりだったのだが、その声掛けすら無いので、もうこんな不毛な時間に耐えている必要はない、と判断したまでだ。
「……あっ、あの」
小さな声が聞こえたが、それも無視した。
「お待ち下さい! 話を……聞いて下さい。私、セグンド様に虐げられているんです」
「は?」
これまで出したことがないような、氷点下を彷徨う「は?」という声が出た。
「あんなに病んでいた方が、あんなふうに笑えるようになって……」
「捨てられてやせ細っていた猫ちゃんが、幸せに駆け回っているのを見るような心地ですわ」
ほのぼの……とした空気が、女性たちの間に流れている。
アルディールは相変わらず、厭世的で顰め面で毒吐きだが、イェレナ公爵令嬢の前ではかなり優しくなった。そうなると、かつて気遣いの出来る王子だった時代の片鱗がチラチラと垣間見えてくる。先回りして彼女の為にお茶の席を整え、さり気なく細々したものを贈ったり、宮廷行事には手を添えて現れたり、そういうことをごく自然にやるのだ。
イェレナ令嬢は一見、楚々として彼に付き従っているものの、反射的にツンツンしてしまうのは止められないらしく、それをアルディール王子が鷹揚に流したり受け止めたりしているさまは、周囲から微笑ましくも好意的に見られた。
この場で王子を持ち上げたい、媚を売っておきたい連中などは、この絶好の機会を見逃さず、「王たるものの貫禄……?」「なんと、この方こそ次代の王に相応しい」などとわざとらしい声を上げている。
無論、そのことに負の感情を募らせる人物もいる。
アルディールのやさぐれっぷりは「ふてぶてしい」の域に達しているので、もはやどんな悪口でも馬耳東風、足を引っ張ってくるような連中は鬱憤の解消を兼ねて念入りに踏み潰してやる気満々だったのだが、その彼にしても、とりあえず踏むのをためらう、そして無視できない相手、というのはいた。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………(というか、何故、今更私に接触してきたんだ?)」
沈黙が長引く茶会の席上、アルディール王子はかつての婚約者と向かい合って、脳内をひたすら疑問符で埋め尽くしていた。
意味が分からない。
分からないので、こちらから攻撃を仕掛けるわけにもいかない。
もちろん、攻撃しようとも思っていない。そうするには、あまりに厄介な相手なのだ、彼女は。
堂々と浮気を働きながら、全部の罪を他人に負い被せるような女性。「私が悪いのです」と言いながら、自分が悪いとは一ミリも思っていない女。それが、アルディールの彼女に対する評価だ。弱そうに見えて、扱い注意の怪物なのだ。
(だが、今は第二王子に庇護されているからな。こちらに接触してくる理由もないだろうに)
冷ややかな眼差しで、向かいに腰掛けている侯爵令嬢を見やる。
視線は合わない。元から、ほとんど目を合わせたこともないような関係だった。かつて婚約していた頃も、やたらと腰が低く、身を縮めるようにして向かいに座り、「私、虐げられていますので……」という哀愁をふんだんに振り撒き、アルディールが話しかけてもろくに答えを返さない。そういう女性だった。
(普通に考えて、嫌な人間だな……)
かつて過ごした時間を思い出してげんなりしたアルディールは、茶を飲み終わると即座に席を立った。
声を掛けることさえしない。何を考えたのか、突然押し掛けてきたのは彼女の方なのである。
それで声を掛けられたら、「私と話して、セグンドに誤解されるのは不味いのではないかな」などと言ってすげなく振り切るつもりだったのだが、その声掛けすら無いので、もうこんな不毛な時間に耐えている必要はない、と判断したまでだ。
「……あっ、あの」
小さな声が聞こえたが、それも無視した。
「お待ち下さい! 話を……聞いて下さい。私、セグンド様に虐げられているんです」
「は?」
これまで出したことがないような、氷点下を彷徨う「は?」という声が出た。
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