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1.婚約破棄して下さい(土下座)
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「婚約破棄して下さい! お願いします!」
「はあ?」
「どうせお前だって、私と結婚なんかしたくなかっただろう? だからいいだろう、婚約破棄してくれ! 婚約破棄してくれるなら何でもいい! 本当にいいんです! 頼むから私をポイッと捨ててくれ!」
ざわつく茶会のど真ん中。
数多の貴族令嬢たちが群れなす前で、一寸の迷いもない流れるような土下座が披露された。
披露したのはこの国の第一王子、アルディール殿下である。
芝草の上にぴったりと額をつけ、そのままじっと動かない。「婚約破棄に同意してくれるまで動かない」「その為ならこの身も挟持も全てかなぐり捨ててやる」という気迫の伝わる、全力の土下座である。
(どういうこと……)
(殿下は気が違われたのか)
(一体どうしてこうなった)
(婚約破棄なら、お約束の浮気相手はどこに?)
婚約破棄を題材にした書物や演劇は、この大陸の端っこにある東国で数多く書かれているものが、なぜか熱狂的に読まれ、各地を席巻し、じきにこの国にも流れ込んで、今では一家に一冊以上、と言われるほどに大流行りしている。大抵は、お馬鹿な王子が優秀な婚約者に劣等感をこじらせ、身分の低い女性と浮気して、婚約者に冤罪で婚約破棄を突き付けるも反論され、決定的な証拠を突き返されて落ちぶれる、という流れだ。
婚約破棄する王子が驚くほど頭が悪く、性格も悪い、というのが定番である。この内容で、なぜこれまで王家によって発禁処分にされなかったのだろうか。不思議である。その辺の事情はいまいち判然としないものの、この国の令嬢であれば一度は読んだことがあるはずだ。そのくらいの大流行だったのである。
王子が「婚約破棄」と口走ったとき、その場にいた令嬢がたの頭に瞬時によぎったのは、完全にその流れだったことだろう。だが、現実は更に奇なり。
「あの……殿下、唐突に婚約破棄と言われましても」
婚約破棄を突き付けられた(?)侯爵令嬢も、この状況は想定していなかったようだ。いつも怜悧な色を浮かべる瞳が、動揺を抑えきれず揺れている。
「他に愛するお方が出来た……ということでしょうか。ならば一度、その方を交えて話し合いを」
「そんなものはいない」
芝草の上から、即座に返事が返ってきた。
「それとも何だ、お前も、学園に入学してからひっきりなしに送り込まれた、見るからに危険物の塊みたいな娘どもに手を出せというのか? 一ヶ月に一人、酷いときは三日に一人のペースで送り込まれたんだぞ?! なんなんだあいつらは! ぺたぺたくっついて来て、王家の威信どころか私の個人的尊厳まで冒されそうになった! 何度、性的嫌がらせで訴えようと思ったことか! 送り込んでくる奴が誰だか分かっていたから泣き寝入りするしかなかったんだがな! 私は本当に寝台の中で泣いたんだぞ!」
「え……」
令嬢たちは思った。
思っていた展開と違いすぎるな、と。
「はあ?」
「どうせお前だって、私と結婚なんかしたくなかっただろう? だからいいだろう、婚約破棄してくれ! 婚約破棄してくれるなら何でもいい! 本当にいいんです! 頼むから私をポイッと捨ててくれ!」
ざわつく茶会のど真ん中。
数多の貴族令嬢たちが群れなす前で、一寸の迷いもない流れるような土下座が披露された。
披露したのはこの国の第一王子、アルディール殿下である。
芝草の上にぴったりと額をつけ、そのままじっと動かない。「婚約破棄に同意してくれるまで動かない」「その為ならこの身も挟持も全てかなぐり捨ててやる」という気迫の伝わる、全力の土下座である。
(どういうこと……)
(殿下は気が違われたのか)
(一体どうしてこうなった)
(婚約破棄なら、お約束の浮気相手はどこに?)
婚約破棄を題材にした書物や演劇は、この大陸の端っこにある東国で数多く書かれているものが、なぜか熱狂的に読まれ、各地を席巻し、じきにこの国にも流れ込んで、今では一家に一冊以上、と言われるほどに大流行りしている。大抵は、お馬鹿な王子が優秀な婚約者に劣等感をこじらせ、身分の低い女性と浮気して、婚約者に冤罪で婚約破棄を突き付けるも反論され、決定的な証拠を突き返されて落ちぶれる、という流れだ。
婚約破棄する王子が驚くほど頭が悪く、性格も悪い、というのが定番である。この内容で、なぜこれまで王家によって発禁処分にされなかったのだろうか。不思議である。その辺の事情はいまいち判然としないものの、この国の令嬢であれば一度は読んだことがあるはずだ。そのくらいの大流行だったのである。
王子が「婚約破棄」と口走ったとき、その場にいた令嬢がたの頭に瞬時によぎったのは、完全にその流れだったことだろう。だが、現実は更に奇なり。
「あの……殿下、唐突に婚約破棄と言われましても」
婚約破棄を突き付けられた(?)侯爵令嬢も、この状況は想定していなかったようだ。いつも怜悧な色を浮かべる瞳が、動揺を抑えきれず揺れている。
「他に愛するお方が出来た……ということでしょうか。ならば一度、その方を交えて話し合いを」
「そんなものはいない」
芝草の上から、即座に返事が返ってきた。
「それとも何だ、お前も、学園に入学してからひっきりなしに送り込まれた、見るからに危険物の塊みたいな娘どもに手を出せというのか? 一ヶ月に一人、酷いときは三日に一人のペースで送り込まれたんだぞ?! なんなんだあいつらは! ぺたぺたくっついて来て、王家の威信どころか私の個人的尊厳まで冒されそうになった! 何度、性的嫌がらせで訴えようと思ったことか! 送り込んでくる奴が誰だか分かっていたから泣き寝入りするしかなかったんだがな! 私は本当に寝台の中で泣いたんだぞ!」
「え……」
令嬢たちは思った。
思っていた展開と違いすぎるな、と。
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