上 下
35 / 51

乱される 5

しおりを挟む
 雪成は入口側となる端のカウンタースツールに腰を下ろした。真っ赤なレザーが目を引くスツールだが、座り心地もかなり良い。
「さっきアンタも身体が熱くなったか?」
 小声で訊ねたため、自然と和泉と距離が近くなる。その際和泉から香った彼自身の匂いに、雪成は陶然としかけた。
 甘さの中にスパイシーさも混ざる不思議な匂いだが、和泉自身の匂いだと思うと、ずっと嗅いでいたいと思ってしまう。これも魂の番(仮)が関係しているのか。否定したくても、本能がそう感じてしまっている。
「驚いた。お前もか。雪を見た瞬間に、熱が一気に脳天から突き抜けていった感じだったな。直ぐに治まったが」
 何だったんだとお互いが首を傾げる。
「とりあえずジントニック貰おうか」
「かしこまりました」
 和泉が愉快そうに口角を上げる。ジントニックはカクテルの中で定番となっているが、バーテンダーの腕が試されるカクテルだ。作る人間によって味が変わるものだが、定番だからこそ、その違いが大きく表れる。
 和泉のあの様子からして、恐らく自信があるのだろう。雪成は楽しみにジントニックを作る和泉の姿を見つめた。
「美味いな」
「そうか、それは良かった」
「よく言う。自信ありげだったろ」
 雪成が言う事に、和泉は憎たらしい程の笑みを見せる。 
「バーテンダーやってたら、これは極めないとだろ?」 
「まぁな」
 雪成は微笑みながら頷く裏で、和泉がバーテンダーの仕事を真剣に勤めている事を知る。何かの隠れ蓑のために経営しているだけではなさそうだ。
 益々、この和泉龍成という男が分からなくなる。
「ねぇ、一人?」
 思考を邪魔するように声がかかり、雪成は面倒くさそうな顔を隠さず相手を見上げた。
 雪成へ微笑みかけている男は、かなり自分に自信があるのだろう。スツールの背もたれにあるハンドル部分に、手を置いていて距離を近づけてくる。
 自分をメスとして見ている目が気に食わないと、雪成は男の存在を直ぐさま消し去った。
「龍、この後抜けられるか?」
 雪成は和泉へと問いかける。和泉は僅かな苦笑を浮かべながらも頷く。
「あぁ、後十分程したら、スタッフがもう一人くるから大丈夫だ」
「そうか、なら外で待ってる」
 雪成は半分ほど残っていたジントニックを一気に飲み干す。
「あのさ……オレが声掛けてるの聞こえてる?」
 男が雪成の顔を覗き込むようにするが、雪成の中で男の存在は排除している。よって構うことなく、涼しい顔でスツールから腰を上げた。
「雪、近くのパーキングに止めてる黒のアルファードだ。中で待っておけ」
 和泉からキーを手渡され、雪成は「サンキュ」と鍵を受け取る。
「あ、おい!」
「お客様、あの人には関わらない方が賢明ですよ」
「そ……」
 男が言葉を呑み込んだ気配を、雪成は背中に感じながら店外へと出る。男を一瞬で黙らせる和泉に、雪成は内心で笑った。ただの一般人にはなかなか出来ないことだと。
 雪成は近くのパーキングに和泉の車が止まっていることを確認すると、鍵を開けて助手席に乗り込んだ。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢の兄です、ヒロインはそちらです!こっちに来ないで下さい

たなぱ
BL
生前、社畜だったおれの部屋に入り浸り、男のおれに乙女ゲームの素晴らしさを延々と語り、仮眠をしたいおれに見せ続けてきた妹がいた 人間、毎日毎日見せられたら嫌でも内容もキャラクターも覚えるんだよ そう、例えば…今、おれの目の前にいる赤い髪の美少女…この子がこのゲームの悪役令嬢となる存在…その幼少期の姿だ そしておれは…文字としてチラッと出た悪役令嬢の行いの果に一家諸共断罪された兄 ナレーションに 『悪役令嬢の兄もまた死に絶えました』 その一言で説明を片付けられ、それしか登場しない存在…そんな悪役令嬢の兄に転生してしまったのだ 社畜に優しくない転生先でおれはどう生きていくのだろう 腹黒?攻略対象×悪役令嬢の兄 暫くはほのぼのします 最終的には固定カプになります

転生貧乏貴族は王子様のお気に入り!実はフリだったってわかったのでもう放してください!

音無野ウサギ
BL
ある日僕は前世を思い出した。下級貴族とはいえ王子様のお気に入りとして毎日楽しく過ごしてたのに。前世の記憶が僕のことを駄目だしする。わがまま駄目貴族だなんて気づきたくなかった。王子様が優しくしてくれてたのも実は裏があったなんて気づきたくなかった。品行方正になるぞって思ったのに! え?王子様なんでそんなに優しくしてくるんですか?ちょっとパーソナルスペース!! 調子に乗ってた貧乏貴族の主人公が慎ましくても確実な幸せを手に入れようとジタバタするお話です。

嫌われ者の僕が学園を去る話

おこげ茶
BL
嫌われ者の男の子が学園を去って生活していく話です。 一旦ものすごく不幸にしたかったのですがあんまなってないかもです…。 最終的にはハピエンの予定です。 Rは書けるかわからなくて入れるか迷っているので今のところなしにしておきます。 ↓↓↓ 微妙なやつのタイトルに※つけておくので苦手な方は自衛お願いします。 設定ガバガバです。なんでも許せる方向け。 不定期更新です。(目標週1) 勝手もわかっていない超初心者が書いた拙い文章ですが、楽しんでいただければ幸いです。 誤字などがありましたらふわふわ言葉で教えて欲しいです。爆速で修正します。

【運命】に捨てられ捨てたΩ

諦念
BL
「拓海さん、ごめんなさい」 秀也は白磁の肌を青く染め、瞼に陰影をつけている。 「お前が決めたことだろう、こっちはそれに従うさ」 秀也の安堵する声を聞きたくなく、逃げるように拓海は音を立ててカップを置いた。 【運命】に翻弄された両親を持ち、【運命】なんて言葉を信じなくなった医大生の拓海。大学で入学式が行われた日、「一目惚れしました」と眉目秀麗、頭脳明晰なインテリ眼鏡風な新入生、秀也に突然告白された。 なんと、彼は有名な大病院の院長の一人息子でαだった。 右往左往ありながらも番を前提に恋人となった二人。卒業後、二人の前に、秀也の幼馴染で元婚約者であるαの女が突然現れて……。 前から拓海を狙っていた先輩は傷ついた拓海を慰め、ここぞとばかりに自分と同居することを提案する。 ※オメガバース独自解釈です。合わない人は危険です。 縦読みを推奨します。

側妻になった男の僕。

selen
BL
国王と平民による禁断の主従らぶ。。を書くつもりです(⌒▽⌒)よかったらみてね☆☆

言い逃げしたら5年後捕まった件について。

なるせ
BL
 「ずっと、好きだよ。」 …長年ずっと一緒にいた幼馴染に告白をした。 もちろん、アイツがオレをそういう目で見てないのは百も承知だし、返事なんて求めてない。 ただ、これからはもう一緒にいないから…想いを伝えるぐらい、許してくれ。  そう思って告白したのが高校三年生の最後の登校日。……あれから5年経ったんだけど…  なんでアイツに馬乗りにされてるわけ!? ーーーーー 美形×平凡っていいですよね、、、、

幼馴染から離れたい。

June
BL
アルファの朔に俺はとってただの幼馴染であって、それ以上もそれ以下でもない。 だけどベータの俺にとって朔は幼馴染で、それ以上に大切な存在だと、そう気づいてしまったんだ。 βの谷口優希がある日Ωになってしまった。幼馴染でいられないとそう思った優希は幼馴染のα、伊賀崎朔から離れようとする。 誤字脱字あるかも。 最後らへんグダグダ。下手だ。 ちんぷんかんぷんかも。 パッと思いつき設定でさっと書いたから・・・ すいません。

目が覚めたら囲まれてました

るんぱっぱ
BL
燈和(トウワ)は、いつも独りぼっちだった。 燈和の母は愛人で、すでに亡くなっている。愛人の子として虐げられてきた燈和は、ある日家から飛び出し街へ。でも、そこで不良とぶつかりボコボコにされてしまう。 そして、目が覚めると、3人の男が燈和を囲んでいて…話を聞くと、チカという男が燈和を拾ってくれたらしい。 チカに気に入られた燈和は3人と共に行動するようになる。 不思議な3人は、闇医者、若頭、ハッカー、と異色な人達で! 独りぼっちだった燈和が非日常な幸せを勝ち取る話。

処理中です...