18 / 28
すれ違い
《4》
しおりを挟む
「帰ります」
私が歩き出すと当たり前のように課長が隣を歩く。
沢木のマンション前に残ると思ったから意外だった。
「課長も一緒に帰るんですか?」
「前にも言っただろ? 女性の一人歩きは危ないって」
あの夜も課長は同じ事を言っていた。
「島本くんを一人で帰せないよ」
照れくさそうな笑みを浮かべる横顔が優しい。
課長は本当に優しい人だ。優し過ぎるから娘さんの事も心配し過ぎてしまうんだろうな。
「あの、課長」
「何だい、島本くん」
「手、つなぎませんか?」
差し出すと課長が「いいよ」と言って繋いでくれた。
大きくて温かい手。
幽霊なのに、課長の指の硬さも、体温も感じる。
こうしていると課長が幽霊だって忘れそうになる。
「不思議だな」
低い声がしみじみとした感じで響いた。
「何がです?」
「いや、こうして島本くんには触れる事ができるから。滑らかな肌の感触も、体温も感じる事ができて、不思議だなと思って」
「そうですね。不思議ですね」
「島本くんも僕の手の感触がわかるの?」
「はい。課長の骨の感触も、温かい体温も感じます」
「そっか。じゃあ」と言って、課長が急に黙る。
「何です?」
「何でもない」
誤魔化すように課長が言った。
「何です? 気になります」
「いや、何でもないから」
僅かに課長の頬が赤くなった気がする。
「もしかして、エッチな事を想像したんですか? まさか私の胸に触りたいとか?」
「む、胸って、おいっ、僕はそんな男じゃないぞ」
焦ったような表情を浮かべる課長が可笑しい。
「冗談ですよ。課長が誠実な方だってよくわかってますから。それで物凄くロマンティストですよね。奥様と同じ名前の薔薇を100本集めようとしたんですから」
「島本くん、その話は勘弁してくれ。照れくさいから」
「幽霊になっても照れるんですね。課長、かわいい」
「かわいいって、45のおっさんに何を言うんだ」
「45歳でも可愛いものは可愛いんです」
私の言葉にさらに赤くなる横顔が愛しかった。
ずっと課長と一緒にいたい。
無理だとわかっているけど、願ってしまう。
次の日も課長と一緒に大学に行き、沢木と彩さんをこっそり尾行した。
その日の二人は午後3時頃に大学を出て、映画館に行った。私と課長も映画館に入り、沢木と彩さんが選んだ映画を観る事になった。
二人を観察しやすい一番後ろの席を二つ買い、シアタールームに入ると、沢木と彩さんがいた。
二人は私たちの二つ前の列だった。
今日も課長は顎に手をついて、ぶすっとした表情で彩さんと沢木を見ている。
二人の仲を認めていないのは一目瞭然。
なんでそんなに許せないんだろう?
「課長、せっかくだから映画を楽しみましょう。映画の間は二人ともどこにも行きませんよ」
膝の上の課長の左手をギュッと握ると、課長が驚いたようにこっちを見た。
「島本くん」
課長が困ったように繋がれた手に視線を落とす。
「ダメですか?」
「ダメではないが、近くに娘がいると思うと落ち着かなくて」
「何でです?」
「それは……」と言って、課長が右手で戸惑ったように頭をかく。
「後ろめたいというか」
課長の言葉が可笑しい。
「なんか浮気しているみたいじゃないですか」
「浮気だなんて、違うよ。僕はそんないい加減な気持ちじゃない」
今度は課長が怒ったように言った。
「いい加減な気持ちじゃないって何の事です?」
意味がわからず首を傾げると、課長が「つまり」と言って黙る。
そんなに言いづらい事?
「あ、島本くん、映画始まるよ」
課長が言ったタイミングで広告上映が終わり、本編が始まる。
なんだか誤魔化されたような気がして、悶々とする。
いい加減じゃないって、どういう意味だったんだろう?
私が歩き出すと当たり前のように課長が隣を歩く。
沢木のマンション前に残ると思ったから意外だった。
「課長も一緒に帰るんですか?」
「前にも言っただろ? 女性の一人歩きは危ないって」
あの夜も課長は同じ事を言っていた。
「島本くんを一人で帰せないよ」
照れくさそうな笑みを浮かべる横顔が優しい。
課長は本当に優しい人だ。優し過ぎるから娘さんの事も心配し過ぎてしまうんだろうな。
「あの、課長」
「何だい、島本くん」
「手、つなぎませんか?」
差し出すと課長が「いいよ」と言って繋いでくれた。
大きくて温かい手。
幽霊なのに、課長の指の硬さも、体温も感じる。
こうしていると課長が幽霊だって忘れそうになる。
「不思議だな」
低い声がしみじみとした感じで響いた。
「何がです?」
「いや、こうして島本くんには触れる事ができるから。滑らかな肌の感触も、体温も感じる事ができて、不思議だなと思って」
「そうですね。不思議ですね」
「島本くんも僕の手の感触がわかるの?」
「はい。課長の骨の感触も、温かい体温も感じます」
「そっか。じゃあ」と言って、課長が急に黙る。
「何です?」
「何でもない」
誤魔化すように課長が言った。
「何です? 気になります」
「いや、何でもないから」
僅かに課長の頬が赤くなった気がする。
「もしかして、エッチな事を想像したんですか? まさか私の胸に触りたいとか?」
「む、胸って、おいっ、僕はそんな男じゃないぞ」
焦ったような表情を浮かべる課長が可笑しい。
「冗談ですよ。課長が誠実な方だってよくわかってますから。それで物凄くロマンティストですよね。奥様と同じ名前の薔薇を100本集めようとしたんですから」
「島本くん、その話は勘弁してくれ。照れくさいから」
「幽霊になっても照れるんですね。課長、かわいい」
「かわいいって、45のおっさんに何を言うんだ」
「45歳でも可愛いものは可愛いんです」
私の言葉にさらに赤くなる横顔が愛しかった。
ずっと課長と一緒にいたい。
無理だとわかっているけど、願ってしまう。
次の日も課長と一緒に大学に行き、沢木と彩さんをこっそり尾行した。
その日の二人は午後3時頃に大学を出て、映画館に行った。私と課長も映画館に入り、沢木と彩さんが選んだ映画を観る事になった。
二人を観察しやすい一番後ろの席を二つ買い、シアタールームに入ると、沢木と彩さんがいた。
二人は私たちの二つ前の列だった。
今日も課長は顎に手をついて、ぶすっとした表情で彩さんと沢木を見ている。
二人の仲を認めていないのは一目瞭然。
なんでそんなに許せないんだろう?
「課長、せっかくだから映画を楽しみましょう。映画の間は二人ともどこにも行きませんよ」
膝の上の課長の左手をギュッと握ると、課長が驚いたようにこっちを見た。
「島本くん」
課長が困ったように繋がれた手に視線を落とす。
「ダメですか?」
「ダメではないが、近くに娘がいると思うと落ち着かなくて」
「何でです?」
「それは……」と言って、課長が右手で戸惑ったように頭をかく。
「後ろめたいというか」
課長の言葉が可笑しい。
「なんか浮気しているみたいじゃないですか」
「浮気だなんて、違うよ。僕はそんないい加減な気持ちじゃない」
今度は課長が怒ったように言った。
「いい加減な気持ちじゃないって何の事です?」
意味がわからず首を傾げると、課長が「つまり」と言って黙る。
そんなに言いづらい事?
「あ、島本くん、映画始まるよ」
課長が言ったタイミングで広告上映が終わり、本編が始まる。
なんだか誤魔化されたような気がして、悶々とする。
いい加減じゃないって、どういう意味だったんだろう?
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
社長室の蜜月
ゆる
恋愛
内容紹介:
若き社長・西園寺蓮の秘書に抜擢された相沢結衣は、突然の異動に戸惑いながらも、彼の完璧主義に応えるため懸命に働く日々を送る。冷徹で近寄りがたい蓮のもとで奮闘する中、結衣は彼の意外な一面や、秘められた孤独を知り、次第に特別な絆を築いていく。
一方で、同期の嫉妬や社内の噂、さらには会社を揺るがす陰謀に巻き込まれる結衣。それでも、蓮との信頼関係を深めながら、二人は困難を乗り越えようとする。
仕事のパートナーから始まる二人の関係は、やがて揺るぎない愛情へと発展していく――。オフィスラブならではの緊張感と温かさ、そして心揺さぶるロマンティックな展開が詰まった、大人の純愛ストーリー。
鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。
ドSでキュートな後輩においしくいただかれちゃいました!?
春音優月
恋愛
いつも失敗ばかりの美優は、少し前まで同じ部署だった四つ年下のドSな後輩のことが苦手だった。いつも辛辣なことばかり言われるし、なんだか完璧過ぎて隙がないし、後輩なのに美優よりも早く出世しそうだったから。
しかし、そんなドSな後輩が美優の仕事を手伝うために自宅にくることになり、さらにはずっと好きだったと告白されて———。
美優は彼のことを恋愛対象として見たことは一度もなかったはずなのに、意外とキュートな一面のある後輩になんだか絆されてしまって……?
2021.08.13
エリート警察官の溺愛は甘く切ない
日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。
両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
身分差婚~あなたの妻になれないはずだった~
椿蛍
恋愛
「息子と別れていただけないかしら?」
私を脅して、別れを決断させた彼の両親。
彼は高級住宅地『都久山』で王子様と呼ばれる存在。
私とは住む世界が違った……
別れを命じられ、私の恋が終わった。
叶わない身分差の恋だったはずが――
※R-15くらいなので※マークはありません。
※視点切り替えあり。
※2日間は1日3回更新、3日目から1日2回更新となります。
推活♡指南〜秘密持ちVtuberはスパダリ社長の溺愛にほだされる〜
湊未来
恋愛
「同じファンとして、推し活に協力してくれ!」
「はっ?」
突然呼び出された社長室。総務課の地味メガネこと『清瀬穂花(きよせほのか)』は、困惑していた。今朝落とした自分のマスコットを握りしめ、頭を下げる美丈夫『一色颯真(いっしきそうま)』からの突然の申し出に。
しかも、彼は穂花の分身『Vチューバー花音』のコアなファンだった。
モデル顔負けのイケメン社長がヲタクで、自分のファン!?
素性がバレる訳にはいかない。絶対に……
自分の分身であるVチューバーを推すファンに、推し活指南しなければならなくなった地味メガネOLと、並々ならぬ愛を『推し』に注ぐイケメンヲタク社長とのハートフルラブコメディ。
果たして、イケメンヲタク社長は無事に『推し』を手に入れる事が出来るのか。
上司は初恋の幼馴染です~社内での秘め事は控えめに~
けもこ
恋愛
高辻綾香はホテルグループの秘書課で働いている。先輩の退職に伴って、その後の仕事を引き継ぎ、専務秘書となったが、その専務は自分の幼馴染だった。
秘めた思いを抱えながら、オフィスで毎日ドキドキしながら過ごしていると、彼がアメリカ時代に一緒に暮らしていたという女性が現れ、心中は穏やかではない。
グイグイと距離を縮めようとする幼馴染に自分の思いをどうしていいかわからない日々。
初恋こじらせオフィスラブ
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる