最後の十分

つらつらつらら

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10・銀杏

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 ブレザーを脱ぎ、廊下の流しで手を洗いながら、銀杏ぎんなんは絵のモデルとして指定された「えっちなポーズ初級」について考えていた。

日日草にちにちそう……あの、例のポーズって、先輩みたいにやった方がいいのかな」

 悩みに悩んだ末、銀杏は試しに尻文字を書くように腰をくねらせた。日日草も真似をして二人で謎の踊りをする。

「君は座ってるだけでいいよ。僕がいい感じに雰囲気出してあげるから」
「うん……よろしく頼みます」

 くねくねしているのが面白くて、二人でけらけらと笑い声を出した。友達がそばにいてくれるなら大丈夫そうな気がする。

 部室に入って教壇のそばに立ったときには、特別練習に参加する部員が手にスケッチブックやノートやら持って床に座った状態で待っていた。十人もいないけれど、注目されるとやはり緊張する。

「みんなカボチャだよ」

 日日草にうながされて銀杏は彼の隣に腰を下ろした。
 すぐ背中に腕を回されて引き寄せられる。身長がほとんど同じ日日草の顔が目の前にあり、銀杏は一瞬危険を感じて目を伏せた。

 軽く抱きしめられた姿勢で銀杏は固まった。薄着から伝わる日日草の体温が思いのほか心地好くてそのぬくもりにひたっていた。初めての経験で思考が止まっている。

 サラサラ……

 目をつむっている銀杏の近くで、紙に鉛筆を走らせる音が聞こえた。みんな、どんな絵を描いているんだろう……。銀杏も頭の中で自分たちのポーズを描いてみる。脚の角度などがよくわからない。腕の辺りのシワはどんな感じだったっけ?

 ときどき日日草の手が銀杏の腰にグッと食い込んでくる。身体が反応しそうになり、銀杏はわずかに身をよじった。

「動いちゃダメだよ」
「だって、日日草……」

 銀杏が小さな声で抗議しようとしたとき、唇に吐息が触れてハッとした。銀杏は日日草と至近距離で見つめ合い、これ以上動いたら惨事さんじになると理解した。

 ペラ、と紙をめくって新しい絵を描き始めた巻耳おなもみの「最高」という褒め言葉が聞こえた。

 銀杏は早く特別練習が終わってくれないかなと願った。同時に、日日草ならキスくらいしてもいいのでは? という邪念が生まれる。
 ほとんど唇が触れている状態で時間が過ぎ、ついに野薔薇のばら部長から「最後の十分」が告げられた。

 魔法をかけられるのだろうか???

「日日草……」

 おそるおそる声をかけると、日日草はいたずらっぽい笑みを見せながら銀杏を抱いていた手を離し、ネクタイをゆるめ始めた。半分ほどいたところで次はシャツのボタンを上から外していく。自分の服も同じように二、三ボタンを外した。

 彼らの甘い雰囲気を一秒も逃さないように鉛筆を光速で走らせる音が続く。日日草のあたたかい手に胸を撫でられたとき、銀杏はなぜだか恍惚こうこつとした気持ちになった。

「今日は魔法なしでもイけそうだね」
「んっ」

 日日草が銀杏の衣服を軽く乱し、さっきと同じように銀杏の身体を抱きしめる。頬が日日草の鎖骨に触れて、銀杏はだんだん混乱してきた。この細長い骨を唇でなぞりたいとさえ思った。
 日日草の手が伸びてきて、銀杏の胸の突起をいじる。さすがに驚いて逃げようとしたがぎゅっと引き寄せられて身動きがとれなくなった。

「にちにちそ……」

 半分脱がされたシャツの隙間から、ピンと勃った乳首がのぞいている。日日草は小刻みに指を動かして刺激を与えてくる。銀杏は大きな波に呑み込まれていくような気持ちがした。意識が遠のいていく。
 ついに身体の力が抜けて日日草に支配されたとき、救いの鐘が鳴った。

 キーン……コーン……

「……っ」

 日日草がゆっくりと顔を上げる。銀杏は言葉を失ってしばらくぼんやりしていた。身体が離れるときに頬を撫でられて、日日草のほほ笑みしか見えなかった。

「自分で着られる?」

 ネクタイの端をクイッと引っ張られたとき、ようやく銀杏は現実の世界に返ってきた。

「うん」

 素直にうなずいてシャツの前を合わせる。巻耳の声が近づいてきた。

「すごい勉強になった。感謝感謝!」

 お日様のようなあたたかな色の髪をピンで留めた先輩は、二人の荷物と上着を差し出した。日日草がお礼を言って受け取る。巻耳はさらに、ぼんやりしている銀杏の手にスナック菓子の大袋を押しつけた。

「銀杏くん。ウブな子の戸惑った顔、めちゃめちゃ可愛かったよ」
「ぁ、ぁぁ……」

 顔から火が出るかと思った。返す言葉がなくてうめいていると、巻耳はにこにこしながら「おつかれさま」とねぎらってくれた。




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