上 下
4 / 13

昨日会ったばかりなのに

しおりを挟む


「ライ!」
「何してるんだお前……眼鏡は?」

 ぼんやりとしていても、その体の大きさと声でライだと分かる。

「あは、落としちゃって」
「はあ? 危ないだろ、何してんだ」
「あのね! こちら私のお友達のメグ。メグ、この人が私の幼馴染のライ」

 ライのお説教が始まりそうだったので言葉を遮りメグを紹介する。ライはすぐにメグに向き合い、腰を曲げて騎士の挨拶をした。

「ライです。ユイからお話は伺っています」
「か……メグよ」
「ユイがご迷惑をかけているようでお詫びを。お手を煩わせてしまい申し訳ありません」
「この程度なら問題ないわ」
「この程度」
「寛大なお心に感謝します、レディ」
「この程度って何ですかメグ」

 ライは胸に手を当てふわりと微笑み、挨拶をした。田舎とは言え、男爵家の次男であるライはこういう振舞いがとても上手い。身体が大きくて威圧感があるけれど、こうして口を開くと柔らかく人当たりがいいのだ。
 私以外には。
 
「え!? ユイちゃん?」

 ライの後ろからこれも聞き覚えのある声が。

「あ、アデルさん、こんにちは!」
「なになに、眼鏡どうしたの?」
「壊れちゃって」
「なんだよ、凄くかわいいじゃん! かわいい!」

 人懐っこく声を掛けてくるアデルさんはライの先輩騎士でお店の常連さん。いつもお店で私の作った料理を褒めてくれる人だ。
 ライの前で眼鏡が壊れたことを蒸し返さないで欲しい。

「あはは、ありがとうございます~」
「いやいや、お世辞じゃなくてさ、ホントに!」
「でも見えないんですよ。眼鏡がないと」
「よし、俺がユイちゃんの目になってあげよう」
「アデル」

 地響きのような低い声でライがアデルさんを諫めるように制した。アデルさんはそんなライにニヤニヤと笑いを含んだ顔を向ける。

「なんだよ、牽制?」
「……レディにご挨拶は」
「おっと、これは失礼! ご挨拶が遅れて申し訳ありません、レディ。私はアデル。アデル・グ……」

 アデルさんはメグに向き直り胸に手を当てて腰を折ったところで、不自然に言葉を区切った。目を真ん丸に見開いてメグを凝視している。

「……カタリーナ?」
「メグよ」

 メグはものすごく不機嫌な声でアデルさんを睨みつけた。

「お知り合いですか?」
「違うわ」「そうだよ」
「……どっちですか」

 はははっとアデルさんは楽しそうに笑い声をあげた。メグはむっつりと口を尖らせぷいっと顔を逸らした。

「もう帰りましょう、ユイ」
「え? あの、籠を届けないと……」
「私が持ちましょう」

 ライが手を差し出すと、メグはにっこりと笑い籠を渡した。

「ありがとう。お優しいのね」
「いえ。我々が戴くものですし」
「あ、じゃあ俺はユイちゃんの籠を持ってあげるよ」
「それも俺が持つ」
「んじゃ、ユイちゃんの手は俺が繋いであげようか」
「それは私がするから結構よ」
「あの……」
「では、その籠はお任せいたしますので、私たちはこれで失礼するわ」
「え? 待ってメグ、鍛錬場は……」
「今日はお店が忙しいのでしょう。もう帰りましょう」
「ユイ」

 ライが慌てたように声を上げた。ぼんやりした視界でも、私にはライがどんな表情か分かる。

「うん?」
「……今日は店に行くから」
「あ、うん分かった。待ってるね」
「……早く帰れ」
「はーい」

 メグはもう一度ライにだけ一つ頷き、いつまでもニヤニヤ笑っているアデルさんを睨みつけると、私の手を取り歩き出してしまったのだった。



「どうしたんですか? メグ」

 騎士団の詰め所を出て門をくぐる。
 すぐに出てきた私たちに不思議そうな顔を向ける衛兵と挨拶をして、近くにある公園のベンチに腰掛けた。

「どうもしないわ」
「イヴァンさまを守る会は?」
「ちょっと今日は気分じゃないだけよ」
「そうですか。じゃあまた今度にしましょう」
「……貴女って」
「なんです?」

 隣に腰掛けるメグが私の顔をまじまじと見つめてくる。こんな綺麗な人にそんなに見られたらなんだか恥ずかしい。メグはふうっと息を吐きだすと、公園の噴水に視線を向けた。陽の光を浴びた水がキラキラと輝き、そばでは男女が肩を寄せ合って座っている。

「あの幼馴染って人。貴女の婚約者?」
「ふえっ!?」

 突然の言葉におかしな声が出た。

「そ、そんな訳ないじゃないですか!」
「そう? 婚約者は別な方なの?」
「婚約者なんていません! ライはただの幼馴染ですから!」
「素敵な方じゃない。騎士だしあの身体つきなら活躍もしてるでしょうし」
「素敵……」

 確かに、ライは昔からモテる。
 見た目とは反対に柔らかな物腰、丁寧な振る舞いが女性に好印象を持たせるらしい。
 初めは怖いと感じていた人間が、実は優しく物腰の柔らかな紳士だと知ると、一転、評価は高くなり乙女心が突然爆発するのだと友人が話していた。私にはよく分からないけど。

「確かに、ライは絶えず彼女がいる感じですけど」
「そうなの?」
「はい。来る者は拒まず、ですかね?」
「それは聞こえが悪いわね」
「とっかえひっかえってわけじゃないんでしょうけど、なんか常に女の人がそばにいるような」
「紹介されたりするの?」
「いいえ」
「……貴女……」

 またしてもメグが眉根を寄せて私を珍獣を見るような顔で見つめてきた。

「私、貴女のことは大体分かった気がするの。いえ、分かったわ」
「昨日会ったばかりなのに」
「まずは貴女の身なりを整えましょう。それから今日はお店を手伝えばいいわ」
「メグ、話が見えないです」

 メグは一人で納得すると片手をさっと上げた。すると間髪をいれずに公園の木の陰や茂みの中から見たことのない隊服を纏った騎士たちが現れた。公園の入り口には立派な馬車が横付けされ、黒いお仕着せの女性が馬車から降り立った。
 ごめんちょっと待って、この人たち誰?

「心配しないで、私の家の私兵よ。さあ行きましょう」
「どこへ!? ていうかメグって何者!?」
「もうメグでいいわ」

 メグは私を立ち上がらせると、見たことのない立派な馬車へ私を押し込んだ。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

イケメン幼馴染に処女喪失お願いしたら実は私にベタ惚れでした

sae
恋愛
彼氏もいたことがない奥手で自信のない未だ処女の環奈(かんな)と、隣に住むヤリチンモテ男子の南朋(なお)の大学生幼馴染が長い間すれ違ってようやくイチャイチャ仲良しこよしになれた話。 ※会話文、脳内会話多め ※R-18描写、直接的表現有りなので苦手な方はスルーしてください

【R18】いくらチートな魔法騎士様だからって、時間停止中に××するのは反則です!

おうぎまちこ(あきたこまち)
恋愛
 寡黙で無愛想だと思いきや実はヤンデレな幼馴染?帝国魔法騎士団団長オズワルドに、女上司から嫌がらせを受けていた落ちこぼれ魔術師文官エリーが秘書官に抜擢されたかと思いきや、時間停止の魔法をかけられて、タイムストップ中にエッチなことをされたりする話。 ※ムーンライトノベルズで1万字数で完結の作品。 ※ヒーローについて、時間停止中の自慰行為があったり、本人の合意なく暴走するので、無理な人はブラウザバック推奨。

【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!

楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。 (リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……) 遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──! (かわいい、好きです、愛してます) (誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?) 二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない! ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。 (まさか。もしかして、心の声が聞こえている?) リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる? 二人の恋の結末はどうなっちゃうの?! 心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。 ✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。 ✳︎小説家になろうにも投稿しています♪

【R18】国王陛下に婚活を命じられたら、宰相閣下の様子がおかしくなった

ほづみ
恋愛
国王から「平和になったので婚活しておいで」と言われた月の女神シアに仕える女神官ロイシュネリア。彼女の持つ未来を視る力は、処女喪失とともに失われる。先視の力をほかの人間に利用されることを恐れた国王からの命令だった。好きな人がいるけどその人には好かれていないし、命令だからしかたがないね、と婚活を始めるロイシュネリアと、彼女のことをひそかに想っていた宰相リフェウスとのあれこれ。両片思いがこじらせています。 あいかわらずゆるふわです。雰囲気重視。 細かいことは気にしないでください! 他サイトにも掲載しています。 注意 ヒロインが腕を切る描写が出てきます。苦手な方はご自衛をお願いします。

睡姦しまくって無意識のうちに落とすお話

下菊みこと
恋愛
ヤンデレな若旦那様を振ったら、睡姦されて落とされたお話。 安定のヤンデレですがヤンデレ要素は薄いかも。 ムーンライトノベルズ様でも投稿しています。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

軽い気持ちで超絶美少年(ヤンデレ)に告白したら

夕立悠理
恋愛
容姿平凡、頭脳平凡、なリノアにはひとつだけ、普通とちがうところがある。  それは極度の面食いということ。  そんなリノアは冷徹と名高い公爵子息(イケメン)に嫁ぐことに。 「初夜放置? ぜーんぜん、問題ないわ! だって旦那さまってば顔がいいもの!!!」  朝食をたまに一緒にとるだけで、満足だ。寝室別でも、他の女の香水の香りがしてもぜーんぜん平気。……なーんて、思っていたら、旦那さまの様子がおかしい? 「他の誰でもない君が! 僕がいいっていったんだ。……そうでしょ?」  あれ、旦那さまってば、どうして手錠をお持ちなのでしょうか?  それをわたしにつける??  じょ、冗談ですよね──!?!?

【R18】殿下!そこは舐めてイイところじゃありません! 〜悪役令嬢に転生したけど元潔癖症の王子に溺愛されてます〜

茅野ガク
恋愛
予想外に起きたイベントでなんとか王太子を救おうとしたら、彼に執着されることになった悪役令嬢の話。 ☆他サイトにも投稿しています

処理中です...