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夢1一2

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 しばらく進むと、道の先に店の明かりが見えてきた。

「わあ、このお店、まだ個人商店なんだ」
「センセもよく通った?」
「うちの生徒ならみんな寄るでしょ」
「だよね!」

 個人の商店で大手のコンビニではないこの店は、私が高校生の頃よく帰りに寄っていた。夜になると店先に飼い犬が出てきて、入口を塞いでいることもあったっけ。

「ねえ、俺腹減ったから寄ってこーよ」
「いいから早く帰……」

 ぐううっ、とそのタイミングでお腹が鳴った。慌ててお腹を押さえてももう遅い。
 目を丸くした彼とばっちり目が合うと、途端に嬉しそうに破顔した。

「ほらー!」
「う、うるさい!」
「もー我慢しないで、肉まんくらいまだあるでしょ、ほらほら」
「ちょっと!」
「うんそう、ちょっと寄るだけ」
「はあ!?」

 男子生徒は店の前まで来ると自転車を停め、こちらの言う事も聞かず店に入っていった。するとすぐ、店内でしゃがみ込む後ろ姿。

「あ」

 あの子だ。
 急いで店内に続けば、しゃがみ込んでいる彼の前で寝そべりお腹を出している犬が、尻尾を振り気持ちよさそうに目を細めている。

「わ、コタロー!?」
「よしよし、今日も店番えらいなぁ!」

 嬉しくなって彼と一緒にしゃがみ込み犬を撫でると、さらにブンブンと尻尾を降る。以前よりも少し白い毛が混じっているけど、間違いなくあの頃店番をしていたコタローだ。

「もー元気だった? なんか年取っちゃって~! 可愛いなぁ!」

 嬉しそうに目を細める年老いた雑種犬。なんだか会えたのが嬉しくて、今日一日の緊張が解けていく。

「ふふ……よかった、元気そうで」

 じわりと視界が歪みゴシゴシと目元を擦ると、隣で一緒にしゃがみ込んでいた生徒がすっと立ち上がった。

(あ、忘れてた)

 つい懐かしくなって夢中になってしまった。慌てて私も立ち上がると、クウン、とコタローが小さく鳴いた。またしゃがみ込み、その頭を撫でる。

「ねえ……」

 そう言えば彼は、なんて名前だろう。
 何と呼んでいいか躊躇していると、彼はさっさとレジカウンターで横にあるスチーマーを見ながら注文を始めた。
 
「すんません、この肉まんとピザまんふたつずつください」

 そうしてさっさと会計を済ませると、くるりと振り返る。明るいところで見る彼は人よりも色素が薄いのか、目の色が明るく珍しい色をしている。灰色のような緑のような、不思議な色だ。人懐っこくにこりと笑うとほら、と肉まんの入った袋を掲げた。
 
「センセ、行こっか」

 またな、とコタローの頭を撫でるとまたさっさと店を出ていく。そのあとを慌てて追いかけ店外に出ると、ぬっと先ほどの袋を目の前に突き付けてきた。

「センセ、肉まんとピザまん一個ずつ」
「え、いいから自分で食べなさいよ」
「俺四個も食べないよ。ほら、早くしないと肉まんが汗かいて皮がぐしょぐしょんなっちゃうから」
「や、いいってば……」

 実習初日から生徒と買い食いしてしかも奢られるなんて、誰かに見られたら何を言われるかわからない。
 思わずきょろきょろと周囲を見渡すと、彼は肉まんをひとつ取り出し咥え、袋を私に押し付けてきた。

「ちょ……」
「俺自転車押すから、まずは一個食べちゃってよ」
「いやだから……って、え、もう食べたの!?」
「うん? あったかい方が美味いし」
「早っ!」

 さっき咥えた肉まんがもうない。もしかして咀嚼せず飲み込んだんじゃないだろうか。思わず笑うと「また腹が鳴るよ~」と彼は声をあげて笑う。

「うるさいなあ! わかったよひとつもらうよ。お金払うから」
「いらないって! 肉まんくらい奢るし」
「何言ってるの! 高校生に奢られるなんてあり得ないから」
「じゃあ今度はセンセが俺に肉まん奢ってよ」
「はあ? 今度って」
「だってさ、教育実習って遅くまで残ること多いでしょ。きっと俺と帰り一緒になることがまたあるよ。だからそん時に」

 袋から取り出した肉まんは、この寒さでもう冷めてきている。一口食べるとじんわりと温かさが身体に広がった気がした。なんだか塩分もありがたい。
 彼はそんな私を満足そうに見て笑うと、自身はピザまんを取り出しあっという間に食べ、「行こうか」と自転車を押し歩き始めた。慌ててその後を付いていくと、前を向きながら彼がぽつりと呟いた。

「俺もさ、教員免許取ろうと思ってて」
「え、そうなんだ」

 その言葉に嬉しくなり、思わず声が弾む。
 
「だからさ、俺になんかアドバイスとかちょうだいよ」
「勉強頑張れ」
「んなことわかってるから!」

 彼はわはは、と声をあげて笑うと長い脚をさっと上げて自転車に跨った。気が付けば周囲はいつの間にか明るくなり車通りも多く、先にはバス停が見える。
 
「ここまで来たら大丈夫。ありがとうね」
「どーいたしまして。センセ、気を付けてね」
「君も気をつけて帰るんだよ」
「あ、センセーみたい」
「先生だから!」
「まだセンセーの卵でしょ!」

 彼はあはは、ともう一度楽しそうに笑うと、自転車に跨り片足をペダルに乗せた。

「肉まん、ありがとう。ごちそうさま」
「お礼楽しみにしてる」
「じゃあ、あんまんね」
「えー、そこはもっとなんかいいやつにしてよ」
「あんまんだって美味しいでしょう」

 思わずふはっと笑う。
 風に吹かれ、ピザまんが入った袋がカサカサと音を立てる。歩いたからか、もうそれほど寒く感じない。

「ね、ゆふセンセって呼んでいい?」
「いやいや、そこは名字でしょ」
「覚えてない」
「ちょっと! なんかちょいちょい失礼なこと言うね、君」
「そんなことないって。それに、ゆふっていい名前じゃん」
「え?」
「ゆふって、結ぶ、のゆふでしょ? センセーを目指すゆふセンセにぴったりだと思って」

 その言葉に思わずどきりとした。私の名前は変わってるとよく言われるけれど、由来を言い当てたのは田中先生を含めこれで二人目だ。

「あ、ありがとう……」

 何と返すのが正解かわからず思わず下を向くと、「それじゃあ」と彼は勢いよく地面を蹴る。

「あっ、ちょっと君の名前は!?」

 進みだした自転車の背中に向かって声を掛けると、肩越しに振り返り片手をあげて応えた。車のヘッドライトが明るい茶色の髪を輝かせる。

「たかつき! 高槻レン!」

 色とりどりの看板や街灯がきらめく夜の街に、背の高い彼のシルエットはあっという間に消えていった。
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