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野営地

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 シュバルツヴァルドの騎士達に先導され、一団は公国とシュバルツヴァルドの国境にある野営地に到着した。公国からシュバルツヴァルドに入国した輸送団はすぐに怪我人の手当て、診察、配給の準備に取り掛かる。

「今日はもう遅い。明朝出発しましょう」

 銀色の耳の騎士ヨシュカの案内で、キャンたちは野営地の天幕で休むことになった。

「宿を準備出来ず申し訳ありません」
「十分です。ベッドで眠るのは久しぶりだ」

  アミアは荷物を置くと笑顔でヨシュカに答える。

「俺はなんか食いもんないか見てくるわ」
「それなら、この先にある黄色い布をかけた天幕が配給所になっています。食事は十分に出来る量を配っているので気になさらず」
「ありがたい」

 ウェイは片手を上げて天幕を出て行った。

「キャン、少し休んだらいいよ」

 アミアが天幕の入り口でジッと佇んでいるキャンに声を掛けると、キャンはふるふると顔を横に降り、アミアを見上げた。

「いいえ、私……ちょっと外の空気を吸ってきます」
「じゃあ私も」
「アミアさんは休んでて。ちょっと……少し、歩くだけですから」
「……分かった。あまり遠くに行かないで」
「はい」
「では、僕が案内しましょう」
「え!? で、でも」
「知りたいんでしょう?」

 ヨシュカは断ろうとするキャンの言葉をやんわりと遮り、責めるわけでもなくただ優しく目を細めた。

「……はい」
「うん、じゃあ案内しましょう。聞きたい事があればなんでも言ってくださいね」

 ヨシュカはアミアに一つ頷くとキャンを伴い天幕を後にした。


 野営地では多くの天幕が張られ、役割を持った天幕には色の着いた布が掛けられている。
 日が傾きかけたこの時間、食事の配給を行なっている天幕の前には多くのシュバルツヴァルド人が並んでいた。
 ヨシュカは一つ一つの布の色の意味を教え、シュバルツヴァルド人達が身を寄せる天幕も案内した。

「取っても大丈夫ですよ」
「え?」
「それ」

 ヨシュカは指で自分の頭をトン、と指した。キャンの頭の布を指しているのだ。

「……、いえ、さ、寒い、ので……」
「確かに、今日は寒さが身に染みますね」

 ヨシュカは気にせずキャンにまた天幕の説明を続ける。キャンはじっとその言葉を聞きながら、天幕の前に並ぶシュバルツヴァルド人を見つめた。小さな子供を抱えた母親、腰の曲がった年寄り、小さな子供だけで並んでいる者から、怪我を負った者。
 皆、頭には三角の耳や丸い耳がある。
 子供達は長い尻尾やふさふさの尻尾をパタパタと振り、食事をもらうと嬉しそうに自分の天幕へ戻って行った。

『ヨシュカ殿下!』
『あ、殿下だ!』
『殿下、こんにちは!』

 子供達がヨシュカを見つけると笑顔で駆けてきた。

『やあみんな、ご飯は貰ったかい?』
『うん! 見て見て、今日のご飯すごく美味しそう!』
『ほら見てよ、クッキーも貰えたの!』
『すごい、ご馳走だな』
『今日届いた荷物にあったんだって! 特別なんだよ!』
『そうか、余所見しないで気を付けて運ぶんだよ』
『はーい!』
『殿下またね!』

 子供達は嬉しそうにヨシュカに笑顔を向け、キャンにも手を振ると元気に駆けて行った。

「今は多くの国から支援物資が届いて食べる物には困っていないんですが、一時期は食べることすら儘ならない時もあったんです」
「……あの子達は」
「あの子達は親が亡くなったり行方不明になって、一人になってしまった子達です。ここは彼の国の脅威が届かない場所なので、周囲にいる大人達も子供達に目を向けることが出来る。心の傷は簡単には癒せませんが、声を掛け合い皆がお互いを支えているんですよ」
「……強いんですね」
「そうですね。……生きているから」

 ポツリと呟いたヨシュカを見上げると、目を細め子供達の駆けて行った方向を見たまま動かない。

「家族を失った者、辛い目にあった者、酷いことが起きて突然その記憶や不安感に苛まれることもあります。……でも、僕達は生きてるから」
「……」
「君も生きてる」

 ヨシュカはキャンに視線を戻しその柔らかな表情で強張ったキャンの肩をそっと支えた。

「少し、話をしましょうか」

 ヨシュカはそう言うと柔らかく微笑み、天幕へ足を向けた。
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