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過去1
しおりを挟むロイドの屋敷に到着したのは既に日も暮れた頃。
玄関でユーレクを迎えたアミアは、キャンが休む部屋へ案内した。
ユーレクとロイドが屋敷を出発してすぐ、キャンは熱を出して倒れたと言う。すぐに客室で休ませ、今は解熱剤を飲んでぐっすり眠っているから大丈夫だと、顔色を変えたユーレクを見てアミアは苦笑しながら説明した。
薬の影響もあるだろうが、疲労と心労で一時的に発熱したのだろうと、アミアはキャンをゆっくり休ませることにしたのだ。
通された客室の扉を開けると、明かりが優しく灯された部屋の大きなベッドでキャンがすうすうと寝息を立てて眠っていた。
呼吸も安定して穏やかな表情で眠っている。
ガーゼが当てられた頬にそっと掌を添え、するりと撫でる。
「殿下」
ロイドが入り口から低い声で声を掛ける。
ユーレクは屈んでキャンの額にキスを落とすと、静かに部屋を後にした。
応接室に通されたユーレクがソファに腰掛けるとロイドは執事を下がらせ人払いをし、アミアと共にユーレクの向かいに腰を下ろした。視線をテーブルの上に落としたまま膝の上で拳を握り締めている。
ユーレクはそんなロイドを真正面から捉えた。
「……キャンの話を」
ユーレクがそう促すと、目を瞑り息を吐き出したロイドの握り締めた手に、アミアがそっと手を重ねた。
◆
ロイドがキャンとコーイチに出会ったのは騎士団の副団長だった頃。
国境を越え不法に入国しようとする移民が多かった時代、王都の騎士団から副団長であるロイドが派遣され、国境警備部隊と連携し警備を強化していた。入国許可証を持っている者の中には他国の間者が紛れていることもあり、ロイドは国境で多くの入国者を取り締まる日々を送っていた。
ある日そんなロイドの元へ、不審人物がいる、と入国審査を行う部隊から連絡があった。
「不審人物?」
「はっ。入国許可証も本物に間違いないのですが……、その、何というか……」
「なんだ」
「……子供を連れているのです」
「子供? 親子か」
「いいえ」
「人買いか」
「それも、違うかと」
ハッキリしない騎士の態度に苛立ったロイドは、その場を他の者に任せ二人を拘束したという部屋へ向かった。
室内に入るとテーブルを挟んだ向こう、小さな椅子に頭に異国の柄の布を巻いた男が一人、小さな子供を抱いて座っていた。子供は腕の中でスヤスヤと眠っている。入室して来た身体の大きなロイドを見ても、特に焦るような態度も取らず、静かにこちらを見ている。その男の顔立ちはこの辺りでは見ない人種のものだった。
「コーイチ・スガヤ?」
「はい」
ロイドはガタンと椅子に腰掛けコーイチの調書に視線を落とす。持っていた入国許可証も間違いなく本物だ。書類に怪しい点はないが、確かに引っかかるものがあるのだ。
「入国の目的は」
「仕事を探しに」
「この許可証はどうやって手に入れた?」
「国で申請しました」
「なるほど? ギフトは設計、か」
「建築の仕事を探そうと思っています」
「誰か知り合いでも?」
「いいえ」
「なんの当てもなく来たのか」
「はい。仕事を決めて就労在留資格を申請する予定です」
「この許可証は期限が三ヶ月だ」
「その間に見つからなければまた国へ戻ります」
「その子は? お前の子供か」
「……いいえ」
「ほう?」
ロイドはコーイチの腕の中の子供に視線を向ける。帽子を被りケープを纏った子供は、安心しきっているのか目覚める様子がない。帽子からはみ出たミルクティ色の髪が揺れる。
「その子供とお前の帽子を取れ」
後ろに立っていた騎士が居丈高に男に命じた。その言い方から、既に帽子をとった姿を見たという事なのだろう。
コーイチはじっとロイドの目を見つめる。ロイドは黙って帽子を取るのを待った。
コーイチは短く息を吐き出すと、まずは自分の頭に巻いた布を取る。現れた灰色の髪は短く刈り込まれ、コーイチを急に老けさせた。もっと若いと思っていたのだが、自分よりもだいぶ上かもしれないとロイドはコーイチを観察する。
そして、コーイチは眠る子供の帽子を脱がせた。
「!」
現れたふわふわのミルクティ色の髪と同じ、ミルクティ色の耳。帽子を取ったからか、ピクピクと耳が動き子供が身じろいだ。
「……獣人の子供か」
「昨日から何度も説明していますのでそこに資料があるかと思いますが、この子は私が養子縁組した子です。人買いでもなんでもない」
手元の資料を何枚か捲ると、確かに養子縁組をした記録がある。しかも、獣人の国シュバルツヴァルドで縁組をしていた。
「私はシュバルツヴァルドで仕事をしていました。そこで知り合った知り合いが……戦争で亡くなったので、一人になったこの子を養子としたのです。シュバルツヴァルドで正式な手続きを踏んでいます」
ロイドの疑問を見透かすようにコーイチは淡々と説明をする。
コーイチの言う通り、確かに書類は全て本物で何も疑わしい点はない。だがだからこそ、疑わしいのだ。
彼の国とシュバルツヴァルドで戦争が起こり、混乱の最中にある国を捨て多くの移民が他国へ渡っている。そんな混乱の中で、こんな正式な書類をどうやって取り揃えられるのか。特に獣人の子供は人買いが奴隷として他国へ売っていると言う。高値で取引され中には惨たらしい己の欲望を向ける対象として買う者もいる。
明らかに人種の違う二人を結びつけるのはこの書類だけであり、だからこそ心許無く安易に入国を許可できなかったのだろう。
「騎士殿」
眉根を寄せ黙るロイドに向かいコーイチが声を掛けた。
「疑わしいのは分かります。いくらでも質問には答えましょう。ですが、昨晩からずっとここに拘束され何も飲み食いしていません。せめて、この子に水を頂けませんか」
コーイチは静かにお願いします、と頭を下げた。
水とパンを持った騎士が入室して来ると、それまでぐっすり眠っていた子供が目を覚ました。
「キャン、ほらパンをもらったよ。水もお飲み」
コーイチは子供を膝の上に抱き直しコップを持つのを手伝ってやる。キャンと呼ばれた子供は両手でコップを持つと、ごくごくと喉を鳴らし水を飲んだ。パンを両手に持ちモグモグと頬張ると、持っていたパンを手で千切り一方を男に渡した。
「僕にもくれるのかい?」
コーイチが優しく笑うと、キャンはこくこくと何度も頷く。ありがとう、と礼を言ってコーイチもキャンのくれたパンを口にした。
「……それを食べたら行くといい」
「え?」
ロイドは書類をトンッと机の上で揃えると、脇に抱え立ち上がった。
「書類に怪しい点はない。これ以上拘束している理由はない。持参している金銭の報告も正しくなされているし、それだけあれば三ヶ月は暮らしていけるだろう。うまく仕事が見つかるといいな」
「……っ、ありがとうございます」
「子供から目を離さない事だ」
「はい」
コーイチはまた丁寧にロイドに頭を下げた。ロイドはコーイチに向かって一つ頷くと、騎士と共に部屋を後にした。
「よろしいのですか?」
廊下に出ると、騎士が声を顰めた。
「獣人を入国させるなという通達はない」
「ですが」
「これ以上拘束する理由が何もない。あの男は人買いでも間者でもないだろう」
「監視はつけますか」
「一週間ほど後を追え。特に問題なければそれ以上は不要だ」
「はっ」
「ウェイ、何かあればすぐに知らせろ」
騎士はひとつ頷くと、静かにその場を離れた。
*
それからひと月ほど経ち、ロイドは国境から王都へ戻った。
コーイチとキャンを追っていたウェイによると、二人には特に怪しい動きもなく、王都の安宿を借りて仕事を探し建築の仕事に就いたようだと報告があり、この件はそれで終了となった。
ロイドは心に何か引っ掛かりを感じていたが、日々の任務に追われすっかり思い出すこともなくなった頃、再会はあっさりとやって来る。
騎士団に匿名で人身売買の情報が入ったのだ。
それは、商人として入国した男達が孤児の子供達を他国へ売ろうとしていると言う情報だった。
この情報をもとに騎士団の調査、摘発が行われ、人身売買の組織は制圧、攫われた子供達は無事保護された。
そしてその中に、あの獣人の子供、キャンがいたのだった。
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