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激昂

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 愛馬に跨り夜の王都を抜ける。
 煌びやかな街を人々が行き交い、街の穏やかな喧騒がユーレクの心を落ち着けた。
 マントのフードを被っていても何人かがユーレクに気が付き、気軽に挨拶をする。ユーレクもそれに笑顔で応えながらふと、店仕舞いをしている花屋に目が留まった。
 店先の小さな黄色い花がフワフワと揺れるのを見て、なんとなくキャンを思い出す。小さなかわいらしい、フワフワの花。

「騎士様、お花が必要で?」

 店主が片付けている手を止めて帽子を上げ挨拶をする。

「いや、そうでは……」
「こちらの花が気になりますか?」

 花屋の店主は慌てるユーレクを気にする事なくミモザの花を一房取ると小さく纏めて花束にした。

「いくら騎士様と言えど、女性に会うのに手ぶらではいけません」
「いや、そういう事では……」

 お代はいりませんよ、と恰幅の良い店主が半ば強引に微笑んで花を差し出すと、ユーレクはウロウロと視線を彷徨わせ、小さな声で「すまない」と礼を言い受け取った。
 店主はもう片付ける花だから、とお代を断ったが、ユーレクはその手を制して代金を置き逃げるようにその場を去った。
 花屋の店主が微笑ましく見詰めていることに、気が付かないまま。

 そうして馬を進めながら馬上のユーレクは困惑していた。
 ユーレクは女性に花を渡したことがない。
 己の右手にある花の名前すら分からないのだ。
 一体なんと言ってキャンに渡せば良いのか、突然花を持って現れたらあの無口な女の子はどんな顔をするのか、そればかりを考え、そして全く答えが出ない。
 だが、この花を渡すのは悪い考えではないな、と何となく期待が胸に広がる。
 ニヤけそうな己に内心呆れつつ、いつもの路肩で馬を降り木に手綱を掛けると、ふと甘い香りがすることに気が付いた。

 嗅いだことのある香りだ。しかも、あまりいい記憶ではない。
 ユーレクは素早く辺りを見回す。

 日が沈み暗闇が辺りを覆うが、この辺りは民家が多く、家々の窓から漏れる灯りや街灯が道を照らし、家の外に置かれたベンチで夕涼みをしている者もいる。決して人気の少ない通りではない。

(この香り……)

 ユーレクは記憶を手繰り寄せ情景を思い出す。

 脳裏に蘇るのは、キャンの白く細い腕。細い腰。この花と同じ黄色いブラウス、見慣れない白い帽子。
 甘ったるい匂い、……異国の服を纏った男達。
 キャンの、泣きそうな顔、――美しい紫の瞳。

(……キャン!)

 ユーレクは馬を置くと地面を蹴り一息に石の階段を跳び越えた。中腹の踊り場に着地したところで突然大きな花火が頭上に打ち上がった。黄金の花が散るように、パラパラと王都の街へ光の粒が落ちて行く。
 間違いなく、丘の上の森から打ち上げられたものだ。
 更に力強く跳び上がり階段を一気に登り切る。

(キャン!)

 ユーレクは腰の剣に手を掛けたまま店内に飛び込み素早く店内を確認した。
 店には誰もいないが椅子が倒れ、皿が何枚か床で割れている。
 キッチンを抜け裏口から外へ飛び出すと、神経を集中してギフトを解放した。
 暗い森の奥に男達が灯りを手に集まっている。

 そのうちの一人が何かを引き摺りながら下卑た笑い声を上げこちらに向かって来る。
 その引き摺られているを目にした瞬間……
 ユーレクの視界が真っ赤に染まった。

 シュン、と風を切る音に男が一人気が付き、視線をカフェの方へ向けると、目の前に見知らぬ男が飛び込んで来る所だった。

「……っ! なっ……」

 低い姿勢で一気に間合いを詰めたユーレクは剣を抜き流れるような動きで下から振るうと、キャンの髪を掴んでいた男が一歩後ろによろめいた。

「誰だお前!」

 ユーレクが抜剣している事に気が付いた男達は慌てて己の剣に手をやるが、ユーレクはすぐさま剣を振った回転に力を乗せ、そのまま隣に立っていた男に上から剣を振る。
 地面に男が持っていた灯籠が転がった。

 男達には何が起こっているのか分からなかった。
 ただ、この暗さの中でも素早く動くこの男の黄金の瞳が怒りで激しく燃え、恐怖で竦むほどの殺意を向けている事だけは分かる。

「くそ!」

 キャンの髪を掴んでいた男が腰の剣を抜こうと手を翳すと、剣を掴めず空をかいた。男が驚いて自分の手を見ると、肘から下がなくなっている。

「ぎ、……っ、ぎゃあああ!」

 腕を切り落とされ叫び声をあげる男に向かって、ユーレクは更に強烈な回し蹴りを食らわせる。まともに蹴りを受けた男が吹き飛び、大木に強かに身体を打ち付けると周囲の木がミシミシと音を立て倒れた。

「ぐああっ!」
「てめぇ、何しやがる!」
「う、うわあああっ! 手がっ、手が!」
 
 地面に落ちた灯籠を、手首から先の自分の手が握ったままなのを見た男が叫び声を上げた。

「ひいぃっ」

 恐怖に声を上げ逃げ去ろうとする男に向かいユーレクがまた剣を振るうと、背を向け逃げ出した男が激しく地面に倒れ込み叫び声を上げた。
 男の右足が離れた場所に転がり血飛沫を上げる。
 手足を切り落とされ叫び声を上げる男達を置いて、一人這いつくばって逃げようとする男の背中をユーレクが踏み付けた。
 苦しさに声を上げることもできない男の背中を見下ろし、ユーレクがギリッと剣の柄を握り締め振り翳した。


「殿下!!」

 ギイィンッ、と剣が鳴った。
 ビリビリと手が痺れる。
 ロイドが男とユーレクの間に入り、歯を食いしばりユーレクの剣を受け止めた。だが、その力の前にロイドは膝を突く。
 黄金の瞳がロイドを睨みつけ、全身から溢れ出す殺気を向ける。

「殿下! 剣をお納め下さい! この者達は私が!」
「どけ! ロイド!」
「なりません! こんな者達にギフトをお使いになられるな!」
「お前も死にたいか!」
「キャンを!」

 ロイドの叫びにユーレクがピクリと身体を揺らした。
 ロイドの額から汗が流れ落ちる。

「キャンを、……頼む、ユーレク」

 ロイドの腕がブルブルと震え、剣を止めるのはもう限界だった。押し返される剣の刃がロイドの首に触れる。
 つ、と首を流れるのは汗か、血か。
 ロイドの腕が限界を迎える頃、フワッと剣を押す力が抜けた。ユーレクが一歩引き、剣を一振りして鞘に納める。黄金の瞳は暗い森に向いている。

「この者達を捕らえ王城に連行しろ」
「はっ!」

 ロイドは素早く立ち上がり騎士の礼を取ると、地面に転がる男の背後手を拘束する。男は口から泡を吹き気を失っていた。
 ユーレクはそれ以上何も言わず、すぐに森に向かって走り去った。


「団長」

 離れた場所から二人のやりとりを伺っていた男が近づいて来た。
 ロイドは詰めていた息を大きく吐き出し額の汗を拭うと、己の手が震えている事に気が付いた。

「ウェイ」

 ウェイは素早く周囲を見渡す。

「信号弾を見た。キャンは」
「……殿下に任せている」
「分かった。コイツらを王城に連れて行けばいいんだな」
「ああ、だが……騎士団ではダメだ。影に連絡を」
「了解」

 ウェイはそう言って踵を返したが、足を止めロイドの元に戻り「これを」と、手にしていたミモザの花束を差し出した。

「落ちていた」

 ウェイはもう一度踵を返すとカフェへ戻った。

 ロイドは呻き声を上げる男達を見渡す。意識のない者、痛みに苦しみ悶える者。ユーレクは男達を一撃で仕留めず、容赦なく手足を切り落としている。キャンの身に起きた何かに、ユーレクが激怒したのだ。
 ロイドは自分の震える手を見下ろす。
 そして、不恰好になった花束を。
 自分には見えないが、あの暗い森にいる大事なあの子をユーレクが探しに行った。
 あの暗闇はキャンを守るが、助けてはくれない。
 今は、大事なあの子をユーレクに任せるしかないと、ロイドはまた長く息を吐いた。

 首の汗を拭うと、手の甲が赤く染まった。
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