13 / 52
盛衰
しおりを挟む「かつて生成された薬は王弟殿下の管理の元、記録も関わった者も全て抹消された。辺境の解答を待たずとも魔物を、たとえ一部であろうと持ち出すなど不可能なのは明白だ。我が国からその様なものが国外へ出るなど考えられない」
そう言って、王太子の執務室で正面に据えられた執務机に頬杖をついた王太子ヴィルフリートが黄金の瞳を眇め宰相補佐を睨んだ。
慣れているのか、宰相補佐は意に介さず書類に視線を落としたまま報告を続ける。
「確かに彼の国とは国交を断絶して随分と経ちます。物資の輸出入だけではなく人が行き交うことも難しい中では、仮に魔物の一部を持ち出せたとしても彼の国へ持ち込むのは不可能でしょう」
「だが報告では魔物のように変化した、とある」
「薬を投与された者は一時的に身体強化の効果も見られたそうです」
「……一度は人の手で作られたものだ。やがて他の誰かが魔物ではなく何か別な物を利用して作るようになってもおかしな話ではあるまい」
「解析のギフト……彼の国にも生まれたのかもしれません」
ヴィルフリートは執務椅子に背を預けふう、と息を吐いた。
この世界に生まれた者は誰しもが持っているギフト。
それは特別なものというよりは、人よりも得意な技術、という位置付けだ。
足の速い者、腕力のある者、手先が器用な者。其々が持つギフトを活かし、生きるための術として研鑽しこの世界で生きていく。
だが稀に得意程度ではなく、異能として人々よりも秀でた能力を持ち生まれる者達がいる。
それが王族であり貴族なのだが、国交のある国同士ではどんなギフトを誰が持っているか自然と共有されているが、国交の途絶えた彼の国ではどのようなギフトが齎されたのか分からない。彼の国に送り込んでいる影の報告を待つだけだ。
そして、その得体の知れない彼の国では獣人に薬を投与する人体実験が行われているという。
十五年程前、王国内で魔物の一部を使った薬が精製され、一人の男が実験台となり大きな被害を齎した事件があった。
男は身体能力が常人より遥かに高まり人ならざる能力を発現させる薬に溺れ、やがて心を壊し魔物へと成り果てた。
不完全なものではあったがその効果は計り知れず、当時王太子であった現国王、王弟、そして辺境伯が、薬を服用した、ただそれだけの男を抹消し闇に葬る為動いた。
一度精製され他国へ渡ってしまえば最後、その薬によって生み出された魔物のような能力を持つ兵士を従えた他国により、脅威に晒される事は明白だったからだ。それ程その薬に危機感を抱いたのだ。
そしてその薬を精製したのが、貧民街に住む名もなき一人の男。解析のギフトを持つその男は誰に教わるでもなくその能力を活かし、薬を生み出していた。
解析のギフトは異能の一つ。
それが、貧民街の一人の男に齎されたという事実も当時は大きな波紋を呼んだ。
身体能力として発現しないギフトは分かりにくい。特に、異能のギフトに触れる機会のない市井の人々にとって、男のギフトは理解できないものだっただろう。そんな男を利用し国を脅威に晒したとして、薬の精製に関わった者たちは皆極刑に処せられた。
だが一度は人の手で作られたもの。
それをまた新たな解析のギフトを持つ者が見つけ出し、精製したとしたら。それを、彼の国が開発しているとしたら。
新たな脅威となることは間違いないだろう。
名前を呼ぶのすら憚られる、彼の国。
それは、かつては豊穣の女神が始祖と言われる実り豊かな国だった。
だが、代々続く王家は女神の血を薄めぬ様近親婚を繰り返し、やがては悪政を強いる王達を生み出すようになった。
私腹を肥やし弱者を虐げ、やがてその悪意は他国へ向けられる。
近隣諸国はこの国に対し全ての国交を経ち、彼の国の侵略を防ぐべく同盟を結び、小競り合いの様な諍いに対応してきた。
だがいつからか、それは獣人の国シュバルツヴァルドへ向けられるようになった。
元来大らかで真面目な性質のシュバルツヴァルド人は外交に力を入れることなく、農業、酪農に力を注ぎ独自の発展を遂げて来た。シュバルツヴァルドの産出品は安定し、近隣諸国で飢饉や農作物の不作などが起これば一定量を供給するなど、他国との均衡を保ち不可侵の立場を守って来た。
だがこの均衡を彼の国は簡単に破る。
自国の更なる発展を目指すよう同盟を結ぼうと甘い言葉を囁き働きかけた。
この甘い言葉に傾いたのが現国王の第二王子。
彼の国と軍事協定を結び自国を更に大きく豊かにする為、周囲の猛反対も意に介さず、視察と称して自身の部下を連れ彼の国へ渡ったのが悪夢の始まりだった。
初めから罠だったのだ。
囚われた第二王子と家臣達が獣人の身体能力を知る為と称し様々な拷問を受ける。
どれだけの苦痛に耐えられるのか。
弱点は何か。どんな薬物が効くのか。
役目を終えた第二王子の首がシュバルツヴァルドの国境付近に晒されると、彼の国の兵士は国境を越え村を焼き払い男達の前で女子供を捕らえ犯し殺した。
家族を人質に取られた男達は彼の国に渡り、家畜同然の扱いを受ける。女達は男達の慰み者になり自ら命を絶つものも少なくなかった。
この仕打ちに烈火の如く怒りを見せたシュバルツヴァルドの王太子とその兄弟達は少数の部下を伴い国境へ赴き自ら戦った。
だが、戦いが長引けば長引くほど、個々の能力は高いが数の少ないシュバルツヴァルド軍は疲労が目立つようになり、兵力は獣人ほどではないが数の勝る彼の国に戦況は有利に働いた。
そして遂に、シュバルツヴァルドの王太子が捕われた。
シュバルツヴァルド王は年老いていた。
第二王子を失い戦況に絶望していた所へ、王太子の証であるシュバルツヴァルドの紋章を象った指輪を嵌めた指が送り付けられ、王は乱心した。
自分の子供達が苦しんで死ぬ位ならと、自らの刃でまだ幼い娘達を手に掛けた。
必死に子供を守ろうと飛び出した己の最愛の妻をその手で殺めると、王は彼の国へ呪詛の言葉を叫びながら自らの喉を切り裂き絶命した。
現在シュバルツヴァルドでは王太子妃が前線へ兵を送り侵略を防ぎながら、近隣諸国へ助けを求めている。
その声に、この国の王が応えた。
その昔、この国の国王とシュバルツヴァルド王太子は共に学んだ友人だった。
シュバルツヴァルドの危機を耳にし真っ先に援軍を送るべく先代王に進言したがそれは叶わず、当時、王太子としてギリギリの支援しか送ることができなかったが、昨年の戴冠式を迎え正式にこの国の王となってすぐ取り掛かったのが近隣諸国との同盟の結び直しだった。
国や国境を越え進軍を行う為の協定を協議、制定し、自国のみならず近隣諸国との均衡を保ち決して利益を得る事のない戦いとすること。
これはもはや国家としての繁栄や発展のためではなく、人道的支援であると。
国王は一年をかけ協議してきたのだ。
そしてティエルネを呼び寄せ、公式の場で調印式を行った。
この同盟に参加したのは六カ国。
初めの一歩としては上出来だろう。
今後いかなる国も、シュバルツヴァルドに手を出そう物ならこの六カ国から制裁を受けるのだ。
ヴィルフリートは壁にかけられた地図を見つめる。そこに書かれたシュバルツヴァルド、そして彼の国。恐らく彼の国は既に戦いの準備を始めているだろう。
シュバルツヴァルドを救うのに一刻の猶予もない。
そしてその最前線へ弟が赴く事になった。あの、自由で生意気な心優しい弟が。
ヴィルフリートは手元の書簡に再度視線を落とした。
それはユリウスと共に出兵を願う男の嘆願書だった。
弟と共に行く事を選んだこの強く心優しい父のような男も、弟も、誰一人欠けることなく戻ってくる事を今は祈るしかなかった。
46
お気に入りに追加
215
あなたにおすすめの小説

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。

美しい公爵様の、凄まじい独占欲と溺れるほどの愛
らがまふぃん
恋愛
こちらは以前投稿いたしました、 美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛 の続編となっております。前作よりマイルドな作品に仕上がっておりますが、内面のダークさが前作よりはあるのではなかろうかと。こちらのみでも楽しめるとは思いますが、わかりづらいかもしれません。よろしかったら前作をお読みいただいた方が、より楽しんでいただけるかと思いますので、お時間の都合のつく方は、是非。時々予告なく残酷な表現が入りますので、苦手な方はお控えください。 *早速のお気に入り登録、しおり、エールをありがとうございます。とても励みになります。前作もお読みくださっている方々にも、多大なる感謝を! ※R5.7/23本編完結いたしました。たくさんの方々に支えられ、ここまで続けることが出来ました。本当にありがとうございます。ばんがいへんを数話投稿いたしますので、引き続きお付き合いくださるとありがたいです。この作品の前作が、お気に入り登録をしてくださった方が、ありがたいことに200を超えておりました。感謝を込めて、前作の方に一話、近日中にお届けいたします。よろしかったらお付き合いください。 ※R5.8/6ばんがいへん終了いたしました。長い間お付き合いくださり、また、たくさんのお気に入り登録、しおり、エールを、本当にありがとうございました。 ※R5.9/3お気に入り登録200になっていました。本当にありがとうございます(泣)。嬉しかったので、一話書いてみました。 ※R5.10/30らがまふぃん活動一周年記念として、一話お届けいたします。 ※R6.1/27美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛(前作) と、こちらの作品の間のお話し 美しく冷酷な公爵令息様の、狂おしい熱情に彩られた愛 始めました。お時間の都合のつく方は、是非ご一読くださると嬉しいです。
*らがまふぃん活動二周年記念として、R6.11/4に一話お届けいたします。少しでも楽しんでいただけますように。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
大好きだけど、結婚はできません!〜強面彼氏に強引に溺愛されて、困っています〜
楠結衣
恋愛
冷たい川に落ちてしまったリス獣人のミーナは、薄れゆく意識の中、水中を飛ぶような速さで泳いできた一人の青年に助け出される。
ミーナを助けてくれた鍛冶屋のリュークは、鋭く睨むワイルドな人で。思わず身をすくませたけど、見た目と違って優しいリュークに次第に心惹かれていく。
さらに結婚を前提の告白をされてしまうのだけど、リュークの夢は故郷で鍛冶屋をひらくことだと告げられて。
(リュークのことは好きだけど、彼が住むのは北にある氷の国。寒すぎると冬眠してしまう私には無理!)
と断ったのに、なぜか諦めないリュークと期限付きでお試しの恋人に?!
「泊まっていい?」
「今日、泊まってけ」
「俺の故郷で結婚してほしい!」
あまく溺愛してくるリュークに、ミーナの好きの気持ちは加速していく。
やっぱり、氷の国に一緒に行きたい!寒さに慣れると決意したミーナはある行動に出る……。
ミーナの一途な想いの行方は?二人の恋の結末は?!
健気でかわいいリス獣人と、見た目が怖いのに甘々なペンギン獣人の恋物語。
一途で溺愛なハッピーエンドストーリーです。
*小説家になろう様でも掲載しています

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

求職令嬢は恋愛禁止な竜騎士団に、子竜守メイドとして採用されました。
待鳥園子
恋愛
グレンジャー伯爵令嬢ウェンディは父が友人に裏切られ、社交界デビューを目前にして無一文になってしまった。
父は異国へと一人出稼ぎに行ってしまい、行く宛てのない姉を心配する弟を安心させるために、以前邸で働いていた竜騎士を頼ることに。
彼が働くアレイスター竜騎士団は『恋愛禁止』という厳格な規則があり、そのため若い女性は働いていない。しかし、ウェンディは竜力を持つ貴族の血を引く女性にしかなれないという『子竜守』として特別に採用されることになり……。
子竜守として働くことになった没落貴族令嬢が、不器用だけどとても優しい団長と恋愛禁止な竜騎士団で働くために秘密の契約結婚をすることなってしまう、ほのぼの子竜育てありな可愛い恋物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる