上 下
25 / 29

会いたかった、帰らないで、好きです1

しおりを挟む

「誕生日おめでとう、ルドヴィカ」
「ありがとう、お父様、お母様」

 ある晴れた秋の日。
 まだ強さを感じる日差しを避けるため、屋敷のコンサバトリーは天井から真っ白なレースを垂らし日陰を作っていた。風に揺れふわりと広がるレース、陽の光を浴びて眩しく輝くその様子が私は好きだった。
 庭師が気合を入れて今日のために手入れをしてくれた美しい花々がいたるところに飾られ、ほのかに甘い香りも漂っていた。
 その日は私の誕生日。両親は私の友人たちを呼び、パーティを開いてくれた。
 料理長の気合の入った料理やケーキ、友人たちから贈られたプレゼント。使用人にもお祝いの言葉をもらい、私はとても幸せな一日を過ごした。

 夜、パーティがお開きとなり皆をエントランスで見送って、私はやっと部屋に戻ることが出来た。少し飲んだワインに頭がふわふわしていて、高揚感も加わりずっと夢見心地だった。
 侍女のユリに手伝ってもらい湯浴みを済ませ、寝支度をしてベッドへ潜り込む。
 過保護なユリは私が大人しくベッドに入ったのを満足そうに見守ると、部屋の明かりを落とした。
 ユリの足音が遠ざかり、辺りがしんと静まり返ったのを確認して、私は急いでベッドから飛び降りる。
 昼間見つけた、友人たちのプレゼントに紛れていた小さな青い天鵞絨の箱。
 私はその色を見て胸が高鳴った。
 その場では開けず、でも誰にも触られたくなくてこっそりポケットに隠し持ち、部屋に戻ってすぐに引き出しにしまっていた。
 引き出しからそっと箱を取り出し蓋を開けると、そこには美しく黄金色が揺らめく青い石のネックレスが。

「……エドアルド様の色だわ」

 そっと指で石をなぞると、ゆらりと込められた魔力が揺れた。

『――コンサバトリーにおいで』

 じわりとエドアルドの声が耳に届いた気がした。
(エドアルド様が来てる)
 私は静かに、そっと部屋を出てコンサバトリーに向かった。

 *

 昼間の賑わいは嘘のように、今は明かりも最低限に落とされ月明かりの下で静かに佇んでいるコンサバトリー。
 ガラス戸を静かに開け足を踏み入れると、飾られた花はそのまま甘い香りを漂わせていた。夜の静けさの中のほうが、その香りは濃く感じる。

「……エドアルド様?」

 小さな声でそっとその名を呼ぶ。恋しい人のその名を声に出すのはいつ以来だろう。
 胸がドキドキして、ギュッと天鵞絨の箱を握りしめた。

「ルドヴィカ」

 ふわりと金色の粒が舞い、鼻腔を懐かしい香りが掠めた。爽やかな森の香りに、少しシトラスの爽やかさ。背後から柔らかく抱きしめられ、頬にひんやりと冷えた髪が触れた。

「エドアルド様!」

 振り返ろうとすると、ぎゅうっと回された腕にきつく抱きしめられる。

「会いたかった、ルドヴィカ」

 耳許に唇を寄せられ低く囁く声に、顔が熱くなる。エドアルドの唇が触れる耳まで熱くて恥ずかしい。

「わ、私も……、会いたかったです」
「うん」

 すりすりと甘えるように肩口にエドアルドが顔を埋める。
(久しぶりに会ってこれは恥ずかしいわ!)
 エドアルドと会ったのは春の頃。暖かな日差しの湖畔で手を繋ぎ、二人でのんびりと歩いた。領主さまのお屋敷に来訪していたエドアルドは三日ほどで王都へ帰ってしまったけれど、時間を作っては二人で出来る限り一緒に過ごした。

「今回も領主さまのお屋敷に滞在しているのですか?」

 どきどきとうるさい鼓動を誤魔化すように、背後から抱き締めるエドアルドへ質問をする。回された腕にそっと触れるとすぐにその手に手を重ねられた。

「違うよ。ルドヴィカにどうしても会いたくて今来たんだ」
「え、今?」
「これ」

 握ったままの天鵞絨の箱をトン、と指で突いたエドアルドはやっと腕の力を緩めた。その手に促され箱を渡すと、中身を取り出しそのまま私の首にかけてくれる。

「誕生日おめでとう、ルドヴィカ」
「あ、ありがとうございます」

 胸元で輝く青い石が、薄暗いコンサバトリーでじんわりと輝く。

「魔法が込められています」
「私の魔力だよ。よく見てみて」
「?」

 言われるままにそっと石を持ち上げじっと中を見てみると、黄金色に輝くのは繊細な古代文字。

「……魔法陣だわ。それもいくつもあります」
「正解。このネックレスはいつでも君を守るからね。身に着けていて」
「こんな高度な魔法陣、初めて見ました」
「転移魔法を込めているから、何かあったら使って欲しい。ただし、一度しか使えないんだ」
「転移魔法! こんな小さなものに!?」

 まじまじと石を見つめていると、ふっと笑う気配がして顔を上げた。いつの間にか目の前にエドアルドが立っていて、柔らかな笑顔で私を見下ろしている。

「君ならそう言うと思った」

 正面から見る月明かりを浴びたエドアルドの美しさに胸が詰まった。どうしたらこの人に、会いたかった以上の気持ちを伝えられるのだろう。

「私もこの石を使ってここまで来たんだ。ホラ」

 そう言って見せてくれた掌に乗った石は黒ずみ、ひび割れている。つん、と指で触れてみても魔力は感じない。

「これを使用してここまで来たのですか?」
「うん。距離がありすぎるからね、ここまで来るのに何個か使ったんだ」

 会えてよかった、と笑うエドアルドの笑顔に泣きそうになる。

「ルディ? どうしたの?」

 エドアルドが心配そうに私の顔を覗き込む。背の高い彼が少し背を屈めて覗き込むのが私は好きだ。その少し上目遣いになる表情が好きで、とても恋しかった。

しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

この罰は永遠に

豆狸
恋愛
「オードリー、そなたはいつも私達を見ているが、一体なにが楽しいんだ?」 「クロード様の黄金色の髪が光を浴びて、キラキラ輝いているのを見るのが好きなのです」 「……ふうん」 その灰色の瞳には、いつもクロードが映っていた。 なろう様でも公開中です。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

結婚記念日をスルーされたので、離婚しても良いですか?

秋月一花
恋愛
 本日、結婚記念日を迎えた。三周年のお祝いに、料理長が腕を振るってくれた。私は夫であるマハロを待っていた。……いつまで経っても帰ってこない、彼を。  ……結婚記念日を過ぎてから帰って来た彼は、私との結婚記念日を覚えていないようだった。身体が弱いという幼馴染の見舞いに行って、そのまま食事をして戻って来たみたいだ。  彼と結婚してからずっとそう。私がデートをしてみたい、と言えば了承してくれるものの、当日幼馴染の女性が体調を崩して「後で埋め合わせするから」と彼女の元へ向かってしまう。埋め合わせなんて、この三年一度もされたことがありませんが?  もう我慢の限界というものです。 「離婚してください」 「一体何を言っているんだ、君は……そんなこと、出来るはずないだろう?」  白い結婚のため、可能ですよ? 知らないのですか?  あなたと離婚して、私は第二の人生を歩みます。 ※カクヨム様にも投稿しています。

愛されない皇妃~最強の母になります!~

椿蛍
ファンタジー
愛されない皇妃『ユリアナ』 やがて、皇帝に愛される寵妃『クリスティナ』にすべてを奪われる運命にある。 夫も子どもも――そして、皇妃の地位。 最後は嫉妬に狂いクリスティナを殺そうとした罪によって処刑されてしまう。 けれど、そこからが問題だ。 皇帝一家は人々を虐げ、『悪逆皇帝一家』と呼ばれるようになる。 そして、最後は大魔女に悪い皇帝一家が討伐されて終わるのだけど…… 皇帝一家を倒した大魔女。 大魔女の私が、皇妃になるなんて、どういうこと!? ※表紙は作成者様からお借りしてます。 ※他サイト様に掲載しております。

夫が「愛していると言ってくれ」とうるさいのですが、残念ながら結婚した記憶がございません

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
【完結しました】 王立騎士団団長を務めるランスロットと事務官であるシャーリーの結婚式。 しかしその結婚式で、ランスロットに恨みを持つ賊が襲い掛かり、彼を庇ったシャーリーは階段から落ちて気を失ってしまった。 「君は俺と結婚したんだ」 「『愛している』と、言ってくれないだろうか……」 目を覚ましたシャーリーには、目の前の男と結婚した記憶が無かった。 どうやら、今から二年前までの記憶を失ってしまったらしい――。

【完】ええ!?わたし当て馬じゃ無いんですか!?

112
恋愛
ショーデ侯爵家の令嬢ルイーズは、王太子殿下の婚約者候補として、王宮に上がった。 目的は王太子の婚約者となること──でなく、父からの命で、リンドゲール侯爵家のシャルロット嬢を婚約者となるように手助けする。 助けが功を奏してか、最終候補にシャルロットが選ばれるが、特に何もしていないルイーズも何故か選ばれる。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

この誓いを違えぬと

豆狸
恋愛
「先ほどの誓いを取り消します。女神様に嘘はつけませんもの。私は愛せません。女神様に誓って、この命ある限りジェイク様を愛することはありません」 ──私は、絶対にこの誓いを違えることはありません。 ※子どもに関するセンシティブな内容があります。 ※7/18大公の過去を追加しました。長くて暗くて救いがありませんが、よろしければお読みください。 なろう様でも公開中です。

処理中です...