19 / 27
第一章
15
しおりを挟む「ルアド!」
アレクが身支度を整え退室したあと、周囲に人気が無くなったのを確認して、窓の方へ声を掛ける。すると窓の向こうにまた小さな黒い影が見えた。
気が付いたレトがまた窓へ向かって吠えると、すぐにルアドの姿は見えなくなった。
「レトお願い、ルアドに吠えないで! 驚いてしまうわ!」
棚の上からレトに向けて声を掛けると、レトは嬉しそうに尻尾を振って窓から戻って来た。茶色い瞳がキラキラと輝き、なんだか嬉しそうな表情に見える。
きょろきょろと周りを見渡し、棚の端へ移動する。見下ろすと高すぎて、とてもじゃないけれど降りられない。
(どうしよう、さすがにダグザの加護があっても無事でいられるか分からないわ)
ここから降りて窓まで行きたい。何か方法はないかと考えていると、下にレトが移動して私を見上げた。
「レト、私ここから降りたいの。どうしたらいい?」
そう言うとレトはくるくるとその場で回り、また私を見上げる。尻尾はゆるゆると振られ、機嫌がいいのは確かだ。
「そのままそこにいてくれる?」
レトの上に飛び降りたら大丈夫な気がする。動かないでいてくれるか分からないけれど。
アレクシオスが戻るまでずっとここにいるのも辛い。無理をしてでも移動して、まずはルアドと話をしなければ。侍女長やみんなに、私は大丈夫だと伝えてもらわなければいけない。
レトは不思議そうに首を傾げてもう一度くるくるとその場で回ると、身体を丸くして床に座った。
「レト! いい子ね、そのまま、そのままよ」
レトは顔を上げじっと私を見た。あのお腹の上に飛び降りたらきっと平気だ。レトが痛くなければいいんだけれど。
「……よし、行くわよ」
ぐっと気持ちを引き締めて、私は思い切ってマントルピースの棚の上からレトのお腹の上へ飛び降りた。
(きゃあああ!)
怖さにぎゅうっと目を瞑るとすぐ、ぼふんっとレトのお腹の上に着地した。もふもふのお腹が柔らかく私の身体を受け止める。目を開くと高い天井が見えた。
「やったわ! ……きゃあ、レト! くすぐったい!」
レトのお腹に埋まりながら声を上げると、レトが鼻先で私の身体をぐいぐいと押し匂いを嗅いだ。
「大丈夫? 痛くなかった?」
そう聞くと、レトは嬉しそうにまた鼻でフンフンと匂いを嗅ぐ。よかった、痛くはなかったみたい。
くすぐったさに声を出して笑っていると、窓の方から「ニャア」と声がした。
「ルアド!」
慌てて身体を起こし室内を走る。中々の距離だ。レトも私の後ろを付いてきた。
「ルアド!」
窓にぴたりと張り付くと、猫のままのルアドが顔を出した。
「ルアド、聞こえる? 身体は大丈夫だった?」
「ニャア」
「……猫になるのはすごいけど、話ができないのは不便だわ」
「ナー」
「困ったわね……」
これでは私の言葉を一方的に伝えることしかできない。この身体では窓を開けてルアドを入れることもできないし、そもそもどこもかしこも閉められて部屋から出ることができない。
「ルアド、私このままこの部屋に残るわ」
「ニャアア!」
「アレクシオス王太子殿下は私を妖精か何かだと思っているの。だから動いても平気だし、私に気を遣ってくれて、王女宮に届けようとしてくれてるのよ。今いなくなっては逆に大騒ぎになるわ」
「ニャアッ!? ニャアアッ!」
「大丈夫、私がユーリエだというのはバレていないから。みんなにはちゃんと戻るから大丈夫だって伝えてちょうだい」
それでもなお、窓の外でルアドはニャアニャアと鳴き声を上げる。
「あのね、悪い方ではなかったの。……とても優しい方だったわ。私、良かったなって思って」
私のことを受け入れて優しくしてくれた。王女と王太子として形式張った場で言葉を交わすよりも、小さくなったからこそ見ることができた、アレクシオス王太子の一面かもしれない。
そして、もしかしたら正体を明かしても大丈夫じゃないかと思えるほど、彼は穏やかで寛容だった。
「……ニャァ」
「ふふ、大丈夫よ、安心して。ちゃんと宮には戻るから。それにこの子、レトって言うんだけどね、私のことを守ってくれてるの」
「ワン!」
「……」
ルアドは何か言いたげに瞳を細めた。
「アレクシオス王太子殿下が、みんなは私のことを知っているのかと聞いてきたわ。私は話せないことにしているから返事をしていないんだけれど」
「ナァ?」
「色々あったのよ! 話せないほうが変なことを言わずに済むしいいかと思って」
窓越しにくぐもった声で聞こえてくるルアドの鳴き声が不審な響きを持っている。
言いたいことは分かるけど、今はそんなに説明をしている暇はない。
「とにかく、誰も知らないことにしておいたほうがいいと思うのよね」
そうしないと、本当にこの国に妖精がいると思われるかもしれない。
「人に見つかるわ。さあ、もう行って!」
「ワン!」
私の言葉に合わせてレトが吠えると、ルアドがフーッと毛を逆立てた。すっかり猫になり切っている気がする。犬が苦手なのかしら?
「みんなにちゃんと説明してね!」
ルアドはバルコニーの手摺まで走り飛び乗ると、こちらを振り返り、やがて諦めたように最後にひと鳴きして柵の向こうへ飛び降りていった。
「ふう……」
静かになった室内で、ぺたんと座り込む。窓を見上げ空を見ると、日の傾きから夕方前と言ったところだろうか。
「……なんだか眠いわ」
レトが鼻先で私の背中をツンと突いた。振り返ると伏せの姿勢を取り、私を見ている。
「乗れってこと?」
そう言うとレトは尻尾をひとつ振った。
のろのろと立ち上がりその背中によじ登ると、レトはゆっくり立ち上がり室内を移動する。移動した先には大きなベッドがある。レトはそこに飛び乗り私を背中から降ろした。
「他人のベッドに上がるなんてお行儀が悪いわ、レト」
けれど、もう限界だった。柔らかく清潔なシーツに降ろされてすっかり緊張の糸が切れてしまった私は、あっという間に眠りに落ちてしまった。
23
お気に入りに追加
143
あなたにおすすめの小説
美しい姉と痩せこけた妹
サイコちゃん
ファンタジー
若き公爵は虐待を受けた姉妹を引き取ることにした。やがて訪れたのは美しい姉と痩せこけた妹だった。姉が夢中でケーキを食べる中、妹はそれがケーキだと分からない。姉がドレスのプレゼントに喜ぶ中、妹はそれがドレスだと分からない。公爵はあまりに差のある姉妹に疑念を抱いた――
【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました
ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。
愛されない皇妃~最強の母になります!~
椿蛍
ファンタジー
愛されない皇妃『ユリアナ』
やがて、皇帝に愛される寵妃『クリスティナ』にすべてを奪われる運命にある。
夫も子どもも――そして、皇妃の地位。
最後は嫉妬に狂いクリスティナを殺そうとした罪によって処刑されてしまう。
けれど、そこからが問題だ。
皇帝一家は人々を虐げ、『悪逆皇帝一家』と呼ばれるようになる。
そして、最後は大魔女に悪い皇帝一家が討伐されて終わるのだけど……
皇帝一家を倒した大魔女。
大魔女の私が、皇妃になるなんて、どういうこと!?
※表紙は作成者様からお借りしてます。
※他サイト様に掲載しております。
私の家族はハイスペックです! 落ちこぼれ転生末姫ですが溺愛されつつ世界救っちゃいます!
りーさん
ファンタジー
ある日、突然生まれ変わっていた。理由はわからないけど、私は末っ子のお姫さまになったらしい。
でも、このお姫さま、なんか放置気味!?と思っていたら、お兄さんやお姉さん、お父さんやお母さんのスペックが高すぎるのが原因みたい。
こうなったら、こうなったでがんばる!放置されてるんなら、なにしてもいいよね!
のんびりマイペースをモットーに、私は好きに生きようと思ったんだけど、実は私は、重要な使命で転生していて、それを遂行するために神器までもらってしまいました!でも、私は私で楽しく暮らしたいと思います!
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?
渡邊 香梨
ファンタジー
――小説3巻&コミックス1巻大好評発売中!――【旧題:聖女の姉ですが、国外逃亡します!~妹のお守りをするくらいなら、腹黒宰相サマと駆け落ちします!~】
12.20/05.02 ファンタジー小説ランキング1位有難うございます!
双子の妹ばかりを優先させる家族から離れて大学へ進学、待望の一人暮らしを始めた女子大生・十河怜菜(そがわ れいな)は、ある日突然、異世界へと召喚された。
召喚させたのは、双子の妹である舞菜(まな)で、召喚された先は、乙女ゲーム「蘇芳戦記」の中の世界。
国同士を繋ぐ「転移扉」を守護する「聖女」として、舞菜は召喚されたものの、守護魔力はともかく、聖女として国内貴族や各国上層部と、社交が出来るようなスキルも知識もなく、また、それを会得するための努力をするつもりもなかったために、日本にいた頃の様に、自分の代理(スペア)として、怜菜を同じ世界へと召喚させたのだ。
妹のお守りは、もうごめん――。
全てにおいて妹優先だった生活から、ようやく抜け出せたのに、再び妹のお守りなどと、冗談じゃない。
「宰相閣下、私と駆け落ちしましょう」
内心で激怒していた怜菜は、日本同様に、ここでも、妹の軛(くびき)から逃れるための算段を立て始めた――。
※ R15(キスよりちょっとだけ先)が入る章には☆を入れました。
【近況ボードに書籍化についてや、参考資料等掲載中です。宜しければそちらもご参照下さいませ】
王家も我が家を馬鹿にしてますわよね
章槻雅希
ファンタジー
よくある婚約者が護衛対象の王女を優先して婚約破棄になるパターンのお話。あの手の話を読んで、『なんで王家は王女の醜聞になりかねない噂を放置してるんだろう』『てか、これ、王家が婚約者の家蔑ろにしてるよね?』と思った結果できた話。ひそかなサブタイは『うちも王家を馬鹿にしてますけど』かもしれません。
『小説家になろう』『アルファポリス』(敬称略)に重複投稿、自サイトにも掲載しています。
転生することになりました。~神様が色々教えてくれます~
柴ちゃん
ファンタジー
突然、神様に転生する?と、聞かれた私が異世界でほのぼのすごす予定だった物語。
想像と、違ったんだけど?神様!
寿命で亡くなった長島深雪は、神様のサーヤにより、異世界に行く事になった。
神様がくれた、フェンリルのスズナとともに、異世界で妖精と契約をしたり、王子に保護されたりしています。そんななか、誘拐されるなどの危険があったりもしますが、大変なことも多いなか学校にも行き始めました❗
もふもふキュートな仲間も増え、毎日楽しく過ごしてます。
とにかくのんびりほのぼのを目指して頑張ります❗
いくぞ、「【【オー❗】】」
誤字脱字がある場合は教えてもらえるとありがたいです。
「~紹介」は、更新中ですので、たまに確認してみてください。
コメントをくれた方にはお返事します。
こんな内容をいれて欲しいなどのコメントでもOKです。
2日に1回更新しています。(予定によって変更あり)
小説家になろうの方にもこの作品を投稿しています。進みはこちらの方がはやめです。
少しでも良いと思ってくださった方、エールよろしくお願いします。_(._.)_
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる