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しおりを挟む「……動けません…」
ぐったりとベッドに沈んだままの私を、カイさんが横からぎゅーっと抱き締めている。
よく見たら私は服を着たまま、お気に入りのモヘアのニットは首の下に溜まったまま、スカートもウエストでぐちゃぐちゃに寄せられている。でももう、腕を動かすことが出来ない。
カイさんは私の首に顔を埋めたまま「ごめん」と呻いた。
「ちょっと…抑えられなくて」
「それは…その、いいんですけど…」
私もそうだし。
でも、そうなのよ、ご飯食べてないんだよ…。うう、お腹すいた…。
「ちょっと待ってて、用意するから」
カイさんは私を抱き締めたまま、ちゅ、と唇にキスをするとサッと起き上がり、私のグチャグチャになった服を優しく脱がせてくれる。足に引っ掛かったままのぐちゃぐちゃの下着すら丁寧に脱がされて、羞恥で顔が熱くなった。
「カ、カイさん、私…っ」
「いいから。動けないだろ」
そう言ってあっという間に脱がされて、カイさんは奥から自分のTシャツを持ってきて着せてくれた。カイさんの匂いがする、白いTシャツ。
顔を寄せてすん、と匂いを嗅いでると、そっと脚を持ち上げられて私の蜜をさっと拭き取る。
「あっ、あのっ! カイさん…!?」
「濡れてるの嫌だろ。ほら、シーツも取り替えるからおいで」
そう言ってこともなげに私を横抱きにして、近くにある一人掛けのソファに座らされた。呆然としている間にサッとシーツを取り替えて、私をまたベッドに戻す。すごい早い。
カイさんは脱ぎ捨てたシャツをまた羽織り直すと、私の頬にちゅ、とキスをして柔らかく笑った。
「今日の食事、ハチノスの煮込みなんだよ。温めればすぐ食べられるから待ってて」
そう言ってリビングへ戻っていった。
な、なななに今の…!!
バッタリとベッドに倒れ込み枕に顔を埋める。
え、普通なの? こういうこと終わった後って、こんなに甲斐甲斐しくお世話されるの!? 恥ずかしすぎるんですけど…!! ていうかカイさん、凄いスッキリした顔で出ていったけど…疲れてるの私だけ? 体力凄いな…!?
ベッドで悶えていると、カチャカチャと食器の擦れる音がして、カイさんがトレーを手に戻って来た。
「もも、大丈夫か」
トレーをサイドテーブルに置いて、私を抱き起こし背中にクッションを当てる。
「だ、大丈夫…病人じゃないんだし…」
「ん、でもほら、ここで食べよう。動けないだろ?」
「だっ、誰がこんなにしたの!」
「だから反省してるんだって」
その割には嬉しそうな顔のカイさん。イケメンの晴れやかな顔…!
「それに、こういうことしてみたかったんだよな」
そう言って嬉しそうに私の横に腰掛けて、トレーから煮込み料理のお皿を手にする。
―――してみたかった。
それって、今まで誰にもしたことないってコト、だよね…?
思わずニマニマしそうになる口許を手で押さえて、咳払いする。
「ほら、あーん」
「え?」
「食べて」
「え」
口許にスッと差し出されたスプーン。
「じっ、自分で食べます…!!」
「ほら敬語」
「ええ!?」
「キスじゃお仕置きにならないから、ホラ、俺の言うこと聞く」
んっ、とスプーンを口許に押し付けられ、渋々口を大きく開いた。そっと舌に乗せられる、程よい温かさのシチュー。
ほろほろと口の中で柔らかく溶けて広がる優しい味。
「……美味しい…」
「そうか、良かった」
そう言ってカイさんはふふっと嬉しそうに笑った。
もう、その時々見せる少年みたいな笑顔に弱いんだよ…。
「おかわり」
「はいはい」
カイさんは嬉しそうにスプーンに掬ったシチューを私の口に運び、私はその嬉しそうな顔が見たくて何度もおかわりをする。
なんかな。
幸せだな…
「なあ、もも」
カイさんが、付け合わせのパンを一口私の口に放り込んでジッと私を見つめた。
「? うん?」
「俺はさ、ももとこうして毎日一緒にいたい」
ゴクリ、と音をたててパンが胃へ押し込まれる。
「春から、今の下宿を出たら一緒に暮らそう」
返事ができずにいる私の口許を、カイさんがそっと親指で拭った。
「…っ、わ、私…でも、まだ社会人にすらなってないし…こんな凄いところで生活できるほど、お給料も貰えないし…」
「分かってる。俺もここからは引っ越そうと思ってる」
「え、安アパートに?」
「一応立場があるからそれは出来ないけど。でも、ももと暮らす場所を…探してる。実は…」
「え?」
「もも」
カイさんはトレーにお皿を置くと、小さな箱を取り出した。私の手を取り、その箱をそっと乗せる。
「開けてみて」
「……っ、カ、カイさん…」
混乱する頭でカイさんを見上げると、真剣な、不安げな顔をしてカイさんが私を見つめている。視線を手元に落とし、震える手でその箱を開けると、中には小さなダイヤが光るシンプルな指輪があった。
「こ、れって…」
カイさんの顔を見上げると、カイさんは真剣な眼差しで私の手を取り、指先にちゅ、とキスをした。
「結婚したい。…ももと、一緒にいたい」
「………!!」
カーッと顔が熱くなった。視界が潤む。
「俺が忙しくして淋しい思いもさせるかもしれない。大変なこともあるだろうし。でも、こうやって家に帰って来たらももと過ごしたいんだ。俺は、もものそばにいたい…俺を隣に置かせて欲しい」
「…っ、わ、わたし…」
私こそ、カイさんの隣に相応しくいられるんだろうか。こんなに素敵な人の隣に置いてもらえるのかな。そんな言葉を伝えたいのに、震えて上手く言えないでいる私に、カイさんは不安げに眉根を寄せた。
「もも、…うんって言ってくれ」
カイさんが俯いて私の手に額を寄せた。
滲む視界でカイさんのつむじをぼんやり見て、綺麗なつむじだな、なんて思って。
そんな自分がおかしくなって、ふふっと声を出して笑うと、目許を赤く染めて、不安げな様子のカイさんが顔を上げた。
やだ、大型犬みたいでかわいい。
私は滲んだ目許を指で拭うと、手の中の指輪をじっと見つめた。
「カイさん、私…幸せだなって、思って」
「…うん」
「今こうして、カイさんといられることが」
「うん」
「私、私こそカイさんの隣にいられたらなって、思ってたの」
「もも」
「こうやって…カイさんのつむじをぼんやり見て」
「…つむじ」
「ふふっ、…楽しいね」
「ああ、楽しいよ。ももと二人ならいつでも」
「うん。…私がカイさんの優しいところもダメなところも、つむじも、全部見ててあげる」
「…ははっ、なんでつむじなんだ」
カイさんはガクッと頭を垂れて身体を揺らし笑った。その様子に私も一緒に笑う。
カイさんは私の手から箱を手に取って中の指輪を取り出すと、そっと私の左の薬指に嵌める。そうして、その指輪にキスを落とした。
「結婚しよう、もも」
「…はい」
満面の笑顔で応えると、カイさんがくしゃりと顔を歪めて笑った。
「カイさん、泣いてるの?」
「……泣いてるよ。嬉しくて…ありがとう、もも」
そう言ってギューっと私を抱き締めて肩に顔を埋めるこの大きな仔犬を、私はよしよしと撫でて抱き締め耳元で囁いた。
「カイさん、大好きだよ」
「俺も。ももが好きだ…一番大切だよ」
「ふふっ、私が一番?」
「当たり前だろ。いつだって一番だ」
きっと色々これから大変なんだろうけれど。
一緒にいるためにクリアしなくちゃいけないことがたくさんあるだろうけれど。
まずは、電話で見せた雪がまだあるうちに、カイさんと一緒に実家に帰ろう。
きっとあの雪を、カイさんは笑顔で喜んでくれると思うから。
ぎゅっとカイさんを抱き締める私の指に、きれいな石がきらりと光り、反射した。
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ありがとうございます😊
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おこ 様
お読みいただきありがとうございます!
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