12 / 24
夜明け
しおりを挟むカタン、と扉の向こうの物音で目が覚めた。
ぼんやりした頭で天蓋のカーテンの隙間から外を窺い、今が何時頃なのかを知る。
静かに体を起こし裸足の足を床に降ろすと、ひんやりとした感触が心地いい。ガウンを羽織り静かにベッドを抜け出して扉を開けると、そこには茶器と果物が載せられたワゴンが置いてあった。
そろそろ目を覚ます頃だろう。
ワゴンを室内に引き込み、また扉を閉めた。
窓の外はうっすらと空が白み始めている。
遠くから鳥の鳴き声が聞こえ、耳をすませば朝の早い馬丁が馬の世話をしているのも聞こえてくる。そろそろ屋敷の者たちが動き出す時間だ。
用意されたワゴンでお茶を淹れる。
いつからか自分の仕事となったこれは、例え侍女であろうと眠る姿を見せたくないという俺の欲の顕れだ。そして、美味しいと言って見せてくれる笑顔を俺だけのものにするため。
ティーポットにカットした果物を入れ、茶葉は少し多めに濃いお茶を淹れる。氷を入れたカップに熱いお茶を濾しながら注ぐと、カランとさわやかな音を立てた。
窓辺に立ち外を見る。
暗い森の向こうから段々と眩しい光が昇る。真っ暗な暗闇に覆われ魔者しか息付かなかった森は、日の明かりに照らされ神秘の森となり、動物たちの生命力に満ちた森に変貌する。
夜が明ける。また朝がやって来た。
窓を開け澄んだ空気を室内に取り込む。
昼間がどんなに熱くても、朝晩の涼しい風が火照った身体を冷ましてくれる。レースのカーテンが風に揺れ、ゆっくりとやわらかく弧を描く。
天蓋のカーテンをそっと開けベッドの端に腰掛けると、ぎしりと音を立てた。
レースのカーテン越しに差す柔らかな日差しを浴びて、まだ寝息を立てる愛しい人の濡れ羽のような髪が艶めいている。
薄い寝衣から伸びるしなやかな腕、肩を柔らかく照らす陽の光はその白い肌をほんのりと輝かせ、思わずむき出しになった艶めく肩にひとつ口付けを落とすと、ゆるりと身体が揺れた。
だがまだ長い睫が伏せられたまま、俺の愛しい美しい瞳を隠している。
濡れ羽のような漆黒の髪、長い睫、形のいい意思のある眉。指先でそっとそれらを辿りながら、ひんやりとした小さな耳朶に触れる。小さな青い石のピアスが煌めき、俺の色を常に身に着けているという事実だけで、喜びで胸が苦しくなる。
その耳朶にもそっと口付けを落とす。
頬にかかる髪をそっと指で除けるともぞりと身体を動かした。首に張り付いた髪も後ろに流すと、昨晩付けた痕が露わになる。こんなに目立つところにつけるなと、また文句を言われるだろう。
そっと指でその痕をなぞり、そこにも柔らかく口付けを落とす。
我ながら強い独占欲だと思う。昔の自分を思い出すと、こんな事をするようになるとは思いもしなかった。
いや、こんなにも誰かに執着のような思いを抱き、誰かを渇望するとは思わなかったのだ。
――誰にも渡したくない、誰の目にも晒したくない、永遠に閉じ込めてしまいたい。俺だけをその瞳に映してくれたらいい。他に誰もいらない。俺と二人だけの世界で生きていけたら。
そんな、夜の森のような仄暗い劣情を抱くとは思いもしなかった。
昨晩の名残が身体の至る所に残っている。薄い寝衣越しにも分かるそれらを、もう一度上書きしたい。二度と消えることのない痕にして、いつでも俺の愛を感じていて欲しい。
いや、それだけでは足りない。
その柔肌に齧り付き、肉も骨も血の一滴だって全て飲み込み、身体の中に取り込んでしまいたい。そうして全て溶け合って、ひとつになってしまえばいい。
互いの熱を分け合いながら、そんな食らいつきたい衝動を抑え時折己の拳に噛みついているなど、きっと思いもよらないだろう。
だが一方で、真綿にくるみ大事に大事に、傷ひとつつかないように、宝物のように、誰の手にも届かない場所に閉じ込めてしまいたいとも思うのだ。永遠に手元に残せるように、いつでもその愛しい笑顔を向けてもらえるように。
指を絡めつないだ手の愛しさ。風に揺れる絹糸のような髪の美しさ。日にあたり煌めく琥珀色の瞳。真っ白で柔らかな肌。
どれも全て愛しくてたまらない。腕の中に大切に大切に、閉じ込めていたいのだ。
――さあ、もうすぐ俺の一番愛おしい時間が訪れる。
長い睫がふるりと揺れ、ゆっくりとその瞳が開くだろう。
琥珀色のその瞳に一番に映るのは、誰でもないこの俺だ。俺だけをその瞳に映し、ふわりと微笑みこう言うのだ。おはよう、と。そして恥ずかしそうに顔を隠しながら、またずっと見ていたのかと笑うのだ。
そうだ、いつまでだって見ていたい。
永遠に俺の目の届くところに置いて、永遠に俺だけを映していて欲しい。
永遠に俺だけを愛して欲しい。
それが叶わないのならせめて、この美しい朝の一番初めにその瞳に映すのは、この先もずっと俺だけにしてほしい。
俺だけに、俺だけの時間を。
伏せられた長い睫が揺れ、ゆっくりと瞬きをする。ゆらりと揺れる琥珀の瞳に映る俺は、誰も見たことのない幸せな顔をしている。
――暗闇から、光の下へ。
「……おはよう、カレン」
今日もまた、愛しい人の瞳に俺を映して。
50
お気に入りに追加
222
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~
月
恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん)
は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。
しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!?
(もしかして、私、転生してる!!?)
そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!!
そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です

旦那様が多すぎて困っています!? 〜逆ハー異世界ラブコメ〜
ことりとりとん
恋愛
男女比8:1の逆ハーレム異世界に転移してしまった女子大生・大森泉
転移早々旦那さんが6人もできて、しかも魔力無限チートがあると教えられて!?
のんびりまったり暮らしたいのにいつの間にか国を救うハメになりました……
イケメン山盛りの逆ハーです
前半はラブラブまったりの予定。後半で主人公が頑張ります
小説家になろう、カクヨムに転載しています

軽い気持ちで超絶美少年(ヤンデレ)に告白したら
夕立悠理
恋愛
容姿平凡、頭脳平凡、なリノアにはひとつだけ、普通とちがうところがある。
それは極度の面食いということ。
そんなリノアは冷徹と名高い公爵子息(イケメン)に嫁ぐことに。
「初夜放置? ぜーんぜん、問題ないわ!
だって旦那さまってば顔がいいもの!!!」
朝食をたまに一緒にとるだけで、満足だ。寝室別でも、他の女の香水の香りがしてもぜーんぜん平気。……なーんて、思っていたら、旦那さまの様子がおかしい?
「他の誰でもない君が! 僕がいいっていったんだ。……そうでしょ?」
あれ、旦那さまってば、どうして手錠をお持ちなのでしょうか?
それをわたしにつける??
じょ、冗談ですよね──!?!?
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる