【本編書籍化】【番外編】この世界で名前を呼ぶのは私を拾ったあなただけ~辺境での新しい日々

かほなみり

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叶えたい未来のこと1

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「はーい、お疲れ様ー!」

 青い空の下、お義兄様の大きな声が響く。
 私は文字通りバッタリと芝生の上に大の字に倒れ込んだ。青い空が眩しい。仰向けになって息を吸っても全然足りない。苦しすぎて声も出ない。

「中々良い記録が出たね、ナガセ」

 お義兄様がいい笑顔で膝に手を突き私の顔を覗きこむ。偉い偉いと私の頭を撫でるこの人は、最後、最後と言いつつ周回を三回も足した。もう最後は足がプルプル、身体の倒れ込みだけで前に進んでいた状態。
 お義兄様ってドSだと思う。うん、知ってた。

 一緒に走ってた兵士達はもう次の訓練に向かってる。無理だから! 一緒にするとか! もう手も足もなんにも動かせないから!

「ほらほら、これで益々引き締まった身体に近付いたね」

 ニコニコと笑いながら見下ろすお義兄様の顔が逆光で薄暗い。怖い。まさかまだ何かさせようと言うんだろうか。
 私の慄きを感じたお義兄様は笑いながら私の腕を取って身体を起こした。
 兵士達が遠くから気の毒そうな顔をしてこちらを見ている。目が合うとそっと逸された。
 あう、誰か助けて……!

「今日はもうこれでお終いだよ。もうすぐレオニダスも帰ってくるからね」

 そう言ってクスクス笑いながらお義兄様は水を手渡してくれる。その言葉を聞いて心から安堵した。

 *

 何故私がお義兄様にこんなスパルタ訓練をさせられているかというと、それはお義母様からの一通の手紙が始まり。

 レオニダスと私の結婚式に向けてドレスの準備を王都で始めていたオリビエさんから、お義母様を通して伝言があったのだ。

『ウェディングドレスにコルセットは使用しない』

 ――と。


 近頃の私は夏バテもあり少食ではあったけど、暑いから、という理由だけで日課の訓練をしていなかった。
 レオニダスも私の暑さに対する耐性のなさを心配してたし、特に誰からも強制されることもないからのんびり過ごしていたんだけれど、そう、筋肉というのは作るのは大変だけど崩れるのは一瞬。
 筋トレをしなくなっただけで、私の体はあっという間にコルセットがないとドレスが厳しい身体になってしまったのだ。

 そんな訳で慌てた私が相談した相手、お義兄様が毎日の訓練を計画してくれたのだけれど、これがもう……本当に相談する相手を間違えた。悔やんでも悔やみきれない。
 当初の計画は何処へやら、お義兄様はどんどんメニューを増やしていく。走り込みも筋トレも、計画の1.5いや、2倍はやらされている。

「だってナガセ、思ってたより動けるからね」

 とはよく言ったもので、耐えられなくなった私はレオニダスにお義兄様の説得をお願いした。せめて量を減らしてほしい、と。
「そのままで何の問題もない」と言っていたレオニダスだけど(そのままだとそれはそれで問題ある)、お義兄様が「結婚式までに体力をつけた方が良い」と言った途端、何故だかコロっと訓練擁護派になってしまった。
 なぜ!? 体力ってなに? 目的ずれてない!?

 結局私は逃げることも出来ず、こうして毎日地獄のアルベルトキャンプに参加しているのだった。

 *

 ゴーン、ゴーン、と低い鐘の音が鳴り響く。
 深淵の森の偵察に行っていたレオニダスと部隊が戻って来た合図だ。

 魔物の少なくなったこの頃、深淵の森の状態を確認するためレオニダスはこの壁の端から端まで、森の深部まで時間をかけて偵察を行なっている。今回は西端の城門まで部隊を伴い確認に行っていた。
 今日は十日ぶりのレオニダス。

 会いたかった!
 今日をとっても楽しみにしてたのに、久し振りに会うのがこんな汗だくな格好だなんて!
 汗と土でドロドロ、産まれたての子鹿のようなヨロヨロ具合、とにかく大好きな人に久し振りに会う姿ではない!
 恨めしい気持ちでお義兄様を睨むと、涼しい顔で微笑みが返された。

「ナガセは馬に乗ったレオニダスに会ったことないんじゃない?」

 ナニソレスゴクミタイ。

 私の中の萌えポイントを的確に突いてくるお義兄様。
 くぅっ! 悔しいけど見たい!

 私は根性で震える足で立ち上がり、砦門に急いだ。「まだ余裕あるかな?」なんてお義兄様の言葉は聞こえませんとも! 絶対に!


 建物の三階までありそうな高さの重たい門扉が開け放たれ、兵士達が慌ただしく動き回り、やがて馬の蹄の音が聞こえて来た。

「閣下のお戻りだ!」

 兵士が声を上げる。

 そうして隊を引き連れ姿を現したレオニダスは、帽子を目深に被り真っ黒な軍服にマントを翻し、そこにいる誰よりも雄々しく高潔な佇まいだった。

 青鹿毛の艶のある毛並みの馬に跨り一際大きく見える姿は、兵士達が尊敬してやまない王国一の強者。
 後ろに兵士達を引き連れて砦内に入ってくる姿は遠い存在の人。私は離れた場所からそっと見守っていることしか出来なかった。
 本当……写真撮りたい……カッコ良すぎる! マントとかマントとかマントとか!

 レオニダスは馬からサッと降りると近くにいた兵士に馬の手綱を渡す。ポンポンと馬の首を叩くと、馬はブルルッと首を振って嘶いた。
 足元にいるオッテの頭を撫でると、オッテは一度だけ尻尾を振って邸のある方角へ駆けて行った。きっとウルの元へ帰って行ったんだろうな。

 続く兵士達も次々に入砦して、門扉は地響きを立て固く閉じられた。
 荷物を下ろす者、馬を宥め厩舎に向かう者。俄に周囲が騒がしくなり益々近寄り難い。レオニダスも近くの兵士にアレコレ指示を出している。

 馬上のカッコいいレオニダスも見ることが出来たし邪魔はしたくないな、と思って一歩後ろに下がりその場から離れようとすると、背中にトン、と手が添えられた。

「レオニダス~」

 私の背中を支えながら、のんびりした声でお義兄様がレオニダスに手を振った。
 待って待って、そんな忙しいのにダメだよ…!
 慌てる私を他所にお義兄様はヒラヒラと手を振って、私に向かってウィンクした。何その眩しい笑顔!
 レオニダスはこちらに顔を向けて私を見つけると、それまでの精悍な顔つきからふわりと綻ぶように笑顔を見せた。

「カレン!」

 持っていた書類やらを傍にいた人に押し付けて、マントを翻してこちらにやって来る。
 ああ! その長いマントがカッコいい……! バサって! 写真撮りたいっ!

 レオニダスのサッと広げた両腕に思わず飛び込みそうになったけど、自分が泥だらけで汗だくなのを思い出して怯んでしまった。あとあれです、走り過ぎで足が上手く動かないんデス!
 私が怯んだのを目敏く察知したレオニダスは思いっ切り私を引き寄せ腕の中に閉じ込めた。ギュウギュウと抱き締め髪に顔を埋める。
 ほらー! やっぱり匂い嗅いでる! 私、汗臭いから!
 なんか周囲から生温い視線も感じる気がするしごめんなさいお仕事中に!

「カレン、会いたかった」

 そんな甘い声で囁かれて、私の足は益々力が出なくなる。

「わた、私も、会いたかった……レオニダス」
「ああ」

 マントの下にギュッと腕を回してレオニダスにしがみ付く。レオニダスのマントで周りから見えないことをいいことに、逞しい胸に顔を埋めてレオニダスの森の香りを吸い込んだ。レオニダスはクツクツと身体を揺らし笑いながら大きな掌で私の背中を撫でて、それだけで泣きたくなる。
 でも、いつまでも私の匂いを嗅ぎ続けるレオニダスにソワソワと落ち着かない。そろそろヤメテ…

「レオニダス、私、あの、汗かいてて……」

 身体を離そうとしてもレオニダスはがっしりと私の背中と腰に腕を回していて動けない。

「うん? それでさっきは逃げようとしたのか?」
「逃げてなんて…」
「何も気にならない。カレンの甘い、いい香りがする」

 すり、と私の耳裏にレオニダスの高い鼻が擦り付けられる。

「……レオニダスもいい匂いがする」
「はは、埃臭いだろ」
「ううん。森の香りがするよ」

 レオニダスの胸にまた顔を埋める。
 会いたかった、会いたかった。
 無事に帰って来てくれて本当に良かった。馬に乗ってるレオニダスも見ることができて良かった。カッコいい……好き。

「…………馬」
「うん?」

 ――そうだ馬だ!

 ガバッとレオニダスを見上げる。
 帽子を被ったままのレオニダスが驚いた顔でこちらを見下ろしている。はあ、帽子姿も本当に素敵。じゃなくて、

「私、乗馬を習いたい」

 どうして気が付かなかったんだろう!
 乗馬は全身の筋肉を使用するし体幹がかなり鍛えられる。って聞いたことがある。ダイエットにもいいって、誰かが言ってた!

「乗馬?」
「そう! 全身の筋肉を使うし効果的だと思うの」

 近くにいたお義兄様を見ると、顎に手をあて考え込んでいる様子。

「そうだね、確かに筋力も付くし辺境伯夫人として馬に乗れるのは必要かもね」
「カレンは馬に乗ったことがあるのか?」
「ない」
「「…………」」

 レオニダスは苦笑すると、離れた場所にいる兵士に声を掛けた。

「俺の馬を」

 ――ん?
 レオニダスを見上げるといい笑顔でちゅ、と私の額にキスをした。

「いいだろう、まずは体験だ、カレン」

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