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最終章 深淵

あなたを愛する

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 ――カレン!!


 それは間違いなくレオニダスの声。

 ウルが吠えながら私たちを誘導する。
 その先から聞こえる、レオニダスの私を呼ぶ声。
 風が行く手を阻むように強く吹くけど、手に感じるラケルさんの温もり、そして名前を呼ぶレオニダスの声が私を前へ前へと進ませる。

 腕で顔を庇いながら進んでいると更に風が強くなり、立っているのも辛いくらいの強風が雪と共に身体に打ち付けてくる。
 寒さがじわじわと身体を侵食し思うように進めない。
 風に押され後ろに倒れかけたその時、逞しい腕が私たちを受け止め、ラケルさんが隣で身体を震わせた。

「ジーク……!!」

 視界が真っ白になり思わずギュッと目を瞑っていると、風が大きくうねり私たちを飲み込もうと四方から吹き付け、でもやがて諦めのような大きな咆哮を上げて霧散した。

 ずっと耳元で鳴っていたゴオゴオという風の音が止み、太陽の熱を肌に感じてそっと目を開くと、ラケルさんと手を繋いだまま、崖のような切り立った場所に立っていた。
 視線を上げると私たちを受け止めてくれた大きな身体の人、ジークムントさんがこちらを見下ろしている。

「……ジー、ク…」

 震える声でラケルさんがもう一度名を呼ぶと、レオニダスの面影のあるその人は優しくラケルさんに向けて微笑んだ。

「…っ、ジーク、ごめんなさい……私、私…っ、」

 ジークムントさんはゆっくりと顔を横に振ると、そっとラケルさんの頬に掌を寄せた。

「……ジーク、連れて行って、私も一緒に……!!」

 ラケルさんはジークムントさんに手を伸ばした。伸ばした手は、するりとジークムントさんをすり抜ける。

「……お願い、ジークムント」

 ラケルさんは両手をジークムントさんの頬を挟むように差し出した。

「私は…貴方と一緒にいたい。初めて会った時からずっと、私は貴方と共に在りたいと願ってた」

 涙を流すラケルさんの髪がキラキラと光の粒を纏っている。

「ジークムント……私は…聖女なんかじゃないわ」

 ジークムントさんは身動ぎせずラケルさんを見下ろしたまま。

「私はただ、貴方を愛しているだけなの………」

 お願い、ともう一度懇願する。

「もう、貴方と離れたくない…… 」

 ラケルさんはそう言うと、背伸びをしてジークムントさんの唇にそっとキスをした。

 やがて光の粒がポロポロと溢れるようにラケルさんとジークムントさんの身体を包む。

「……ラケル」

 ジークムントさんは空を切っていたラケルさんの手に自身の手を重ねた。その手はしっかりとラケルさんの手を掴み、もう片方の手をラケルさんの腰に回しぐっと引き寄せ抱き締めた。

「ジーク…!!」

 ラケルさんはジークムントさんに抱き締められて輝く様な笑顔を見せ、今度はすり抜けることなくしっかりとジークムントさんの身体を抱き締め返す。
 ジークムントさんはラケルさんのこめかみにキスを落とし、顔を上げ私を見つめ口を開いた。
 その声は聞き取れなかったけれどそれは確かに感謝の言葉。

 良かった、良かったね。
 ふふっと泣きながら笑うと、ラケルさんもポロポロと涙を流しながら私を見つめ、手を伸ばして私の頭をするりと撫でた。
 ラケルさんの手にもう温かさを感じる事はなかったけれど、その手は確かに優しかった。

 ありがとう

 ラケルさんはそう言うと、私の後ろに視線を向ける。
 そしてふんわりと、優しい花開くような笑顔を見せ手を大きく振って。


 ずっとずっと、愛してるわ。
 私のレオニダス、私のアルベルト。
 私の子供たち。



 そうしてジークムントさんとラケルさんは二人、光の粒になって、優しい表情のまま青い空に溶けていった。



 どのくらいそうしていたのか、ウルの声がして振り返ると、草地の向こう、森の中からオッテが駆け寄って来た。
ウルが尻尾をこれでもかと振ってオッテの元に駆けて行く。
 二頭で尻尾を振りながら互いの顔や体に鼻を擦り付け再会を喜んでいる様子をぼんやり見つめていると、森の中から黒い軍服を着た二人がゆっくりと出て来た。


「……レオニダス…、お義兄様、」


 …本当に戻って来た。
 辺りは先程までの嵐が嘘のように夏の森が戻って来ている。青い空、濃い緑。照りつける太陽の位置が高くなって来ている。足元に視線を向けると行く手を阻んでいた雪もなく、青々とした芝生の上に濃い影が落ちている。
 レオニダスに視線を戻すと、手にしていた剣と背負っていた武器を投げ捨てながら私に向かって駆けて来るところだった。

「カレン!!」

 私もレオニダスの元に走り出した。
 縺れる足がもどかしい。

 レオニダス、レオニダス、レオニダス…!!

 レオニダスは両腕を広げ、飛び込んだ私を全身で受け止めてくれた。
 レオニダスの首にしがみ付く。
 腰に腕を回しきつく抱き締められ、私の首元に顔を埋めたレオニダスが大きく息を吐いた。

「カレン!!」

 首にキスをし、頬に、額に。
 至近距離で瞳を覗き込む。
 黄金色の瞳が揺れ、その瞳に映る私はポロポロと泣いている。
 後ろ髪に指を差し入れ強く寄せられて唇を合わせた。

そしてまたきつく抱き締める。

「……レオニダス、レオニダス…!」
「カレン…!!」

 きつく抱き締めるレオニダスの腕が、身体が震えているのが分かった。それが分かった途端、また涙が溢れてくる。

「レオニダス…っ」


 レオニダスの熱い体温に触れ抱き締められて、私の意識はゆっくり閉じていった。
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