86 / 89
最終章 深淵
あなたを愛する
しおりを挟む――カレン!!
それは間違いなくレオニダスの声。
ウルが吠えながら私たちを誘導する。
その先から聞こえる、レオニダスの私を呼ぶ声。
風が行く手を阻むように強く吹くけど、手に感じるラケルさんの温もり、そして名前を呼ぶレオニダスの声が私を前へ前へと進ませる。
腕で顔を庇いながら進んでいると更に風が強くなり、立っているのも辛いくらいの強風が雪と共に身体に打ち付けてくる。
寒さがじわじわと身体を侵食し思うように進めない。
風に押され後ろに倒れかけたその時、逞しい腕が私たちを受け止め、ラケルさんが隣で身体を震わせた。
「ジーク……!!」
視界が真っ白になり思わずギュッと目を瞑っていると、風が大きくうねり私たちを飲み込もうと四方から吹き付け、でもやがて諦めのような大きな咆哮を上げて霧散した。
ずっと耳元で鳴っていたゴオゴオという風の音が止み、太陽の熱を肌に感じてそっと目を開くと、ラケルさんと手を繋いだまま、崖のような切り立った場所に立っていた。
視線を上げると私たちを受け止めてくれた大きな身体の人、ジークムントさんがこちらを見下ろしている。
「……ジー、ク…」
震える声でラケルさんがもう一度名を呼ぶと、レオニダスの面影のあるその人は優しくラケルさんに向けて微笑んだ。
「…っ、ジーク、ごめんなさい……私、私…っ、」
ジークムントさんはゆっくりと顔を横に振ると、そっとラケルさんの頬に掌を寄せた。
「……ジーク、連れて行って、私も一緒に……!!」
ラケルさんはジークムントさんに手を伸ばした。伸ばした手は、するりとジークムントさんをすり抜ける。
「……お願い、ジークムント」
ラケルさんは両手をジークムントさんの頬を挟むように差し出した。
「私は…貴方と一緒にいたい。初めて会った時からずっと、私は貴方と共に在りたいと願ってた」
涙を流すラケルさんの髪がキラキラと光の粒を纏っている。
「ジークムント……私は…聖女なんかじゃないわ」
ジークムントさんは身動ぎせずラケルさんを見下ろしたまま。
「私はただ、貴方を愛しているだけなの………」
お願い、ともう一度懇願する。
「もう、貴方と離れたくない…… 」
ラケルさんはそう言うと、背伸びをしてジークムントさんの唇にそっとキスをした。
やがて光の粒がポロポロと溢れるようにラケルさんとジークムントさんの身体を包む。
「……ラケル」
ジークムントさんは空を切っていたラケルさんの手に自身の手を重ねた。その手はしっかりとラケルさんの手を掴み、もう片方の手をラケルさんの腰に回しぐっと引き寄せ抱き締めた。
「ジーク…!!」
ラケルさんはジークムントさんに抱き締められて輝く様な笑顔を見せ、今度はすり抜けることなくしっかりとジークムントさんの身体を抱き締め返す。
ジークムントさんはラケルさんのこめかみにキスを落とし、顔を上げ私を見つめ口を開いた。
その声は聞き取れなかったけれどそれは確かに感謝の言葉。
良かった、良かったね。
ふふっと泣きながら笑うと、ラケルさんもポロポロと涙を流しながら私を見つめ、手を伸ばして私の頭をするりと撫でた。
ラケルさんの手にもう温かさを感じる事はなかったけれど、その手は確かに優しかった。
ありがとう
ラケルさんはそう言うと、私の後ろに視線を向ける。
そしてふんわりと、優しい花開くような笑顔を見せ手を大きく振って。
ずっとずっと、愛してるわ。
私のレオニダス、私のアルベルト。
私の子供たち。
そうしてジークムントさんとラケルさんは二人、光の粒になって、優しい表情のまま青い空に溶けていった。
どのくらいそうしていたのか、ウルの声がして振り返ると、草地の向こう、森の中からオッテが駆け寄って来た。
ウルが尻尾をこれでもかと振ってオッテの元に駆けて行く。
二頭で尻尾を振りながら互いの顔や体に鼻を擦り付け再会を喜んでいる様子をぼんやり見つめていると、森の中から黒い軍服を着た二人がゆっくりと出て来た。
「……レオニダス…、お義兄様、」
…本当に戻って来た。
辺りは先程までの嵐が嘘のように夏の森が戻って来ている。青い空、濃い緑。照りつける太陽の位置が高くなって来ている。足元に視線を向けると行く手を阻んでいた雪もなく、青々とした芝生の上に濃い影が落ちている。
レオニダスに視線を戻すと、手にしていた剣と背負っていた武器を投げ捨てながら私に向かって駆けて来るところだった。
「カレン!!」
私もレオニダスの元に走り出した。
縺れる足がもどかしい。
レオニダス、レオニダス、レオニダス…!!
レオニダスは両腕を広げ、飛び込んだ私を全身で受け止めてくれた。
レオニダスの首にしがみ付く。
腰に腕を回しきつく抱き締められ、私の首元に顔を埋めたレオニダスが大きく息を吐いた。
「カレン!!」
首にキスをし、頬に、額に。
至近距離で瞳を覗き込む。
黄金色の瞳が揺れ、その瞳に映る私はポロポロと泣いている。
後ろ髪に指を差し入れ強く寄せられて唇を合わせた。
そしてまたきつく抱き締める。
「……レオニダス、レオニダス…!」
「カレン…!!」
きつく抱き締めるレオニダスの腕が、身体が震えているのが分かった。それが分かった途端、また涙が溢れてくる。
「レオニダス…っ」
レオニダスの熱い体温に触れ抱き締められて、私の意識はゆっくり閉じていった。
22
お気に入りに追加
1,403
あなたにおすすめの小説
初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話
ラララキヲ
恋愛
長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。
初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。
しかし寝室に居た妻は……
希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──
一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……──
<【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました>
◇テンプレ浮気クソ男女。
◇軽い触れ合い表現があるのでR15に
◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。
◇ご都合展開。矛盾は察して下さい…
◇なろうにも上げてます。
※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)
王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る
家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。
しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。
仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。
そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。
【完結】「父に毒殺され母の葬儀までタイムリープしたので、親戚の集まる前で父にやり返してやった」
まほりろ
恋愛
十八歳の私は異母妹に婚約者を奪われ、父と継母に毒殺された。
気がついたら十歳まで時間が巻き戻っていて、母の葬儀の最中だった。
私に毒を飲ませた父と継母が、虫の息の私の耳元で得意げに母を毒殺した経緯を話していたことを思い出した。
母の葬儀が終われば私は屋敷に幽閉され、外部との連絡手段を失ってしまう。
父を断罪できるチャンスは今しかない。
「お父様は悪くないの!
お父様は愛する人と一緒になりたかっただけなの!
だからお父様はお母様に毒をもったの!
お願いお父様を捕まえないで!」
私は声の限りに叫んでいた。
心の奥にほんの少し芽生えた父への殺意とともに。
※他サイトにも投稿しています。
※表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。
※「Copyright(C)2022-九頭竜坂まほろん」
※タイトル変更しました。
旧タイトル「父に殺されタイムリープしたので『お父様は悪くないの!お父様は愛する人と一緒になりたくてお母様の食事に毒をもっただけなの!』と叫んでみた」
ヤケになってドレスを脱いだら、なんだかえらい事になりました
杜野秋人
恋愛
「そなたとの婚約、今この場をもって破棄してくれる!」
王族専用の壇上から、立太子間近と言われる第一王子が、声高にそう叫んだ。それを、第一王子の婚約者アレクシアは黙って聞いていた。
第一王子は次々と、アレクシアの不行跡や不品行をあげつらい、容姿をけなし、彼女を責める。傍らに呼び寄せたアレクシアの異母妹が訴えるままに、鵜呑みにして信じ込んだのだろう。
確かに婚約してからの5年間、第一王子とは一度も会わなかったし手紙や贈り物のやり取りもしなかった。だがそれは「させてもらえなかった」が正しい。全ては母が死んだ後に乗り込んできた後妻と、その娘である異母妹の仕組んだことで、父がそれを許可したからこそそんな事がまかり通ったのだということに、第一王子は気付かないらしい。
唯一の味方だと信じていた第一王子までも、アレクシアの味方ではなくなった。
もう味方はいない。
誰への義理もない。
ならば、もうどうにでもなればいい。
アレクシアはスッと背筋を伸ばした。
そうして彼女が次に取った行動に、第一王子は驚愕することになる⸺!
◆虐げられてるドアマットヒロインって、見たら分かるじゃんね?って作品が最近多いので便乗してみました(笑)。
◆虐待を窺わせる描写が少しだけあるのでR15で。
◆ざまぁは二段階。いわゆるおまいう系のざまぁを含みます。
◆全8話、最終話だけ少し長めです。
恋愛は後半で、メインディッシュはざまぁでどうぞ。
◆片手間で書いたんで、主要人物以外の固有名詞はありません。どこの国とも設定してないんで悪しからず。
◆この作品はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。
◆過去作のヒロインと本作主人公の名前が丸被りしてたので、名前を変更しています。(2024/09/03)
◆9/2、HOTランキング11→7位!ありがとうございます!
9/3、HOTランキング5位→3位!ありがとうございます!
完璧な姉とその親友より劣る私は、出来損ないだと蔑まれた世界に長居し過ぎたようです。運命の人との幸せは、来世に持ち越します
珠宮さくら
恋愛
エウフェシア・メルクーリは誰もが羨む世界で、もっとも人々が羨む国で公爵令嬢として生きていた。そこにいるのは完璧な令嬢と言われる姉とその親友と見知った人たちばかり。
そこでエウフェシアは、ずっと出来損ないと蔑まれながら生きていた。心優しい完璧な姉だけが、唯一の味方だと思っていたが、それも違っていたようだ。
それどころか。その世界が、そもそも現実とは違うことをエウフェシアはすっかり忘れてしまったまま、何度もやり直し続けることになった。
さらに人の歪んだ想いに巻き込まれて、疲れ切ってしまって、運命の人との幸せな人生を満喫するなんて考えられなくなってしまい、先送りにすることを選択する日が来るとは思いもしなかった。
ヒョロガリ殿下を逞しく育てたのでお暇させていただきます!
冬見 六花
恋愛
突如自分がいる世界が前世で読んだ異世界恋愛小説の中だと気づいたエリシア。婚約者である王太子殿下と自分が死ぬ運命から逃れるため、ガリガリに痩せ細っている殿下に「逞しい体になるため鍛えてほしい」とお願いし、異世界から来る筋肉好きヒロインを迎える準備をして自分はお暇させてもらおうとするのだが……――――もちろん逃げられるわけがなかったお話。
【無自覚ヤンデレ煽りなヒロイン ✖️ ヒロインのためだけに体を鍛えたヒロイン絶対マンの腹黒ヒーロー】
ゆるゆるな世界設定です。
【完結】私を虐げた継母と義妹のために、素敵なドレスにして差し上げました
紫崎 藍華
恋愛
キャロラインは継母のバーバラと義妹のドーラから虐げられ使用人のように働かされていた。
王宮で舞踏会が開催されることになってもキャロラインにはドレスもなく参加できるはずもない。
しかも人手不足から舞踏会ではメイドとして働くことになり、ドーラはそれを嘲笑った。
そして舞踏会は始まった。
キャロラインは仕返しのチャンスを逃さない。
記憶をなくした私は王太子妃候補の一人らしいです。覚えていないので辞退してもいいですか?
かほなみり
恋愛
――気が付くとテーラーのウィンドウの前で一人ぼんやりと立っていた、記憶を失った伯爵令嬢ルドヴィカ。自分が誰なのか分からないまま、気を失い倒れたルドヴィカは街の診療所に運ばれ、婚約者だと名乗る男性に丘の上に聳え立つ城へと連れてこられた。「俺の名前を思い出して」王太子妃候補だという自分、この人が王太子なのだろうか?何も覚えていないルドヴィカは、真実を知るために自ら行動に移すことに。
記憶を失っても自ら行動に移す強さを持つルドヴィカと、ルドヴィカに自分のことを早く思い出してほしい殿下の大切なものを取り戻すまでのお話。
ラブコメ、ハッピーエンドです!ゆるく読んで頂けると幸いです。
過去1ヶ月以内にノーチェの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、ノーチェのすべての番外編を読むことができます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にノーチェの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、ノーチェのすべての番外編を読むことができます。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。