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第三章 祝祭の街

祝祭

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 空に三つの月が浮かぶ時間。


「カレン」

 馬車から先に降り立ったレオニダスが振り返り入り口で手を差し出した。
 今日のレオニダスは全身真っ黒な出立ち。
 軍服ではないけれど黒の長いマントを左肩だけに掛け黒い装飾ベルトが右脇下を通り留めている。黒いジャケット、ベストに黒い襟高のシャツ、黒いアスコットタイはゴールドにダイヤのついたピンで留めている。
 幅広の黒いベルトは黒い刺繍が入り留め具は金。
 黒いトラウザーズに黒いロングブーツがレオニダスの長い脚を更に長く見せる。
 緩く後ろに流した青味がかった髪はまるで黒髪のように夜に馴染み、全身真っ黒のその姿は人々に畏怖と尊敬の念を抱かせる、まさに王族の色。

 私はレオニダスの差し出した手にそっと手を載せタラップを降りた。
 人々の騒めきと遠慮のない視線が突き刺さる。でも予想はしていたのでそれほど怯えるような事はない。コンクールの方がまだ緊張するもの。

 煌々と明かりが灯され昼間のような明るさの王城には多くの馬車が停まり、華やかに着飾った紳士淑女が次々と降り立つ。
 見上げると王城の周囲を沢山のオレンジ色の灯篭が囲み、ゆっくりと空へ登っていく。
 遠くから聞こえる街の賑やかさも華を添え、祝祭に相応しい華々しさが溢れていた。

「わあ、凄い綺麗…」

 高く高く登っていく灯篭を見上げ、思わず感嘆の声が漏れた。レオニダスが笑って私の腰を引き寄せる。

「そのような姿でも、中身は可愛らしいな、我が婚約者は」

 黄金が蕩けるように瞳の中で揺らめいた。


「レオニダス、ほら行こう」

 別の馬車で一緒に来たお義兄様がお義母様をエスコートして馬車を降り立つ。お義父様は入り口で落ち合う予定。私たち四人が集まると、人々の騒めきが一際大きくなった。

「ふふ、なんだか気分がいいわね」
「いい視線ではないと思いますが」
「あら、素晴らしいものを受け入れられない人に興味はないわ」
「母上らしいですね」

 レオニダスのように黒のマントを肩に掛け、黒いジャケットにトラウザーズのお義兄様はクスクスと笑い周囲を見遣る。

「王族じゃないとダメだなんてルールは無いからね」

 レオニダスだけではなく。
 今日は、私たちもみんな黒を身に纏って今夜の舞踏会に出席する。
 きっかけは、私が黒髪でどうしたって目立つのだしドレスも黒にしたらダメですかってオリビアさんに言っただけだったんだけれど。
 黒いドレスを作ったことがないというオリビアさんが大興奮でデザインし、それを見てお義母様も私も黒いドレスが着たいと言い。
 ならば、とレオニダスもお義兄様も黒くなった。
 ちなみにお義父様も。
 そんな訳で、私たちは凄く目立っている。



 入り口に立つと、ザイラスブルク、バーデンシュタインの名を高らかに呼ばれる。
 それまで広がっていた人々の騒めきが静かになり、室内楽団の奏でる音楽だけが響く。入り口は二階にあり、名を呼ばれてからホールへ続く階段を降りるので、ここで初めて私たちのドレスや服装を目にする人々の刺さるような視線。

 私のドレスは至ってシンプル。
 華美な装飾のないホルターストラップにウエストから広がる幾重にも重ねた繊細なレース。トレーンは長く後ろに広がり、動くたびにレースがフワフワと揺れて縫い込まれた小さな銀色のガラスのビーズがキラキラと光を反射する。踊った時の視覚的な効果を狙ってもいるらしい。
 ただ、全身、黒いだけ。

 そして髪型も、気合の入ったアンナさんとお義母様があれこれ考えた末、シンプルに前髪を全て上げて後ろに流しタイトなアップスタイルにした。
 胸元と耳には金色の繊細なチェーンに大きなサファイア。

 うん、私としてはシンプルで普通なんだけど。黒ってだけでこんなにも注目を浴びるなんて思わなかった。
 でも不思議と嫌な気持ちにはならない。
 お義母様の言うとおり、受け入れられない人に興味はない。私だって。


 ホールに降り立ち、上座へと進む。後ろを振り返るとお義母様が小さく手を振っていた。

 レオニダスのエスコートで玉座の前に立ち王族の入場を待つ。

 室内楽の音が止み、やがてファンファーレと共に高らかに王族の入場が宣言された。皆一斉に礼を取る。

 ベアンハート殿下とクラリッセ、ディードリッヒ王太子殿下にマルグリット王太子妃殿下と二人の王子達。そして国王陛下と王妃殿下。

「面を上げよ」

 低く、でも遠くへとよく通る声に応え、顔を上げる。
 肩まで伸びた真っ青な髪を後ろに撫で付け、無精髭を生やし深く刻まれた皺が威厳と風格を表しているその面差しは、金色の瞳を面白そうに細めてこちらを見ていた。

「ザイラスブルク公」
「はっ」

 名を呼ばれレオニダスは一礼すると、私の腰に腕を回し前に出た。
 え、私も?

 玉座の前に出て跪く。

「そんなに堅苦しくせずともよい、我が甥よ」

 なんとなく笑ってるような声に応えて立ち上がると、うん、やっぱりなんかニヤニヤしてる気がする。

「此度の婚約、誠めでたきことよ。ザイラスブルクに相応しい娘と良き縁を結んだこと、心から言祝ごうぞ」
「ありがたき御言葉」
「バーデンシュタインも良き娘と縁を結んでくれた。我が甥もこれで腰を据えて辺境の地、加え王国全土の防御の要としての役割を全うしようぞ」

 後ろでお義母様たちが礼を取る気配がした。
 腰掛けていた玉座から立ち上がり目の前に降りて来た陛下は、私の顔をじっと見つめる。その表情は真剣なものになり、黄金の瞳に射抜かれて目を逸らすことが出来ない。


「美しい色だ。レオニダスが愛するのも当然よな。其方とレオニダスとの婚約、心から言祝ごう」


 そう言って目を細め、私の額にキスをした。
 後ろでお義母様とお義兄様が二人、拍手をしている音が聞こえた。
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