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第二章 王都

見届ける

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 レオニダスは私を抱き起こし、上着を肩にかけた。

「遅くなってすまない…」

 ギュッと抱き締め私の髪に顔を埋める。
 私はレオニダスの首に顔を埋めた。温かい。

「大丈夫……来てくれるって、分かってたから」

 レオニダスは大きな手で私の背中を摩り、頭を抱えるように撫でる。

「カレン、オッテとウル達を連れて獣医のところへ行けるか?」

 両手で私の頬を挟み額にひとつ、唇にひとつ、キスをする。

「うん……、レオニダス、エーリクが」
「大丈夫だ、ほら」
「ナガセ!」

 エーリクが駆け寄って来た。

「エーリク!」

 ぎゅうっとエーリクを抱き締める。

「エーリク、エーリク大丈夫!? 怪我はない!?」
「大丈夫だよ、ほら」

 両手を広げて見せるエーリク。
 良かった…!!
 レオニダスはエーリクの肩に手を置いた。
 エーリクはレオニダスの顔を見上げ、力強く頷いた。

 廊下を見ると、オッテを抱えた騎士の人もいた。血で濡れた体を外套で包んでいる。その足元でウルがずっとウロウロしている。
 私はもう一度レオニダスにギュッとしがみついてから、エーリクとオッテの元に駆け寄った。



 * * *



「落ちたものだな」

 レオニダスの低い声が裏庭に響く。
 目に見えるほど漏れ出ている殺気。
 黄金に輝く瞳は全てを見透かすようにギラギラと輝く。
 周囲の空気がビリビリと震え重く息苦しくなる。

 瓦礫に半分埋もれた魔物の男はダラダラと涎を垂らし、灰色の濁った瞳をレオニダスに向けている。

「薬? 溺れているのは知ってたけど、お前、何したらそんな事になるの? それにこの匂い……僕達には随分と嗅ぎ慣れた匂いをさせてるね」

 アルベルトの冷めた声。
 他にも濃い闇と同じ色の外套を身に纏った男達が周りを取り囲み、皆、抜身の剣を手にしている。

「オマエたちに、オレ、コロセ、ない」

 魔物の男はケタケタと笑い声を上げのっそりと立ち上がった。ガラガラと煉瓦や材木が音を立てて崩れる。

「オレが、オマエたちヲ、コロス、から」

 魔物の男は落ちていた剣を取り大きく振りかぶった。

 振り下ろされた剣は地面に食い込み土埃をあげ、周囲にいた男達は一斉に後ろへ飛び退き距離を取った。
 アルベルトが素早い動作で懐に飛び込み喉へ剣を突き立てる。

 瞬間、ギィンッと音を立て剣が折れた。
 直ぐに後ろに飛び退き、ビリビリと痺れている手を振って舌打ちした。

「本当に身体強化だ。こいつのギフトは腕力なのに」

 魔物の男は剣を構え周囲の男達に飛び掛かった。男達は剣を交えることはなくただ躱して行く。人外の速さで剣を振るうが、それも荒削りで力任せだ。躱すだけならば、剣技とも呼べない剣がこの場にいる人間に通用するはずもなく。
 アルベルトは身を屈め素早く脚払いをして魔物の男の身体を倒す。魔物の男は地面に身体を打ち付け転がった。

 レオニダスは腰の剣を音もなくスッと抜いた。

「お前のことは憐れだとも思わん。その身をもって罪を償え」

 魔物の男は咆哮を上げるとレオニダスに向かって飛び掛かった。レオニダスは正面からその力を受け止める。
 足元の地面が沈み、ミシリとひびが走った。
 何度も剣を打ち込み押し付け、魔物の男は剣を叩きつけるように振り下ろす。レオニダスは全て剣で受け止めていたが、魔物の男が身体を回転して斜め上から渾身の力を込め振り下ろす剣を握った腕を、左手で掴んだ。

「ぐゔっ!?」

 ミキミキと音がしてその腕の骨が砕ける音がする。

「ぐぁあああっ!!」

 魔物の男が腕を振り払おうと後ろに下がるのをレオニダスは離さない。
 腕を掴んだまま、レオニダスは魔物の男の身体を蹴り上げた。魔物の男は離れることも叶わず、ニ度、三度と何度もその身体に顔に蹴りを受ける。

 口から血が吐き出され、膝をつきレオニダスを見上げるその顔は腫れ上がり、掴まれたままの右腕はおかしな方向に曲がっている。
 それでもレオニダスの殺気は消えることはなく。

 静かに剣を握っている右腕を振るった。


 魔物の男の身体が後ろに蹌踉めき、レオニダスから距離を取った。腕を解放された男は不思議そうにレオニダスの手にあるものを眺めた。それは男のに見える。

 レオニダスは左手に握っていた男の腕を地面に放り投げた。
 切断された腕は剣を握ったまま地面でビタンビタンと跳ねている。

「本当に魔物そのものだな。最早正常な判断など出来まい」

 レオニダスは一歩踏み込んで魔物の男を蹴り上げる。
 大きく膨らんだ身体はおもちゃのように吹き飛び塀に激突した。

「ギャアアアアッ!!」

 痛みからなのか怒りからなのか分からない叫び声を上げ、魔物の男はレオニダスに向かってきた。

「簡単に死ねると思うな!!」

 レオニダスは魔物の男を躱し左手で頭を鷲掴みにすると地面に叩きつける。地面に顔がめり込みグシャリという音がした。すぐにそのまま持ち上げ、また塀に叩きつける。

 魔物の男はまた直ぐに立ち上がり、今度はレオニダスではなく塀の外へ向かって走り出す。
 レオニダスはすぐに剣を振るい、今度は右脚を両断する。

 男の身体から離れた脚がバタバタと暴れ土埃を上げる。魔物の男はバランスを崩し地面でのたうち回った。

 周囲の男達も集まって来た騎士達も、その様子を黙って見つめている。
 魔物の男は身体を起こし、レオニダスを見ながら肘をついてズルズルと後退する。その口からは笑い声が漏れた。

「ハハ、ハ、オレは見てタぞ、オマエとあの黒イオンナ」

 口からはダラダラと血とも涎とも判別のつかないものが流れ続ける。

「アレは穢れてる、アレはクロい、ははハ、ハ、オマエ、アノ黒イ、オンナと、ネタノカ」

 ごぼっと音を立てて口から泡が吹き出た。

「オレがマモノ、だと? ……ごぶっ、ナラば、アノオンナは何ダ、あの黒い、アイツのセイデ、俺、ぐふっ、ぐっ、…オレは、こんな……」

 周囲にいる外套の男達も騎士達も誰も動かない。
 ギリギリと剣を握り締めただ黙って魔物と成り果てた男を睨みつける。

「アレこそ、マモノダ!! 黒い、クロ、黒ダ、あの、ケガレタ、醜イ、黒いオンナ……ッ!!」


 男の声はそれ以上、発せられる事はなかった。



 * * *



 獣医の元で治療を受けたオッテは一命を取り留めた。

 貫通した短剣は少し内臓を傷つけたけれど、ちゃんと療養すればまた元の通り元気になると。
 それを聞き、私とエーリクは抱き合って喜んだ。
 ウルも身体はどこも怪我をしていなかったのでアンナさんはウルに赤ちゃんを託し、ウルはうとうとしながら授乳している。
 よかった。

 私は護衛に頼んでまた、タウンハウスに戻った。
 エーリクには反対されたけれど、どうしても、見届けたかったから。



 タウンハウスの裏庭へ行くと、動かなくなった魔物の男の身体を取り囲むように闇色の外套を着た人達が見下ろしていた。
 お義兄様が指示を出している彼等は口元まで顔を隠し、普段見る護衛と明らかに様子が違う。
 ザイラスブルクの騎士達もレオニダスへ報告をする人、怪我人を支えている人もいる。
 通りからは人々の騒めきが聞こえてきた。騒ぎを聞きつけて人が集まり出したのだろう。


 でも私は、あの魔物の男から目が離せなかった。


「カレン」

 レオニダスがいつの間にか目の前に来てこちらを見下ろしている。

「レオニダス」

 ぼんやりと見上げるその瞳は、まだ黄金に揺らめいて。

「レオニダス……来てくれて、助けてくれて、ありがとう」
「……怖い思いをさせた」

 ふるふると頭を横に振る。
 レオニダスはあの魔物の男が視界に入らないよう私の前に立った。

「レオニダス、オッテは大丈夫だったよ」
「ああ。あいつはそんな柔じゃないんだ」
「ウルも……今日、赤ちゃんを産んだばかりなのに、助けてくれたの」
「あいつらはカレンのことが大切だからな」

 ふわりとレオニダスが微笑む。
 その笑顔を見て、急に泣きそうになった。

「……あの、人。私のこと知ってた。バルテンシュタッドで……」
「ああ。だがもう、心配ない」
「……みんな、大丈夫? 騎士の人達は」
「大丈夫だ。怪我をした者はいるが皆無事だ」
「そう、良かった……」
「カレン」

 レオニダスは私の頬を優しく撫でる。

「送ろう。今日はもう……」
「レオニダス」

 レオニダスの言葉を遮る。
 涙がぶわりと目に溢れてきた。溢れないようにぐっと息を止める。
 レオニダスは黙って私の次の言葉を待ってくれて。

 分かってる。
 きっとこの後、事後処理とか色々あるよね。レオニダスは指示を出す立場の人だから。みんな、レオニダスの指示を待ってる。
 きっと今も。
 分かってる。

 分かってる。


 ――でも、

「…………一緒にいたい……」

 唇が震えるのが自分でも分かった。
 口にすると、ポロポロと涙が溢れてしまった。
 小さな声はそれでも、レオニダスにちゃんと届いてくれて。


 レオニダスはお義兄様から上着を受け取ると、私の頭をすっぽりと覆い隠して抱きかかえた。


「アルベルト、後は頼む」
「分かった」

 私は暗くなった視界の中、大好きな匂いと熱に包まれて、ポロポロ、ポロポロといつまでも涙が止まらなかった。

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