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披露宴は出したくない ある部屋

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「ちょっとお父様、苦しいじゃないっ」

 控え室に通されてやっと解放されたフランシスは、父親エルゴスに食って掛かる。

「あれ以上騒いだら、フォン辺境伯に睨まれるだろうっ。しばらく静かにしなさいっ」

「何よっ、役立たずをやっと使えるってっ」

「静かにしなさいっフランシス」

 母親のナンシーまで声を荒げる。
 今までどんなに騒いでも、叱られる事がなく、すべての責任をエミリアに押し付けてきたフランシス。エミリアは奪って、痛めて、嘲笑うが当たり前の存在。
 だから、大切に抱えられているのに、我慢ならなかった。しかも、

「なんであんな見たことないドレスをあれが着ているのっ。ドレスなんて買わないって言っていたのにっ、お父様の嘘つきっ。私もあんなドレスが欲しいっ、早く、あれから取ってきてよっ」

 フランシスが癇癪を爆発させる。こうすればベルド伯爵家ではエミリアから奪うのは簡単だ。

「ドレスは私は買っていない。あれはフォン辺境伯が準備したんだろう。さすがあれは諦めなさい」

 エルゴスが疲れたようにソファーに座る。

「なんで? 私が欲しいっていったら、いつもとってくれじゃないっ」

「あなた、どうにかなりません?」

 母親のナンシーまで言い出した。頼りになる母親の援護に、フランシスの顔が輝く。

「無理だ、あれはフォン辺境伯がエミリアに準備したものだ。下手したら窃盗罪に問われる事になる」

 そこまで言って、やっとナンシーは黙るがフランシスは我慢ならない。

「なんでなんでなんでなんでっ。私、あのドレスが欲しいっ。早く、早くとってきてよっ」

「まあ、なんて浅ましい」

 びくうっ、と震えるエルゴスとナンシー。
 振り返ると、そこには扇で口元を隠したシルビア元辺境伯夫人の姿が。その後ろには、ティーセットが乗ったワゴンを押したメイド。

「シ、シルビア夫人、フォン元辺境伯夫人っ、これはそのっ」

「あっ、さっきの人ねっ、私、あのドレスが欲しいのっ、あれにそう言ってよっ」

 フランシスが走りだし、シルビアのドレスを掴もうとするが、寸前にワゴンを押していたメイドが踊り出してフランシスの腕を掴んで捻りあげる。

「きゃーっ、いたいーっ」

 抗議を上げようとしたベルド伯爵夫婦の前に、シルビアの鋭い声をあげる。

「無礼者っ、誰が私に触れていいと許しを出しましたかっ。その歳で分からぬとは、貴族として無知を過ぎていますっ」

 いきなり他人に触れるのは、マナー違反。当然、これは一般市民でもそうだ。偶然手が当たった、よそ見してぶつかったとかでない、明らかにフランシスは意図を持ち、シルビアに掴みかかったのだ。
 エミリアが披露宴で纏っていたドレス欲しさに。
 これまで警戒するには、相応に理由がある。高位の貴族は暗殺やその他諸々の危険にさらされている。フランシスは素手で行ったが、中には幼いながらにナイフを隠し持ち、襲ってくることもあり、シルビアは実際経験している。
 本来なら、フランシスの行動は懲罰ものだ。

「申し訳ございませんっ。親の監督不行き届きでございますっ。どうかっ、どうかっ、お許しくださいっ」

 エルゴスが膝をつき、慌ててナンシーが続く。
 シルビアがメイドに目で合図を送り、やっと解放されたフランシスは、髪を振り乱し、泣きながら母親にすがりつく。

「ベルド伯爵」

「は、はいっ」

「今回は見逃しましょう、せっかくエミリア嬢がうちに来てくれた大切な日。あの子に感謝なさい」

 あからさまに嫌な顔をするエルゴスとナンシー。

「ベルド伯爵、この後、主人が参ります。理由はお分かりですよね?」

 さあぁぁ、と顔を青くするエルゴスとナンシー。
 シルビアはあまりにも浅慮過ぎる姿にあきれ返る。
 花嫁衣裳や最低限の嫁入り道具の準備はバルド伯爵が持つからと、持参金はなしになった。
 だが、エミリアは古びた小さなトランクと、傷んだ布のくたびれたワンピースでやってきた。そしてぼろぼろの花嫁衣裳、黄ばんだベール。

 そこをどうして指摘されないと思ったのだろう?

「それまでこちらでお待ちください」

 シルビアは言い残して、部屋を後にする。
 ティーセットは当然引き上げて。
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