上 下
3 / 51

思い出したのはお式の前③

しおりを挟む
 結婚式は、フォン辺境伯内の教会で行われる。
 フォン辺境伯はミュンヘナー王国と隣国、マグル王国との国境にあり交易の要所だ。そして港を要していることもあり、ミュンヘナー王国首都の次の規模を持つ。
 自分はその領主の唯一の跡取りでもあったし、モーリス曰くかつては社交界の薔薇と呼ばれた母に似て、顔はいいらしい。そして辺境伯として、優秀な騎士として恵まれた体格は父譲り。母の青い目、父の銀髪。加護のお陰でケガをしないから、いつの間にか剣の腕も上がった。今ではミュンヘナー王国以外にも知られるようになった。纏わりつく女が紛らわしくて、髪と髭をわざと整えなかった。そして、熊に殴られても、猪に突撃されても平気な自分は、いつしかこう呼ばれるようになった。

 辺境の銀の鬼神。

 そう呼ばれるようになり、少しは寄ってくる女は減った。 
 だが、縁が欲しくて釣書が来た。
 その中に、エミリアの釣書があった。

 エミリア。

 目の前の教会の司教が、白目を剥いて倒れそうだ。何故って? 多分、自分が殺気を抑えられてないから。

 本当にあの時の自分を殴ってやりたい。

 だいたいなんで、新婦側の椅子に、呑気に父親が座ってんだよ。エスコートはどうした。なんだあの母親のバカみたいにハデなドレスは。あの妹の豪華絢爛なドレスは。他の招待客から変な目で見られているのに、気が付いてない。そう、あいつらには常識がない。どうしてあんなの中にいて、エミリアはいい子に育ったんだ?

 いや、あいつらにしたら、エミリアは家族ではない。

 フォン辺境伯からの支度金欲しさの生け贄だ。

 バルド伯爵家当主には娘がいる。先妻と成婚中に生まれたのがエミリア。先妻はエミリアが五歳の頃に儚くなり。喪が明けぬまま後妻を迎えた。エミリアと同い年の腹違いの妹、フランシスと共に。
 よくある先妻の子が虐められるパターンで、エミリアははぶられ、蔑まれ、厄介払いと支度金欲しさに釣書を送ったのだ。

 こいつらがした、エミリアへの仕打ち。前回はエミリアの口から、少しだけ聞いたが、おそらくそれ以上あったはずだ。詳しく思い出せないが。特にあのハデなリボンで金髪をツインテールにした妹、フランシスは、エミリアの死の原因となった。

 なら、今から、殺そうか?

 ちょっと、首の骨をへし折ってやろうか? 簡単じゃないか? あんな小さな首。いや、待て、そんな簡単に殺していいのか? ダメだ、手加減が出来ない。自分がしたら、死んだことすら分からない。それじゃダメだ。苦しめて、苦しめて、苦しめて。ダメだ、エミリアが近くにいる。トラウマになってしまう。

 それに、今日はエミリアとの大事な結婚式だ。
 あの時は、エミリアは張り付けたような笑顔だった。
 せめて、本当の笑顔が出してくれるように、行動するだけ。
 今日、この場が、エミリアと初顔合わせだ。
 愚かな自分は、結婚が決まっても、エミリアに花の一輪、手紙の一つも送らなかった。確かに魔物討伐で忙しかったが、言い訳だ。前日まで領内の村に被害が出したゴブリン討伐で駆け回っていた。セバスとモーリスが気を遣って花束を送ってはくれていた。
 だから、エミリアの印象は悪くないはずだが、挽回しなくては。

 いつの頃か、エミリアと本当に家族になりたいと思い、相談出来たのはモーリス。モーリスによく分からない古今東西の恋愛小説を読まされた。
 読みすぎて、何が正解か分からない位だ。

 ただ、強く思う、エミリアに笑って欲しい、心から、笑顔になって欲しい。

 視界で母が口パクで笑顔と繰り返している。

 そうだな、せめて笑顔だな。

 ふうー、と息を吐き出すと、司教の顔色が戻る。
 パイプオルガンが鳴り響く。
 振り返ると、開かれた扉からエミリアが姿を表した。本当なら、父親のエスコートで進むバージンロードを、エミリアはたった一人で歩いてきた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

身代わりの私は退場します

ピコっぴ
恋愛
本物のお嬢様が帰って来た   身代わりの、偽者の私は退場します ⋯⋯さようなら、婚約者殿

生まれたときから今日まで無かったことにしてください。

はゆりか
恋愛
産まれた時からこの国の王太子の婚約者でした。 物心がついた頃から毎日自宅での王妃教育。 週に一回王城にいき社交を学び人脈作り。 当たり前のように生活してしていき気づいた時には私は1人だった。 家族からも婚約者である王太子からも愛されていないわけではない。 でも、わたしがいなくてもなんら変わりのない。 家族の中心は姉だから。 決して虐げられているわけではないけどパーティーに着て行くドレスがなくても誰も気づかれないそんな境遇のわたしが本当の愛を知り溺愛されて行くストーリー。 ………… 処女作品の為、色々問題があるかとおもいますが、温かく見守っていただけたらとおもいます。 本編完結。 番外編数話続きます。 続編(2章) 『婚約破棄されましたが、婚約解消された隣国王太子に恋しました』連載スタートしました。 そちらもよろしくお願いします。

捨てられた侯爵夫人の二度目の人生は皇帝の末の娘でした。

クロユキ
恋愛
「俺と離婚して欲しい、君の妹が俺の子を身籠った」 パルリス侯爵家に嫁いだソフィア・ルモア伯爵令嬢は結婚生活一年目でソフィアの夫、アレック・パルリス侯爵に離婚を告げられた。結婚をして一度も寝床を共にした事がないソフィアは白いまま離婚を言われた。 夫の良き妻として尽くして来たと思っていたソフィアは悲しみのあまり自害をする事になる…… 誤字、脱字があります。不定期ですがよろしくお願いします。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

これでも全属性持ちのチートですが、兄弟からお前など不要だと言われたので冒険者になります。

りまり
恋愛
私の名前はエルムと言います。 伯爵家の長女なのですが……家はかなり落ちぶれています。 それを私が持ち直すのに頑張り、贅沢できるまでになったのに私はいらないから出て行けと言われたので出ていきます。 でも知りませんよ。 私がいるからこの贅沢ができるんですからね!!!!!!

三年目の離縁、「白い結婚」を申し立てます! 幼な妻のたった一度の反撃

紫月 由良
恋愛
【書籍化】5月30日発行されました。イラストは天城望先生です。 【本編】十三歳で政略のために婚姻を結んだエミリアは、夫に顧みられない日々を過ごす。夫の好みは肉感的で色香漂う大人の女性。子供のエミリアはお呼びではなかった。ある日、参加した夜会で、夫が愛人に対して、妻を襲わせた上でそれを浮気とし家から追い出すと、楽しそうに言ってるのを聞いてしまう。エミリアは孤児院への慰問や教会への寄付で培った人脈を味方に、婚姻無効を申し立て、夫の非を詳らかにする。従順(見かけだけ)妻の、夫への最初で最後の反撃に出る。

うたた寝している間に運命が変わりました。

gacchi
恋愛
優柔不断な第三王子フレディ様の婚約者として、幼いころから色々と苦労してきたけど、最近はもう呆れてしまって放置気味。そんな中、お義姉様がフレディ様の子を身ごもった?私との婚約は解消?私は学園を卒業したら修道院へ入れられることに。…だったはずなのに、カフェテリアでうたた寝していたら、私の運命は変わってしまったようです。

恩を返して欲しいのはこっちのほうだ!

秋月一花
恋愛
「アクア・ルックス! 貴様は聖女を騙った罰として、国外追放の刑に処す!」 「ちょ、今、儀式の途中……!」 「ええい、そんなものこちらにいらっしゃる本物の聖女が継いでくれるわ! さっさと俺の前から消えろ! 目障りなんだよ!」  ……そんなに大声で、儀式中に乱入してくるなんて……この国、大丈夫?  まぁ、そんなに言うのなら国外追放受けて入れてやろうじゃないか。……と思ったら。 「ああ、その前にお前が使っていた道具すべて、王家に渡してもらうからな! アレだけ王家の金を使ったのだ、恩を返してもらわねば!」 「……勝手に持って来ただけじゃん……」  全く、恩を返して欲しいのはこっちのほうだ!  誰のおかげで魔物が入ってこなかったというのか……!  大義名分を手に入れたわたしは、意気揚々とこの国を去った。 ※カクヨム様にも投稿しています。

処理中です...