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手紙
しおりを挟む『お父様、お母様
親不孝な娘でお許しください。
傲慢で我儘でお金遣いが荒い私は婚家にてとてもご迷惑をお掛けしております。
真実の愛を見つけました我が旦那様に対して心からの祝福を述べる事もできず、存在自体が侯爵家にて害となっております。
固いパンと薄いスープ以外の食事を求めるなど、侯爵家へなにも貢献していない私には過ぎたる贅沢だとはわかりながらも、ついつい伯爵家で過ごした温かい食事に思いを馳せてしまいます。
こんな私なので、当然侯爵家嫡男様には相手にされず、お恥ずかしい事ながら白い結婚がすでに2年も経過しております。
当然ながら跡継ぎが望めるはずもなく、次年には、跡継ぎの為に侯爵様の真実の愛の相手様を迎える事になると思います。
こんな私が何か思う事など烏滸がましい事ですが、辛いと感じでしまう気持ちを至らなくも止める事が出来ません。
こんな全てにおいて至らない私が育ててくださった伯爵家の恥となる事、誠に申し訳ありません。
せっかく育てて頂いたのに役にも立たぬ価値のない娘だと周りから誹りを受けていると聞いております。
そんな今でさえご迷惑をお掛けしているのに、更なる恥をかかせるなど産まれてきた事を後悔する日々です。
でも、もしもお許しいただけるのならば、もう一度だけ温かい我が家へと戻りたく思います。
過ぎたる願いなのは理解しておりますので、どうか数日だけでも戻る事が出来ましたらと夢に見ております。もちろんお顔を拝見したらすぐに修道院へ向かおうと思います。
何も恩返しが出来ないどころか、御家に傷を付けるような娘で本当に申し訳ありません。
最後の願いとして聞き遂げて頂ければ幸いです。』
グシャ
思わず握り潰した手紙を手に男性が唸り声を出す。
「……これは、一体どういうことだ?」
広いお屋敷の中一通の手紙を前に肩を震わせる男女。
男性の横から一緒に手紙を読んでいた女性から温度のない声が響く。
「あの子は好きな相手の元で幸せに暮らしてると思っていました。
ずっと手元に置きたいと思っていたのをなんとか我慢して祝福したというのにこれはどういうことかしら?」
筆跡は間違いなく愛しい一人娘のもの。
封蝋も間違いない。
むしろ間違っていて欲しいが、わざわざ特注で作ったデザインは間違えようがない。
可愛い可愛い娘。
愛しい妻は健康そうに見えて病弱だった。
その為、子供が難しいという理由で爵位だけがあまり高くない自分の元へとお嫁に来てくれた。
それだけでも自分は幸せだったが、彼女が子供が難しい事をずっと気にしていたのを知っていた。
そして、私も彼女の家族もそんな彼女の健気な所に愛しさが爆発し、溺愛していたのだ。
そこに奇跡のように出来た娘。出産なんて無理だと思っていたが、彼女の意志は固く産む事となった。
が、予想と違い妊娠中も出産も驚くほどスムーズだった。
医者にも驚かれた程に健やかで、妻は娘が私を守ってくれたと言い、柔らかく幸せそうに笑っていた。
そんな彼女の言葉は私たちの心に深く浸透していった。
なんの憂いもない彼女の笑顔を見てお腹の子に感謝した。
産まれてきた娘の可愛さに驚いた。
妻と2人…いや、義兄達とともに、こんなに可愛い娘はいないと語り合った夜も沢山ある。
本当は婿を貰ってずっと一緒に住む予定だったのだ。
妻の兄達(国王、王弟)も、身内に嫁がせようと画策していたのだ。もちろん妨害した。
だが、娘に可愛い笑顔で好きな人ができたと言われたのだ。
侯爵家の当主が我が家との縁を繋ぎたい為に何かしているのは知っていた。
だか、まさか本当に娘が侯爵のあんな小倅に惚れるとは思っていなかった。
ここで、今まで男性から離して育てた事が仇となったのだ。
しかし、嫁に行っても嫡男が侯爵家を継げば一緒に王都に出てくるだろうし、それまでの辛抱だと思っていた。
我が伯爵家は爵位だけは侯爵家よりも低いが、財力でも家の歴史でも影響力の面でもそこら辺の侯爵よりも上だし、陞爵の話を断っていただけで、なろうと思えばいつでも侯爵にはなれる。
だからこそ溺愛されている王女が降嫁出来たのだ。
そして、子供が難しいと思われていた王女を貰いたいがために陞爵を断っていた。
爵位が上がればどうしても後継者問題が出てしまうから。伯爵でも十分問題ではあるがそこはどうにかした。
しかし、妻が子を産んだ事により状況が変わり、むしろ今なら侯爵どころか公爵位も望めるようになってしまった。
公爵は基本的に王家の血筋に連なる家しか認められないが、妻が子を成すことによってそれも可能となった。
そして、王家の血をもつ娘の子が継ぐ事になれば、妻と娘を溺愛していた王家によりむしろ今よりも強く公爵へ陞爵するよう勧められるだろう。
妻以外娶る気の無かった私は娘ができるまでは、適当なところで親族の誰かに伯爵家当主の座は譲る予定であった。
しかし今後、娘に子が出来、娘の子に我が家を継がせるのならば、陞爵も悪くはないと考え始めていた。
もちろん娘を欲した現侯爵家当主達はそれを理解していたはずだ。
娘が子を産む事により、王家や我が家がどのように動くか。
どれほど注目されているか。
余計なプレッシャーを与えないように娘には伝えた事はないが、公然の事実である。
そんな娘を粗雑に扱えばどうなるかなど普通の貴族であればわからぬはずがない。
そんな常識に囚われ、娘からの連絡が少ないにも関わらず侯爵の領地へと影を送りこむのを躊躇っていた事に後悔しかない。
今は領地で新婚生活を楽しんでいると思い込み、楽しいからこそ連絡が少ないと思っていた。
影達にも、話を聞けば相手の男につい恨みをぶつけてしまうと新婚の間はあえて距離を置かせていた。
連絡が少ない事を寂しいと思いつつも娘の幸せの為、邪魔をしないように妻と一緒に我慢していたというのに。
これは一体どういうことだ。
至急事実を確認しなければならない。
これは伯爵家どころか、溺愛し娘を親族へ迎え入れようとしていた王族に対しても喧嘩を売っている。
大切に大切にしていたものを横からかっさらっていったのに粗雑に扱い傷を付けるなど、我が家への宣戦布告か何かだろうか。
よし、もちろん受けて立とう。
影へと指示を出し、急ぎ王宮へと向かう。
これがただの娘の悪戯ならば良い。
可愛い娘だ。笑って許そう。
ただし、万が一これが事実であればこの国から侯爵家が一つ消える事となるだろう。
そんな事は我が家にとってとても簡単な事なのだから。
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