75 / 113
第75話 告白
しおりを挟む
放りっぱなしだったとあっけらかんと口にするシャルロット嬢に、私は言葉が出なかった。
「あら。怒っています? でも人から貰った物をどう扱おうと、私の勝手ですよね?」
受け取ったあの時、大切にしますとお礼を言ったその笑顔のままで。
背中に寒気が走る。
「……お父様から貰ったというあの胸飾りもそういう扱いを?」
「ああ、あれですか? あれ、実は嘘なんです。ここの学院の金持ち坊ちゃんにもらったの」
彼女はもう取り繕うことが面倒になったのか、のうのうと嘘でしたと言う。
「ああいう高価な物はね。ちゃーんと大事にしていますよ。まあ、一度パーティーの場にでも身に付けたら売るつもりですけど。あ、でもこの間、身につけて下手に目立っちゃったからなぁ。もう売りかな」
「う、る?」
何の罪悪感も抱いていない彼女の言葉が信じられなくて、私は目を見張った。
「そう。そのお金でドレスを新調したり、装飾品を買ったりするんです」
「なぜ人から貰った物をそう邪険に扱うの」
「邪険? とんでもない。活用しているじゃないですか。売ってお金にすることで次の足しにするのですから」
「違うわ。物に込められた人の思いのことよ。あなたはそれを踏みにじったの。後ろめたさは無いの?」
そんな気持ちがあるわけがないのは分かる。けれど、口からつい出てしまう。
シャルロット嬢はそこで笑みを消すと目を細めた。
「あなたには分からないでしょうね。金銭的に恵まれていて、黙っていても常に新しいドレスを用意され、煌びやかな装飾品で彩られるあなたになんかには分かるはずもない」
「え?」
「上流階級のご令嬢様には分からない事情でしょうから、少しご説明いたしましょうか。社交界の場で同じ装飾品を身に付けていけば、すぐに鼻つまみにされるわ。無駄と見栄で成り立っているこの貴族社会ではね!」
彼女のこれまでの仮面が外れ落ちて、ぱきんと割れる音が聞こえた気がした。
「うちの男爵家は位としては末席の貧乏貴族。無駄にできるお金は一切無いのに貴族としての称号を保つだけのために、体面上は生活様式を落とすことだってできない。それでもいつか上流階級のお貴族様に見初められるようにと、両親は私にお金をかけてきてくれましたよ。幼い頃はそんな事情も知らずに、私があれやこれやとねだっても何でも叶えてくれたし、綺麗にも着飾ってくれた」
エミリア嬢がシャルロット嬢から自分の物を取り上げられたと言っていた。
これまで欲しい物を全て与えられていた彼女は、人の物でもねだれば自分の物になると勘違いしたのだろう。
「けれど成長すれば、家庭事情を嫌でも知ることになる。これまでのように欲しい物が手に入らなくなった。綺麗な物で着飾られることが何よりも大好きなのに!」
これまでの鬱憤が爆発したかのように、彼女はいつにない饒舌さで語り続ける。
「なのに! 私がこんな思いをしているのに上流階級のご令嬢らは、たまたま生まれた場所がそこだっただけで、何の努力もしていないのに服を新調してもらっただの、宝石や高級品を買ってもらっただの、自慢合戦。あげくの果てに買えない者を陰で蔑み笑うような人たちよ。パーティーの場で毎回、同じ物を身に付けることなんてできやしない。それでも貴族社会で生きていく限り、どんなに苦しくても惨めでも必死にしがみついて行くしかないの!」
「だから男性に頂いているの?」
貢がせていると周りに言わせておいても構わずに。
「君に似合うから贈りたいと向こうから言ってくるのですもの。――そうよ。私に似合うのよ! 彼女たちの持ち物だって私の方がふさわしい!」
「彼女たちの持ち物を盗ったのは……あなたなのね」
シャルロット嬢の物言いに、気付けばそう口にしてしまう。自分の中でも疑う気持ちが強まって、否定できなくなってしまったから。
「ええ、そうよ! そんなに自慢するくらいの財力なら、持ち物の一つくらい無くなったって、痛くもかゆくもないでしょうよ! それなのに馬鹿みたいにガタガタ騒いで!」
彼女は感情のままに自白した。
立て続けにわめき散らす彼女を前に、感覚が麻痺してしまったのだろうか。
やはり盗難していたのは彼女だったのかと、その事実以外に何も気持ちが湧いてこなかった。
「あら。怒っています? でも人から貰った物をどう扱おうと、私の勝手ですよね?」
受け取ったあの時、大切にしますとお礼を言ったその笑顔のままで。
背中に寒気が走る。
「……お父様から貰ったというあの胸飾りもそういう扱いを?」
「ああ、あれですか? あれ、実は嘘なんです。ここの学院の金持ち坊ちゃんにもらったの」
彼女はもう取り繕うことが面倒になったのか、のうのうと嘘でしたと言う。
「ああいう高価な物はね。ちゃーんと大事にしていますよ。まあ、一度パーティーの場にでも身に付けたら売るつもりですけど。あ、でもこの間、身につけて下手に目立っちゃったからなぁ。もう売りかな」
「う、る?」
何の罪悪感も抱いていない彼女の言葉が信じられなくて、私は目を見張った。
「そう。そのお金でドレスを新調したり、装飾品を買ったりするんです」
「なぜ人から貰った物をそう邪険に扱うの」
「邪険? とんでもない。活用しているじゃないですか。売ってお金にすることで次の足しにするのですから」
「違うわ。物に込められた人の思いのことよ。あなたはそれを踏みにじったの。後ろめたさは無いの?」
そんな気持ちがあるわけがないのは分かる。けれど、口からつい出てしまう。
シャルロット嬢はそこで笑みを消すと目を細めた。
「あなたには分からないでしょうね。金銭的に恵まれていて、黙っていても常に新しいドレスを用意され、煌びやかな装飾品で彩られるあなたになんかには分かるはずもない」
「え?」
「上流階級のご令嬢様には分からない事情でしょうから、少しご説明いたしましょうか。社交界の場で同じ装飾品を身に付けていけば、すぐに鼻つまみにされるわ。無駄と見栄で成り立っているこの貴族社会ではね!」
彼女のこれまでの仮面が外れ落ちて、ぱきんと割れる音が聞こえた気がした。
「うちの男爵家は位としては末席の貧乏貴族。無駄にできるお金は一切無いのに貴族としての称号を保つだけのために、体面上は生活様式を落とすことだってできない。それでもいつか上流階級のお貴族様に見初められるようにと、両親は私にお金をかけてきてくれましたよ。幼い頃はそんな事情も知らずに、私があれやこれやとねだっても何でも叶えてくれたし、綺麗にも着飾ってくれた」
エミリア嬢がシャルロット嬢から自分の物を取り上げられたと言っていた。
これまで欲しい物を全て与えられていた彼女は、人の物でもねだれば自分の物になると勘違いしたのだろう。
「けれど成長すれば、家庭事情を嫌でも知ることになる。これまでのように欲しい物が手に入らなくなった。綺麗な物で着飾られることが何よりも大好きなのに!」
これまでの鬱憤が爆発したかのように、彼女はいつにない饒舌さで語り続ける。
「なのに! 私がこんな思いをしているのに上流階級のご令嬢らは、たまたま生まれた場所がそこだっただけで、何の努力もしていないのに服を新調してもらっただの、宝石や高級品を買ってもらっただの、自慢合戦。あげくの果てに買えない者を陰で蔑み笑うような人たちよ。パーティーの場で毎回、同じ物を身に付けることなんてできやしない。それでも貴族社会で生きていく限り、どんなに苦しくても惨めでも必死にしがみついて行くしかないの!」
「だから男性に頂いているの?」
貢がせていると周りに言わせておいても構わずに。
「君に似合うから贈りたいと向こうから言ってくるのですもの。――そうよ。私に似合うのよ! 彼女たちの持ち物だって私の方がふさわしい!」
「彼女たちの持ち物を盗ったのは……あなたなのね」
シャルロット嬢の物言いに、気付けばそう口にしてしまう。自分の中でも疑う気持ちが強まって、否定できなくなってしまったから。
「ええ、そうよ! そんなに自慢するくらいの財力なら、持ち物の一つくらい無くなったって、痛くもかゆくもないでしょうよ! それなのに馬鹿みたいにガタガタ騒いで!」
彼女は感情のままに自白した。
立て続けにわめき散らす彼女を前に、感覚が麻痺してしまったのだろうか。
やはり盗難していたのは彼女だったのかと、その事実以外に何も気持ちが湧いてこなかった。
10
お気に入りに追加
584
あなたにおすすめの小説
夜の街のオネエサマに憑依されている私は乙女ゲームの当て馬ちゃんと呼ばれています
束原ミヤコ
恋愛
「あんたは『灰かぶりと王子様』っていうゲームの、当て馬ちゃんなのよ!」
突然私の脳内に、野太い男性の声が響いた。
彼だか彼女だかわからないけれど、ともかくその声の主は「乙女ゲームプレイヤー」で、シンジュクで働いている「シゲミ・マリアンヌ」だという。
それはともかく、今は私は婚約者である第一王子殿下レオン・クロイツベルト様を、コゼットとかいう庶民の女に奪われそうになっている。
「馬鹿ねぇ、アリスちゃん。男なんてねぇ、星の数ほどいるのよ」
ちょっと黙っていて、マリアンヌ。いちいち人の頭の中で、恋愛について語らないで頂戴。
乙女ゲームの当て馬令嬢アリスベル・レミニスが、脳内で騒ぐマリアンヌちゃんと苦難を乗り越えながら幸せになる話です。
自称ヒロインに「あなたはモブよ!」と言われましたが、私はモブで構いません!!
ゆずこしょう
恋愛
ティアナ・ノヴァ(15)には1人の変わった友人がいる。
ニーナ・ルルー同じ年で小さい頃からわたしの後ろばかり追ってくる、少しめんどくさい赤毛の少女だ。
そしていつも去り際に一言。
「私はヒロインなの!あなたはモブよ!」
ティアナは思う。
別に物語じゃないのだし、モブでいいのではないだろうか…
そんな一言を言われるのにも飽きてきたので私は学院生活の3年間ニーナから隠れ切ることに決めた。
国立ユイナーダ学園高等部⑨〜どうやら私は悪役令嬢らしいですわ
砂月ちゃん
恋愛
『どうやら私は攻略対象だったらしい』のサーラ視点。
隣国から来た聖女の所為で、学園は大騒ぎ!
巻き込まれた伯爵令嬢サーラの心中は?
前作を読んでから読むとわかりやすいです。
国立ユイナーダ学園高等部シリーズ⑨
番外編は書き終わりしだい、投稿しているので投稿時間は不定期です。
【完結】運命の番じゃないけれど
凛蓮月
恋愛
人間の伯爵令嬢ヴィオラと、竜人の侯爵令息ジャサントは幼い頃に怪我を負わせた為に結ばれた婚約者同士。
竜人には運命の番と呼ばれる唯一無二の存在がいる。
二人は運命の番ではないけれど――。
※作者の脳内異世界の、全五話、一万字越の短いお話です。
※シリアス成分は無いです。
※魔女のいる世界観です。
王子を助けたのは妹だと勘違いされた令嬢は人魚姫の嘆きを知る
リオール
恋愛
子供の頃に溺れてる子を助けたのは姉のフィリア。
けれど助けたのは妹メリッサだと勘違いされ、妹はその助けた相手の婚約者となるのだった。
助けた相手──第一王子へ生まれかけた恋心に蓋をして、フィリアは二人の幸せを願う。
真実を隠し続けた人魚姫はこんなにも苦しかったの?
知って欲しい、知って欲しくない。
相反する思いを胸に、フィリアはその思いを秘め続ける。
※最初の方は明るいですが、すぐにシリアスとなります。ギャグ無いです。
※全24話+プロローグ,エピローグ(執筆済み。順次UP予定)
※当初の予定と少し違う展開に、ここの紹介文を慌てて修正しました。色々ツッコミどころ満載だと思いますが、海のように広い心でスルーしてください(汗
いらないと言ったのはあなたの方なのに
水谷繭
恋愛
精霊師の名門に生まれたにも関わらず、精霊を操ることが出来ずに冷遇されていたセラフィーナ。
セラフィーナは、生家から救い出して王宮に連れてきてくれた婚約者のエリオット王子に深く感謝していた。
エリオットに尽くすセラフィーナだが、関係は歪つなままで、セラよりも能力の高いアメリアが現れると完全に捨て置かれるようになる。
ある日、エリオットにお前がいるせいでアメリアと婚約できないと言われたセラは、二人のために自分は死んだことにして隣国へ逃げようと思いつく。
しかし、セラがいなくなればいいと言っていたはずのエリオットは、実際にセラが消えると血相を変えて探しに来て……。
◆表紙画像はGirly drop様からお借りしました🍬
◇いいね、エールありがとうございます!
追放された公爵令嬢は、流刑地で竜系とソロキャンする。
束原ミヤコ
恋愛
リコリス・オリアニス公爵令嬢はユリウス・ヴァイセンベルク第一王子の婚約者だった。
共に学園生活を楽しんでいたのもつかの間、ある日突然、王家の反逆者あつかいされて捕縛され、流刑になってしまう。
理由は――王家の秘宝を盗み、盗んだ罪を護国の聖女といわれているアリアネ・オリアニスに、実の妹に押し付けようとしたから――らしい。
身に覚えはないけれど、流刑になってしまったリコリス。
東の荒野に一人置き去りにされたリコリスは考える。
『ここを、新生リコリス帝国にしましょう』
そこに東の荒野にひっそりと住んでいた白竜ヴィルヘルムが現れる。
ソロキャンしたいリコリスと、料理を食べたいヴィルヘルムの利害が一致したところで、新生リコリス帝国への第一歩がはじまったり始まらなかったりする話です。
今さら、私に構わないでください
ましゅぺちーの
恋愛
愛する夫が恋をした。
彼を愛していたから、彼女を側妃に迎えるように進言した。
愛し合う二人の前では私は悪役。
幸せそうに微笑み合う二人を見て、私は彼への愛を捨てた。
しかし、夫からの愛を完全に諦めるようになると、彼の態度が少しずつ変化していって……?
タイトル変更しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる