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第75話 告白

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 放りっぱなしだったとあっけらかんと口にするシャルロット嬢に、私は言葉が出なかった。

「あら。怒っています? でも人から貰った物をどう扱おうと、私の勝手ですよね?」

 受け取ったあの時、大切にしますとお礼を言ったその笑顔のままで。
 背中に寒気が走る。

「……お父様から貰ったというあの胸飾りもそういう扱いを?」
「ああ、あれですか? あれ、実は嘘なんです。ここの学院の金持ち坊ちゃんにもらったの」

 彼女はもう取り繕うことが面倒になったのか、のうのうと嘘でしたと言う。

「ああいう高価な物はね。ちゃーんと大事にしていますよ。まあ、一度パーティーの場にでも身に付けたら売るつもりですけど。あ、でもこの間、身につけて下手に目立っちゃったからなぁ。もう売りかな」
「う、る?」

 何の罪悪感も抱いていない彼女の言葉が信じられなくて、私は目を見張った。

「そう。そのお金でドレスを新調したり、装飾品を買ったりするんです」
「なぜ人から貰った物をそう邪険に扱うの」
「邪険? とんでもない。活用しているじゃないですか。売ってお金にすることで次の足しにするのですから」
「違うわ。物に込められた人の思いのことよ。あなたはそれを踏みにじったの。後ろめたさは無いの?」

 そんな気持ちがあるわけがないのは分かる。けれど、口からつい出てしまう。
 シャルロット嬢はそこで笑みを消すと目を細めた。

「あなたには分からないでしょうね。金銭的に恵まれていて、黙っていても常に新しいドレスを用意され、煌びやかな装飾品で彩られるあなたになんかには分かるはずもない」
「え?」
「上流階級のご令嬢様には分からない事情でしょうから、少しご説明いたしましょうか。社交界の場で同じ装飾品を身に付けていけば、すぐに鼻つまみにされるわ。無駄と見栄で成り立っているこの貴族社会ではね!」

 彼女のこれまでの仮面が外れ落ちて、ぱきんと割れる音が聞こえた気がした。

「うちの男爵家は位としては末席の貧乏貴族。無駄にできるお金は一切無いのに貴族としての称号を保つだけのために、体面上は生活様式を落とすことだってできない。それでもいつか上流階級のお貴族様に見初められるようにと、両親は私にお金をかけてきてくれましたよ。幼い頃はそんな事情も知らずに、私があれやこれやとねだっても何でも叶えてくれたし、綺麗にも着飾ってくれた」

 エミリア嬢がシャルロット嬢から自分の物を取り上げられたと言っていた。
 これまで欲しい物を全て与えられていた彼女は、人の物でもねだれば自分の物になると勘違いしたのだろう。

「けれど成長すれば、家庭事情を嫌でも知ることになる。これまでのように欲しい物が手に入らなくなった。綺麗な物で着飾られることが何よりも大好きなのに!」

 これまでの鬱憤が爆発したかのように、彼女はいつにない饒舌さで語り続ける。

「なのに! 私がこんな思いをしているのに上流階級のご令嬢らは、たまたま生まれた場所がそこだっただけで、何の努力もしていないのに服を新調してもらっただの、宝石や高級品を買ってもらっただの、自慢合戦。あげくの果てに買えない者を陰で蔑み笑うような人たちよ。パーティーの場で毎回、同じ物を身に付けることなんてできやしない。それでも貴族社会で生きていく限り、どんなに苦しくても惨めでも必死にしがみついて行くしかないの!」
「だから男性に頂いているの?」

 貢がせていると周りに言わせておいても構わずに。

「君に似合うから贈りたいと向こうから言ってくるのですもの。――そうよ。私に似合うのよ! 彼女たちの持ち物だって私の方がふさわしい!」
「彼女たちの持ち物を盗ったのは……あなたなのね」

 シャルロット嬢の物言いに、気付けばそう口にしてしまう。自分の中でも疑う気持ちが強まって、否定できなくなってしまったから。

「ええ、そうよ! そんなに自慢するくらいの財力なら、持ち物の一つくらい無くなったって、痛くもかゆくもないでしょうよ! それなのに馬鹿みたいにガタガタ騒いで!」

 彼女は感情のままに自白した。
 立て続けにわめき散らす彼女を前に、感覚が麻痺してしまったのだろうか。
 やはり盗難していたのは彼女だったのかと、その事実以外に何も気持ちが湧いてこなかった。
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