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第63話 あふれ出す心の声

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 何も考えないで日常生活を送れたらそんなに幸せなことはないけれど、残念ながら私にはそれが許されない。
 日々、頭を悩ませることがある。その対象は現在、シャルロット嬢ということになるだろう。

 今朝、机の中に見慣れぬ物が紛れ込んでいた。
 まさか果たし状かと思った(この発想が切ない)けれど、それはシャルロット嬢のことで話があるといった内容の手紙だった。差出人の名前は無い。
 無視しても良かったけれど、殿下やエミリア嬢のこと、噂のこともあったし、ずっと気にはかけていることだ。いい加減、目を逸らさないで向き合わないといけないと思った私は、約束の昼休みに行くことにした。

 相手はどうやら人目を避けたいらしい。確かにこの季節なら、外には誰も出たがらないだろうから。
 休み時間が来て、裏庭へと向かおうとして階段を下りたところで、シャルロット嬢に出会った。

「ヴィヴィアンナ様! こんにちは」
「あ、あら。シャルロット様、こんにちは」

 足を止めたものの、私が少し焦った表情を浮かべていたのだろう。彼女は小首を傾げた。

「どこかへ行かれるのですか?」
「そうなの。今から用事があって。ごめんなさいね」

 彼女とは毎日約束しているわけではないけれど、顔を合わせた以上、何となく謝ってしまう。彼女への後ろめたさもあったのかもしれない。

「いえいえ。今日は約束しておりませんし」
「そうね。また明後日ね」

 昼休みとしか書かれていなかったから、いつ当人が現れるか分からない。だから正直、こうして喋っている時間も惜しいと思う。
 彼女はそれを察したようで、すぐに話を切りあげてくれる。

「はい。それでは楽しみにしております」
「ええ。ではね」

 私は挨拶そこそこに別れを告げると、校舎裏へと急いだ。


 それ・・を見た時、まず最初に胸が痛みに襲われ、次にどくんと大きく心臓が跳ねるのに気付いた。
 いつもよりも鼓動が速く打ち、ほんの瞬間だけ呼吸の仕方を忘れたように息が詰まったけれど、目を伏せて心を落ち着かせると私は小走りに現場へと駆けて行った。
 すると私が勢いよく走って来るのに気付いた彼ら・・は、慌てて寄せ合っていた身体を離した。

「ヴィ、ヴィヴィアンナ! これ――わっ!?」

 私の前に立ちはだかろうとした殿下をどんと横に押しやって、エミリア嬢の手を取ると彼女は驚きの表情を浮かべた。

「エミリア様、今、凄い音が聞こえましたが、大丈夫でしたか? お怪我は?」
「え、ええ。大丈夫です」

 エミリア嬢から彼女の足元へと視線を移すと、そこには砕けた陶器の欠片と水が散乱しているが見えた。
 シャルロット嬢のことばかり頭にあって、すっかり失念していた。『植木鉢を上から落とされた』という事件がエミリア嬢に起こるのは今日だったとは。……ただし、これは植木鉢ではなく、水桶のようだ。

 記憶が間違っていたか、あるいは今世の状況の変化により、物事も変わってくるのかもしれない。それはともかく、何を置いても最優先すべき事項はこれだったのに。
 私は唇を噛みしめる。

「そう。無事で良かったわ」
「ありがとうございます」

 まさか第二段は無いだろうけれど、念の為にと、私は取ったままの彼女の手を引く。

「とりあえず、破片で怪我をすると大変だからこちらに」
「そ、そうですね」
「上から落ちてきたのでしょう?」

 私は視線を上にやる。当然、現在は誰の姿もない。

「は、はい」
「酷いわ。一体誰が落としたのかしら」
「……俺は無視か」

 二人で会話していると、背後で殿下の不愉快そうな声が聞こえてきたので、私は仕方なく振り向いた。

「あら、殿下。ごきげんよう。いらしたのですか」

 声は震えず、七面倒臭そうな声が出てほっとした。

「いらしたのですかって。まず俺を激しく突き飛ばしておいてそれか!」
「申し訳ございません。それどころではありませんでしたから」
「それどころってな。いや、まあ……事態はそれどころだけどさ。でも、もう少しこう反応の仕方が」

 何やらぶつぶつ呟く彼を無視して、私はまたエミリア嬢を見る。

「怖かったでしょう。本当にお怪我は無い?」
「はい。危ないところを殿下に助けていただきました」

 校舎に背を向けていたエミリア嬢と違って、正面を向いていた殿下が落下物に気付いて慌てて抱き寄せたといったところだろうか。
 と言うことは、殿下は犯人の顔を見た?

「殿下、これを落とした人を見ましたか?」
「いや。咄嗟にはそんな余裕はなかったよ。見上げた時には誰もいなかったし」

 まあ。何て役に立たない人でしょうと、私は心底呆れんばかりのため息をついた。

「おい。全部、心の声が出ているぞ!」
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