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第14話 婚約者に内定
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「殿下の謝罪は確かに受け取りましたわ」
「お、俺は謝罪など一切していない!」
はいはい。
あなたがそう思うならそうなんでしょう。あなたの中ではね。
「お、お前なぁ! はいはいって、その言い草!」
「あら。うっかり口に。失礼いたしました」
私は口に手を当てて笑う。
「ったく」
少し膨れっ面の殿下を見ながら、私はお父様の言葉を思い出す。
――暴力はいかんよ暴力は。
そう。それについては私も謝っておこう。最低限の礼義として。
「殿下」
「何だよ」
「わたくしも殿下を椅子から突き落としたこと、申し訳ございませんでした」
「っ! い、いいか! その事は誰にも言うんじゃないぞ! 女に転ばされたとあっては面目丸つぶれだからな!」
殿下は顔を真っ赤にして私を指さした。
「ええ。許していただけるなら」
私は何気なく言ったつもりだったが、殿下の耳には、許さないなら誰かに言っちゃうぞ、ぐらいの言葉に聞こえたらしい。
「許す! 許すから! 俺を脅すな!」
「まあ。心外ですこと」
焦った様子の殿下が可笑しくて、私はいつまでも年相応にころころと笑った。
あのお茶会から無事生還して、しばらく経った頃。
いつも落ち着いたお父様が、珍しく少し興奮した様子で王宮から帰ってきた。
「ヴィヴィアンナ! 本日、王からルイス殿下の婚約者にお前をとのお言葉を頂けたぞ! また、あらためて発表されるそうだ。まあ、私は確信していたがね」
そう言えば、お茶会で発表されると思っていたのだが、今回はそれが無かったことに今頃気がついた。
「そうですか」
ともかくも、どうやら首の皮一枚繋がったらしい。しかし、多少の和解をしたとは言え、脅されたと思っているあの殿下がよく納得したもの――はっ。もしや口封じのため?
……いや、普通に考えたらうちは王家に継ぐ発言力のある公爵家。絶対な権力を固めるために王様が独断で決めたのだろう。
「すごいね、ヴィヴィ! さすが僕の自慢の妹!」
「まあ、何て素晴らしい事でしょう。ヴィヴィアンナ! お祝いをしなくては」
「……ありがとうございます」
家族が盛りあがる中、私との温度差にも気付かず、お母様は身を屈めると強く抱きしめてきた。
「よくここまで頑張りましたね」
お母様、違います。ここからが問題なのです。ここが始まりなのですよ。それにこんなに喜んでくださっても私は、最後には婚約破棄されるのですから……。
罪悪感に囚われるが、母の温もりというものを久々に感じた気がして、この瞬間だけはと抱きしめ返した。
「お嬢様ぁ! 殿下とのご婚約おめでとうございます! お嬢様のお心が伝わったのですね。わたくし、感激で落涙いたしました」
部屋に戻ると、ユーナは目元にハンカチを添えつつ、喜色満面で迎えてくれた。
「……ありがと」
「あら? どうしました? 喜んでおられないのですか?」
憂鬱そうな私の顔色を察した彼女は眉を落とした。
「今からが大変ですもの」
「ああ。なるほど。確かにそうですわね。でも大丈夫。このユーナ、僭越ながらヴィヴィアンナ様がこの国の王妃に相応しい立派なご令嬢になられますよう、しっかりと補助させていただきます!」
誇らしげに胸に手をやるユーナに、私は手を振って面倒くさそうに否定する。
「あ、いいのいいの。わたくし、立派な令嬢になるために頑張るつもりは一切ないから」
立派なご令嬢にならないように努力するのだから。
「え。ではどうされるのですか?」
「どうって。そうね。自然体で行くの。殿下にもバンバン悪態をつく女になるのよ」
噂などに頼っていないで、殿下に直接、悪役令嬢として印象づけよう。好きなことを好きなだけ言えばいいのだもの。楽なものだわ。
私はちょっと得意げになって、一方で困惑しているであろうユーナを見た。
「……なるほど。女性の意見を尊重させる改革をお考えですね? 時代の先取りですね! さすが我が麗しのヴィヴィアンナ様です! わたくしはもちろんヴィヴィアンナ様を応援いたします!」
ええ、私。
ユーナの誤解を解くのはもう……諦めました。
「お、俺は謝罪など一切していない!」
はいはい。
あなたがそう思うならそうなんでしょう。あなたの中ではね。
「お、お前なぁ! はいはいって、その言い草!」
「あら。うっかり口に。失礼いたしました」
私は口に手を当てて笑う。
「ったく」
少し膨れっ面の殿下を見ながら、私はお父様の言葉を思い出す。
――暴力はいかんよ暴力は。
そう。それについては私も謝っておこう。最低限の礼義として。
「殿下」
「何だよ」
「わたくしも殿下を椅子から突き落としたこと、申し訳ございませんでした」
「っ! い、いいか! その事は誰にも言うんじゃないぞ! 女に転ばされたとあっては面目丸つぶれだからな!」
殿下は顔を真っ赤にして私を指さした。
「ええ。許していただけるなら」
私は何気なく言ったつもりだったが、殿下の耳には、許さないなら誰かに言っちゃうぞ、ぐらいの言葉に聞こえたらしい。
「許す! 許すから! 俺を脅すな!」
「まあ。心外ですこと」
焦った様子の殿下が可笑しくて、私はいつまでも年相応にころころと笑った。
あのお茶会から無事生還して、しばらく経った頃。
いつも落ち着いたお父様が、珍しく少し興奮した様子で王宮から帰ってきた。
「ヴィヴィアンナ! 本日、王からルイス殿下の婚約者にお前をとのお言葉を頂けたぞ! また、あらためて発表されるそうだ。まあ、私は確信していたがね」
そう言えば、お茶会で発表されると思っていたのだが、今回はそれが無かったことに今頃気がついた。
「そうですか」
ともかくも、どうやら首の皮一枚繋がったらしい。しかし、多少の和解をしたとは言え、脅されたと思っているあの殿下がよく納得したもの――はっ。もしや口封じのため?
……いや、普通に考えたらうちは王家に継ぐ発言力のある公爵家。絶対な権力を固めるために王様が独断で決めたのだろう。
「すごいね、ヴィヴィ! さすが僕の自慢の妹!」
「まあ、何て素晴らしい事でしょう。ヴィヴィアンナ! お祝いをしなくては」
「……ありがとうございます」
家族が盛りあがる中、私との温度差にも気付かず、お母様は身を屈めると強く抱きしめてきた。
「よくここまで頑張りましたね」
お母様、違います。ここからが問題なのです。ここが始まりなのですよ。それにこんなに喜んでくださっても私は、最後には婚約破棄されるのですから……。
罪悪感に囚われるが、母の温もりというものを久々に感じた気がして、この瞬間だけはと抱きしめ返した。
「お嬢様ぁ! 殿下とのご婚約おめでとうございます! お嬢様のお心が伝わったのですね。わたくし、感激で落涙いたしました」
部屋に戻ると、ユーナは目元にハンカチを添えつつ、喜色満面で迎えてくれた。
「……ありがと」
「あら? どうしました? 喜んでおられないのですか?」
憂鬱そうな私の顔色を察した彼女は眉を落とした。
「今からが大変ですもの」
「ああ。なるほど。確かにそうですわね。でも大丈夫。このユーナ、僭越ながらヴィヴィアンナ様がこの国の王妃に相応しい立派なご令嬢になられますよう、しっかりと補助させていただきます!」
誇らしげに胸に手をやるユーナに、私は手を振って面倒くさそうに否定する。
「あ、いいのいいの。わたくし、立派な令嬢になるために頑張るつもりは一切ないから」
立派なご令嬢にならないように努力するのだから。
「え。ではどうされるのですか?」
「どうって。そうね。自然体で行くの。殿下にもバンバン悪態をつく女になるのよ」
噂などに頼っていないで、殿下に直接、悪役令嬢として印象づけよう。好きなことを好きなだけ言えばいいのだもの。楽なものだわ。
私はちょっと得意げになって、一方で困惑しているであろうユーナを見た。
「……なるほど。女性の意見を尊重させる改革をお考えですね? 時代の先取りですね! さすが我が麗しのヴィヴィアンナ様です! わたくしはもちろんヴィヴィアンナ様を応援いたします!」
ええ、私。
ユーナの誤解を解くのはもう……諦めました。
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