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「ルディアンナ・ブラントーム。君とは婚約破棄させてもらう!」

 最高学年の卒業式後に催される社交パーティーである場で、この国の第一王位後継者のアデル殿下が男爵家の娘、私、エリーゼ・バルトを側に控えさせて、侯爵令嬢であるルディアンナ・ブラントーム様に向かってそう言い放った。

 愚かな人だと思った。
 殿下の背中でこぼれる笑みを隠す。

 けれど公の場で婚約破棄を言い渡されたにもかかわらず、ルディアンナ様は動揺することもなく落ち着き払っている。
 これこそが、上級貴族が幼き頃より身に付ける誇りというものなのかもしれない。屈辱的な立場に置かされながらも、いまだその威光が消えることはない。

「それは君が王室に入る人間としてふさわしくない人物だからだ!」

 殿下はルディアンナ様に再び侮蔑的な言葉をぶつける。

「あら。どういった所でしょうか。わたくしはお后教育を受け、将来的に立派な王妃になるために真摯に向き合い、力を尽くしてまいりました」

 ルディアンナ様は反論する。
 彼女は容姿端麗で気高く誠実で、また学業にも優れ、女子生徒の憧れの存在だ。そんな彼女のどこに欠点があると言うのだろうか。
 おそらく――無い。

 いや。もしあるとすれば、それは完璧すぎる所だろう。殿下の肩には、彼女の眩しいまでの功績があまりにも重すぎるのだ。
 殿下が望まれているのは有能すぎる、実直すぎる、まるで隙の無い女性ではない。王太子としての立場も責務も何もかも忘れて、ただ肩の力を抜いて笑い合える相手だ。

 だから私は演じてみせた。
 ルディアンナ様とまるで正反対の人物を。

 うっかり失敗するような完璧ではない人間を。
 けれどどこか憎めない天真爛漫さを持つ人間を。
 無垢な笑顔を絶やさない人間を。
 親しげに殿下の名を呼ぶ人間を。
 甘い言葉だけを囁く人間を。

 もし愚かな考えに気付いて改めるのならば、私は途中で止めることだってできたわ。けれど殿下は私の手にまんまと堕ちてくれた。
 ――あなたの負けよ。

 ルディアンナ様。
 あなたが真摯に向き合えば向き合うほど、殿下は私に傾倒した。私をより際立たせただけだった。もうあなたの役目は終わった。次は私の番よ。もう消えていいわ。
 唇から笑みがこぼれて仕方がない。

 私の表情に気付いたルディアンナ様は冷たい視線を送ってくるけれど、今、私はとてもワクワクしているの。お願い。早く退場してちょうだい。
 あなたに私の輝かしい姿を見せることが叶わないのは残念だけど、ここからは私が主役よ。

 もっと私を見てほしい。
 皆の視線を私に釘付けにしたいの!

「それではごきげんよう。――未来永劫さようなら、アデル殿下」

 思いが通じたのか、ルディアンナ様は捨て台詞を残して身を翻すと会場から出ていった。
 緊張感に包まれていた場に誰ともなく、ほっとしたようなため息がこぼれる。
 すると殿下は厳しい態度を瞬く間に崩して笑顔で私を見つめた。

「エリーゼ、もう大丈夫だ」
「殿下……ルディアンナ様は」
「何も心配することはない。君には私がついている。ゆくゆくは君を王室に迎え入れたいと思っているんだ」
「で、殿下!?」

 殿下は照れた様子で頭を掻いた。

「ああ、しまった。流れで言ってしまったな。ちゃんと伝えるから聞いてくれるか?」
「はい。ですが私は」

 控えめな姿勢を見せると、殿下は心配するなと笑う。

「身分のことならば問題はない。私が父を、陛下を説得してみせる。それでも君が気になるようだったら、養子縁組をして身分を上げることもできる。だからどうか私と――」

 殿下は跪いて私に手を差し伸べた。

「どうか私と結婚してほしい」

 身分がはるかに低い私に膝を折って懇願する殿下を見て、私は胸が一杯になる。

「殿下、身に余る光栄にございます」

 溢れこぼれそうな思いを包み込むように両手を胸元で合わせた。

「誠にありがとうございます、殿下」

 感動で潤んだ瞳を殿下に向ける。

「ですが、殿下。私には婚約話を進めている方がおります」
「そうか! 良かっ……は、え、は。――はああぁぁっ!?」

 殿下は心底驚いた声で叫んで立ち上がった。それと共に色めき立つ周囲の声がとても耳に心地良い。

「こ、婚約話だと!? あ、相手は誰だ!」
「隣国の第二王子です。お忍びでこの国にご訪問された時に偶然出会い、互いにひと目で恋に落ちたのです」
「り、隣国とは大国のルートビアか!?」
「はい、そうです」

 隣国のルートビア国はこの国よりも規模がはるかに大きく、軍事力も高いが今は和平条約の下、この国に干渉してくることはない。しかし元々は気性の荒い国民性である。もし横恋慕などしようものなら、軍を引き連れてやって来かねない程には情熱的なお方だ。

「そ、そんなこと、これまで言わなかったじゃないか!」
「申し訳ございません。あちら様は婚約を早急に進めたいとおっしゃっているのですが、私は何ぶん学生の身ですし、内密にしておりました。それにその、まさか殿下にこれ程までご寵愛いただいていたとは露知らず……」
「……そ、そんな」

 ちらりと窺うような下目遣いで見つめる。すると体に力が入らなくなったらしい殿下は膝から崩れ落ちた。

「申し訳ございません。けれど殿下のお気持ちはとても嬉しかったです。この事を誇りとして胸に刻み、生きていきます。誠にありがとうございました。ご報告も済みましたことですし、これで失礼させていただきますね。それではごきげんよう」

 返答もなく、放心状態になっている殿下に私は丁寧に礼を取ると、ざわめきが高まった会場を背に出て行った。
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