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【番外編:ユリア編】
第309話 伝えている言葉。届かない思い(一)
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「ねえ、ユリア。あ、あのね」
テーブルを拭いている私の背にロザンヌ様は声をかけてきた。
なぜか、もじもじとした様子だ。何か言いづらいことがあるらしい。
「何でしょうか」
「あ、あのね。ええっと。ジェ、ジェラルド様のことなのだけれど」
「はい」
ロザンヌ様は意を決したように拳を作った。
「ユ、ユリアはジェラルド様のことを。ど――どう思っている!?」
「好きです」
「あ、うん。それ知ってたぁ……」
がっかりした様子でロザンヌ様は肩を落とされた。
私の答えは、ロザンヌ様が望む答えではないことは分かっている。しかしそれ以外の答えを私は持っていない。持つことなど許されるわけがない。
午前中の仕事が終わり、私はお部屋に飾るお花を頂きに行こうと思ったが、何かに誘われるようにふと足を逆方向に向けてみた。
歓声が漏れ聞こえるその建物を出入り口から少し覗いてみると、中では騎士たちが鍛錬している姿を見ることができる。私が休みをもらった日はここで一緒に鍛錬させていただく場でもある。
騎士と言っても様々で、体格に恵まれた力技を得意とする者もいれば、俊敏性を生かして巧みに技を繰り出す者、他より体力は劣るが頭脳明晰な参謀タイプなどもいて、適性検査ののちに配属される場も装備品も鍛錬内容も異なってくると言う。
そんな多種多様な人材がいる騎士だが、国王陛下や殿下に就く護衛騎士はまず第一に確かな血筋が求められるだろう。その上で攻守ともに優れ、瞬時の判断力と決断力、そして行動力が要求される。騎士の代表者となるので人格者であり、もしかしたら容姿も重要視されているかもしれない。つまり全てを兼ね備えた選りすぐりの人物である。
王太子殿下の護衛騎士官長であるジェラルド様はこの国の一、二を争う最高の騎士だということだ。
若手騎士を指導する立場でもあるジェラルド様は、普段は穏やかでも鍛錬場では引き締まった表情で威圧感を放っている。まるでそこだけ特別な光で照らされているようだ。
ジェラルド様は、ロザンヌ様を庇う殿下に怪我を負わせてしまったことに対して自責の念に駆られているご様子だったが、あれは手を出した殿下が悪い。時には、自分の身は自分で守るのも殿下としての役目だ。
そもそも殿下が手を出さなくてもジェラルド様は十分対応することができていた。
まあ、今回のことはむしろ殿下の行動が良い結果を導いたということは否めない。だからジェラルド様はなおさら気になどなさらなくていい。
と、つたない私の言葉でお伝えすると、ジェラルド様は少し困ったようにありがとうございますと微笑まれていた。
もしかしたらどこかで言葉選びを間違ったのかもしれない。
「素敵、ジェラルド様!」
女性の声が上がり、はっと思考から戻る。
一時休憩に入ったようだ。
身なりが整った綺麗な女性たちから声援をかけられているジェラルド様をもう一度見ると、私は身を翻した。
「こんにちは」
温室に入った私はユアンさんに挨拶をする。
「ああ、ユリア。いらっしゃい。用意しているよ」
「ありがとうございます」
言葉通り既に用意してくれていたお花を一本渡してくれた。
「ロザンヌ様はその後、どう」
「お元気にされています」
「そう。結局、一日で戻って来たんだっけ」
さすがのロザンヌ様も、ここに戻ってきたと報告に来た時は気まずそうにしていた。
「要するに痴話喧嘩の末、一晩家出したみたいなものです」
「そ。人騒がせな人だね」
呆れたような口調だが、その表情は柔らかい。
貴族が嫌いだと言っていた彼とは思えない意外な反応だ。
「はい。それがロザンヌ様なのです」
「それっていいの?」
苦笑いするユアンさんに私はそれでいいのですと笑い返した。
お花のお礼を言って温室を後にした私は、ロザンヌ様の部屋に向かう。
すると。
「ユリアさん」
振り返った先にいるのはジェラルド様だ。
鍛錬が終わったようで、練習着から騎士服に着替えているが、練習着でも品格がおありだった。それはやはり伯爵家のご令息としての品性なのだろう。
「こんにちは。これから護衛官室へ向かわれるのですか」
「はい。ユリアさんは」
ジェラルド様は私の手に視線を落とす。
「お花を頂いてきたのですか。ユアンさんから」
「はい。これからロザンヌ様のお部屋に飾りに行きます」
「……ユリアさんはユアンさんと仲が良いのですね」
お花をもらうことがユアンさんと仲が良い証明になるのだろうか。そうではない気がするが。
「ユアンさんにはお花を分けていただいているのでよくお話はしています」
「そうですか。では、私とはどうでしょうか」
「え?」
ジェラルド様は私の武術の師匠で、殿下の護衛騎士でとてもお強い。ロザンヌ様の送迎をご一緒していただいて、よくお話しをしてくださったり、お茶に誘っていただいたり気遣いの方だ。暴走しそうになった私を冷静沈着に収めてくださった人格も優れたお方でもある。
「恐れ多くも仲が良いと申し上げていいのか分かりません」
「恐れ多く……」
苦そうな表情を浮かべるジェラルド様を見て、私はまた言葉選びを間違えたことに気づいて付け加える。
「ですが、私はジェラルド様が好きです」
ジェラルド様は一瞬目を見開いたが、すぐに自嘲するかのような微笑みを浮かべられた。
「そうですか。ありがとうございます。私もユリアさんのことが好きです」
「……ありがとうございます」
伝えているのに届かない思い。伝えてもらっているのに響かない言葉。
でもそれで……いいのかもしれない。
テーブルを拭いている私の背にロザンヌ様は声をかけてきた。
なぜか、もじもじとした様子だ。何か言いづらいことがあるらしい。
「何でしょうか」
「あ、あのね。ええっと。ジェ、ジェラルド様のことなのだけれど」
「はい」
ロザンヌ様は意を決したように拳を作った。
「ユ、ユリアはジェラルド様のことを。ど――どう思っている!?」
「好きです」
「あ、うん。それ知ってたぁ……」
がっかりした様子でロザンヌ様は肩を落とされた。
私の答えは、ロザンヌ様が望む答えではないことは分かっている。しかしそれ以外の答えを私は持っていない。持つことなど許されるわけがない。
午前中の仕事が終わり、私はお部屋に飾るお花を頂きに行こうと思ったが、何かに誘われるようにふと足を逆方向に向けてみた。
歓声が漏れ聞こえるその建物を出入り口から少し覗いてみると、中では騎士たちが鍛錬している姿を見ることができる。私が休みをもらった日はここで一緒に鍛錬させていただく場でもある。
騎士と言っても様々で、体格に恵まれた力技を得意とする者もいれば、俊敏性を生かして巧みに技を繰り出す者、他より体力は劣るが頭脳明晰な参謀タイプなどもいて、適性検査ののちに配属される場も装備品も鍛錬内容も異なってくると言う。
そんな多種多様な人材がいる騎士だが、国王陛下や殿下に就く護衛騎士はまず第一に確かな血筋が求められるだろう。その上で攻守ともに優れ、瞬時の判断力と決断力、そして行動力が要求される。騎士の代表者となるので人格者であり、もしかしたら容姿も重要視されているかもしれない。つまり全てを兼ね備えた選りすぐりの人物である。
王太子殿下の護衛騎士官長であるジェラルド様はこの国の一、二を争う最高の騎士だということだ。
若手騎士を指導する立場でもあるジェラルド様は、普段は穏やかでも鍛錬場では引き締まった表情で威圧感を放っている。まるでそこだけ特別な光で照らされているようだ。
ジェラルド様は、ロザンヌ様を庇う殿下に怪我を負わせてしまったことに対して自責の念に駆られているご様子だったが、あれは手を出した殿下が悪い。時には、自分の身は自分で守るのも殿下としての役目だ。
そもそも殿下が手を出さなくてもジェラルド様は十分対応することができていた。
まあ、今回のことはむしろ殿下の行動が良い結果を導いたということは否めない。だからジェラルド様はなおさら気になどなさらなくていい。
と、つたない私の言葉でお伝えすると、ジェラルド様は少し困ったようにありがとうございますと微笑まれていた。
もしかしたらどこかで言葉選びを間違ったのかもしれない。
「素敵、ジェラルド様!」
女性の声が上がり、はっと思考から戻る。
一時休憩に入ったようだ。
身なりが整った綺麗な女性たちから声援をかけられているジェラルド様をもう一度見ると、私は身を翻した。
「こんにちは」
温室に入った私はユアンさんに挨拶をする。
「ああ、ユリア。いらっしゃい。用意しているよ」
「ありがとうございます」
言葉通り既に用意してくれていたお花を一本渡してくれた。
「ロザンヌ様はその後、どう」
「お元気にされています」
「そう。結局、一日で戻って来たんだっけ」
さすがのロザンヌ様も、ここに戻ってきたと報告に来た時は気まずそうにしていた。
「要するに痴話喧嘩の末、一晩家出したみたいなものです」
「そ。人騒がせな人だね」
呆れたような口調だが、その表情は柔らかい。
貴族が嫌いだと言っていた彼とは思えない意外な反応だ。
「はい。それがロザンヌ様なのです」
「それっていいの?」
苦笑いするユアンさんに私はそれでいいのですと笑い返した。
お花のお礼を言って温室を後にした私は、ロザンヌ様の部屋に向かう。
すると。
「ユリアさん」
振り返った先にいるのはジェラルド様だ。
鍛錬が終わったようで、練習着から騎士服に着替えているが、練習着でも品格がおありだった。それはやはり伯爵家のご令息としての品性なのだろう。
「こんにちは。これから護衛官室へ向かわれるのですか」
「はい。ユリアさんは」
ジェラルド様は私の手に視線を落とす。
「お花を頂いてきたのですか。ユアンさんから」
「はい。これからロザンヌ様のお部屋に飾りに行きます」
「……ユリアさんはユアンさんと仲が良いのですね」
お花をもらうことがユアンさんと仲が良い証明になるのだろうか。そうではない気がするが。
「ユアンさんにはお花を分けていただいているのでよくお話はしています」
「そうですか。では、私とはどうでしょうか」
「え?」
ジェラルド様は私の武術の師匠で、殿下の護衛騎士でとてもお強い。ロザンヌ様の送迎をご一緒していただいて、よくお話しをしてくださったり、お茶に誘っていただいたり気遣いの方だ。暴走しそうになった私を冷静沈着に収めてくださった人格も優れたお方でもある。
「恐れ多くも仲が良いと申し上げていいのか分かりません」
「恐れ多く……」
苦そうな表情を浮かべるジェラルド様を見て、私はまた言葉選びを間違えたことに気づいて付け加える。
「ですが、私はジェラルド様が好きです」
ジェラルド様は一瞬目を見開いたが、すぐに自嘲するかのような微笑みを浮かべられた。
「そうですか。ありがとうございます。私もユリアさんのことが好きです」
「……ありがとうございます」
伝えているのに届かない思い。伝えてもらっているのに響かない言葉。
でもそれで……いいのかもしれない。
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