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第301話 王宮に向けて
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固辞されたジェラルドさんとユリアを除いた皆で朝食を取り終わった後、私は学校へ、殿下らは王宮へと戻ることになった。
私物に関しては、今日は他の馬車を兄たちがどうしても必要としているらしいので、私を一度学校まで送り届けた後、ユリアが家に引き返し荷物を詰めて戻って来るとのことだ。
お見送りに外に出た家族に対して、殿下は突然来訪した非礼をあらためて詫び、接待のお礼を述べた。
次こそは必ず連絡を入れてから来ることを約束していらっしゃったが……本当だろうか。ブラックウェル様の手記によると、ルイス殿下も奔放な所がおありだったようだし、エルベルト殿下もその血を色濃く継いでいるのかもしれない。
「ロザンヌ嬢」
挨拶を済ませた殿下は私に振り返った。
殿下とジェラルドさんは馬二頭で駆けてきたので、その馬に乗ってお帰りになり、私は馬車で学校に行くので別々に向かうことになるのだ。
「……王宮で君の帰りを待っている」
「はい。道中お気を付けてくださいませ」
「ありがとう。君も気をつけて」
殿下とジェラルドさんはそれぞれ馬に乗り上がる。
「ではダングルベール家の皆様。ありがとうございました。失礼いたします」
最後にお二人はもう一度だけ挨拶をすると、馬に合図を送って走らせた。
私たちは殿下らのお姿が見えなくなるまでお見送りし、やがてその姿が完全に消えた頃、母がさあと声を上げた。
「それではロザンヌも学校に行かなくてはね」
「はい」
馬車の中には今持って行けるだけの荷物もすでに運び込まれていて、私とユリアは乗り込むだけだ。
「ロザンヌ、行ってらっしゃい。くれぐれも殿下にご迷惑をかけないようにね。それとこれからは……きちんとお話しをするのよ?」
「はい。お母様」
「ユリアにも苦労をかけるけれどよろしくね。あなたも元気でいるのよ」
「はい。承知いたしました」
ユリアが頷くと次に口を開いたのはアシル兄様だ。
「ロザンヌもユリアも体には気をつけて。ユリア、ロザンヌを頼むね」
「はい、アシル兄様」
「かしこまりました」
「……ああ。でも前回送り出した時の気持ちのようにはなれないよ」
憂鬱そうに呟いたアシル兄様の横で、シモン兄様もため息をつく。
「本当。ロザンヌが殿下にご寵愛を受けるとはね。今でも信じられないよ。ロザンヌが遠くへ行ってしまうようで寂しくなるな」
「シモン兄様」
まだ先のお話なのに、珍しく感傷的なシモン兄様を前に何だか私までうるっと来てしまう。
「あ。でも結婚前に下手なことをして婚約破棄なんてされたら、目も当てられないからな。結婚するまではしっかり猫をかぶっておくように」
……うん。やはりシモン兄様です。おかげで感傷気分が吹っ飛びました。
ただ、猫かぶりはもう無駄かと思われます。猫なら一時憑いていたのですけれどね。
「ロザンヌ」
苦笑いしていると父が私に声をかけてきたので視線を移すと、私の手を両手で包み込んだ。
先ほどから沈黙を守ったままだったので、声が聞けてほっとする。
「王宮での生活がつらくなったらすぐに帰ってきていいからね」
「はい。ありがとうございます。でも昨日一日戻ってきただけですので、大丈夫ですよ? もうあちらの生活にも馴染んできておりますので」
むしろ自宅のベッドに違和感を覚えたぐらいで。
「いい、いい。別に馴染まなくていいから! お休みが出なくても頻繁に帰ってきなさい!」
「は、はい!」
え。お休みが出なくても!?
一瞬そう思ったが、いつにない父の強い口調と手を握ってくる力に私も力強く返事をした。
「――では。行ってまいります」
私とユリアは家族に最後の挨拶をして馬車に乗り込むと、見送ってくれている家族を背にして馬車は緩やかに動き出した。
昨日は王宮を離れることに感傷的になったのに、やはり故郷を離れる気持ちも寂しさがあって不思議な感覚がする。我が家も王宮も自分の居場所となっているのだろう。
しばらく風景を眺めていたけれど、私はユリアに話さなければならないことがあって、前に座る彼女に視線を移した。
「あのね、ユリア」
「はい」
「この度は本当にごめんなさい。わたくしの未熟さのせいで、あなたを振り回してしまったわ」
するとユリアはふっと笑みを浮かべた。
「振り回すだなんて――今さらです」
「え?」
「私は出会った時からロザンヌ様に振り回されていました。これからもきっと振り回されているでしょう。覚悟の上で私はロザンヌ様に付いてきました。だからロザンヌ様が気にすることではありません」
「……ありがとう。これからもよろしくお願いいたします」
「はい」
頷くユリアにほっとしつつ、私はもう一つ切り出したい話があった。
「それと」
口ごもる私にユリアは察したようだ。
「歴史書の翻訳についてでしょうか」
「え、ええ。……その。あのお仕事はあなたにとって、知識を生かせる天職だと思うの」
殿下の手前か、遠回しに翻訳はしないと私が言わせてしまった。一度はユリアから引き離してしまった天職にまた再び就いてというのも都合が良すぎるとは思うが……。
「ロザンヌ様。するもしないも私の自由で、私の意思を尊重すると殿下はおっしゃいました。私にとって、ロザンヌ様が考えているほど天職とは思えませんが、気が向いたらまあ、やってあげてもいいでしょう」
やけに上から目線のユリアに可笑しくなって吹き出す。
「随分と強気ね」
「はい。ロザンヌ様を見習わせていただきました」
ユリアはお澄まし顔で頷いた。
私物に関しては、今日は他の馬車を兄たちがどうしても必要としているらしいので、私を一度学校まで送り届けた後、ユリアが家に引き返し荷物を詰めて戻って来るとのことだ。
お見送りに外に出た家族に対して、殿下は突然来訪した非礼をあらためて詫び、接待のお礼を述べた。
次こそは必ず連絡を入れてから来ることを約束していらっしゃったが……本当だろうか。ブラックウェル様の手記によると、ルイス殿下も奔放な所がおありだったようだし、エルベルト殿下もその血を色濃く継いでいるのかもしれない。
「ロザンヌ嬢」
挨拶を済ませた殿下は私に振り返った。
殿下とジェラルドさんは馬二頭で駆けてきたので、その馬に乗ってお帰りになり、私は馬車で学校に行くので別々に向かうことになるのだ。
「……王宮で君の帰りを待っている」
「はい。道中お気を付けてくださいませ」
「ありがとう。君も気をつけて」
殿下とジェラルドさんはそれぞれ馬に乗り上がる。
「ではダングルベール家の皆様。ありがとうございました。失礼いたします」
最後にお二人はもう一度だけ挨拶をすると、馬に合図を送って走らせた。
私たちは殿下らのお姿が見えなくなるまでお見送りし、やがてその姿が完全に消えた頃、母がさあと声を上げた。
「それではロザンヌも学校に行かなくてはね」
「はい」
馬車の中には今持って行けるだけの荷物もすでに運び込まれていて、私とユリアは乗り込むだけだ。
「ロザンヌ、行ってらっしゃい。くれぐれも殿下にご迷惑をかけないようにね。それとこれからは……きちんとお話しをするのよ?」
「はい。お母様」
「ユリアにも苦労をかけるけれどよろしくね。あなたも元気でいるのよ」
「はい。承知いたしました」
ユリアが頷くと次に口を開いたのはアシル兄様だ。
「ロザンヌもユリアも体には気をつけて。ユリア、ロザンヌを頼むね」
「はい、アシル兄様」
「かしこまりました」
「……ああ。でも前回送り出した時の気持ちのようにはなれないよ」
憂鬱そうに呟いたアシル兄様の横で、シモン兄様もため息をつく。
「本当。ロザンヌが殿下にご寵愛を受けるとはね。今でも信じられないよ。ロザンヌが遠くへ行ってしまうようで寂しくなるな」
「シモン兄様」
まだ先のお話なのに、珍しく感傷的なシモン兄様を前に何だか私までうるっと来てしまう。
「あ。でも結婚前に下手なことをして婚約破棄なんてされたら、目も当てられないからな。結婚するまではしっかり猫をかぶっておくように」
……うん。やはりシモン兄様です。おかげで感傷気分が吹っ飛びました。
ただ、猫かぶりはもう無駄かと思われます。猫なら一時憑いていたのですけれどね。
「ロザンヌ」
苦笑いしていると父が私に声をかけてきたので視線を移すと、私の手を両手で包み込んだ。
先ほどから沈黙を守ったままだったので、声が聞けてほっとする。
「王宮での生活がつらくなったらすぐに帰ってきていいからね」
「はい。ありがとうございます。でも昨日一日戻ってきただけですので、大丈夫ですよ? もうあちらの生活にも馴染んできておりますので」
むしろ自宅のベッドに違和感を覚えたぐらいで。
「いい、いい。別に馴染まなくていいから! お休みが出なくても頻繁に帰ってきなさい!」
「は、はい!」
え。お休みが出なくても!?
一瞬そう思ったが、いつにない父の強い口調と手を握ってくる力に私も力強く返事をした。
「――では。行ってまいります」
私とユリアは家族に最後の挨拶をして馬車に乗り込むと、見送ってくれている家族を背にして馬車は緩やかに動き出した。
昨日は王宮を離れることに感傷的になったのに、やはり故郷を離れる気持ちも寂しさがあって不思議な感覚がする。我が家も王宮も自分の居場所となっているのだろう。
しばらく風景を眺めていたけれど、私はユリアに話さなければならないことがあって、前に座る彼女に視線を移した。
「あのね、ユリア」
「はい」
「この度は本当にごめんなさい。わたくしの未熟さのせいで、あなたを振り回してしまったわ」
するとユリアはふっと笑みを浮かべた。
「振り回すだなんて――今さらです」
「え?」
「私は出会った時からロザンヌ様に振り回されていました。これからもきっと振り回されているでしょう。覚悟の上で私はロザンヌ様に付いてきました。だからロザンヌ様が気にすることではありません」
「……ありがとう。これからもよろしくお願いいたします」
「はい」
頷くユリアにほっとしつつ、私はもう一つ切り出したい話があった。
「それと」
口ごもる私にユリアは察したようだ。
「歴史書の翻訳についてでしょうか」
「え、ええ。……その。あのお仕事はあなたにとって、知識を生かせる天職だと思うの」
殿下の手前か、遠回しに翻訳はしないと私が言わせてしまった。一度はユリアから引き離してしまった天職にまた再び就いてというのも都合が良すぎるとは思うが……。
「ロザンヌ様。するもしないも私の自由で、私の意思を尊重すると殿下はおっしゃいました。私にとって、ロザンヌ様が考えているほど天職とは思えませんが、気が向いたらまあ、やってあげてもいいでしょう」
やけに上から目線のユリアに可笑しくなって吹き出す。
「随分と強気ね」
「はい。ロザンヌ様を見習わせていただきました」
ユリアはお澄まし顔で頷いた。
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