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第300話 過去ではなく現在。そして未来

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 前回同様、会話も弾み、(父は極端に口数が少なかったが)食事会は滞りなく終わりを迎えることができた。その後は部屋で休むにはまだ早いということで、皆、談話室へと足を伸ばす。
 食事の時はこみ上げる感情で気付かなかったが、殿下とジェラルドさんが我が家の談話室にいる光景に、頭が若干混乱を来たしたものだ。

 ともあれ、夜が更けた頃、お休みの挨拶を交わして各々部屋で休むことになった。

 ベッドに入って考えてみる。
 ここ数日は心の揺れ幅が本当に激しい慌ただしい日々だった。特に今日は殿下にご相談一つせずに自分勝手に王宮を出た後、その夕方には殿下が迎えに来てくださるという事態となった。
 殿下とジェラルドさんにご迷惑をかけ、家族を心配させ、自分がしたことはあまりにも拙すぎる行動だったとあらためて恥ずかしく思う。

 そんな反省をしているものだから、しかも昼寝をしたものだから、頭が冴えて眠れない――などということは一切なく、気付けばいつの間にかぐっすりと眠っており、そのまま朝を迎えた。


 ユリアにいつものごとく揺り起こされて私は目覚める。
 いつもと違うベッドの感覚に、けれど慣れ親しんだ感覚に、はっと目が見開いた。

 そうだ、昨日私は家に帰ってきた!
 がばりと起き上がる私にユリアは少し目を見張る。

「で、殿下は? 殿下はいらっしゃる!?」

 まさか昨日のことは全て、自分の都合の良い夢だったりはしていないだろうか。

「もう起きて準備をしていらっしゃいます」
「い、いらっしゃるの!?」
「はい。おられます。もう起きて準備していらっしゃいます」

 ユリアは同じ言葉を繰り返す。
 端々にだから早く着替えろという意味が見え隠れしているのは分かっているが、私はまた彼女に問いかける。

「き、昨日、殿下とジェラルド様が家にいらっしゃったわよね?」
「はい」
「殿下は昨日、わたくしをお迎えに来てくださったのよね」
「はい」
「殿下はわたくしに、け、結婚のお言葉を下さった……のよね?」
「はい」

 あまりにも淡々と答えるユリアに本当の話なのかどうか、分からなくなってきた。

「ロザンヌ様、お二人はもう起きてご準備をなさって――」
「ユリア! ほ、本当に嘘をついていないわよね!」
「はい」
「これって夢じゃない、わよね?」
「……はい」

 段々面倒くさそうな表情に変わってきているのが分かりつつも、聞かずにはいられないのだ。許してほしい。

「夢だと思われるなら早く確かめられてはどうですか」
「そ、そうね。そうよね」

 ユリアとしては、早く着替えて殿下に会いに行けということを言いたかったのだと後から思う。けれど私は今この場で確かめようと、頬をぎゅっとつねった。

「ロザンヌ様」

 冷めた表情をしていた彼女の片眉が上がる。

「痛みでお確かめになりたいのならば、ご自分の頬をつねってください」
「……あ。ご、ごめんなさい。混乱して」

 私は慌ててユリアの頬から指を離した。


 殿下はお庭におられるということで、朝の準備を手早く終えて外に出るとすぐに殿下の後ろ姿を確認することができた。
 目映い朝の光を浴びている殿下はあまりにも神々しく見えて、声をかけることがためらわれる。ひと度声をかけてしまえば、またたく間に弾け消える繊細で、はかない虹色の夢のようで。

 すると殿下は人の気配に気付いたのか、不意に振り返る。

「ああ、いたのか。ロザンヌ嬢。――おはよう」

 殿下は私に輝くような笑顔で挨拶し、私のすぐ近くまで歩いてきてくださった。
 まるで弾けた夢の中から現実に出てきてくれたような感覚に、私は驚きで一瞬目を見張ったが、首を傾げた殿下に再度声をかけられて我に返る。

「おはようございます、殿下」

 私は慌てて礼を取った。

「と、とてもお天気が良いですね。気持ちいい朝です」

 動揺していた私は、王宮を出る前日に言った言葉が口から飛び出してしまった。
 あの時は、私の言葉で殿下は窓へと一度視線を外して少しがっかりしたものだけれど、本日の殿下は私から視線を外さない。

「そうだな。そうみたいだ。だけど珍しいな。君が天気のことを気にするなんて」
「そうですか?」

 二人とも意図的にあの日と同じ台詞で言葉を交わすが、本日は一挙一動を見逃すまいと殿下の視線は私に固定されたままだ。
 悔やまれたのかもしれない。いつもとは違う私の態度の意味を読み取れなかったことを。

「ああ。晴れの日も雨の日も、君がご機嫌なのは変わりない」
「そうですね。晴れの日も、雨の日も。雷の日でさえ」

 言葉を切って一呼吸すると私は目一杯の笑顔を見せた。

「大好きです」

 過去の話ではなくて現在の話。――そして。

「これからもきっとそうです」
「ああ。これからも」

 笑顔で未来を語ると、殿下も晴れやかな表情で頷いて私を抱きしめた。
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