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第283話 お礼待ちのセリアン様

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 クラウディア嬢が目覚めるまで待つというベルモンテ侯爵様を残し、私たちは監獄を後にした。

「ロザンヌ様、お疲れではありませんか」
「はい、ジェラルド様。お気遣いありがとうございます。大丈夫です」

 馬車の中では、行きと同じく殿下と横並びで座っている。窓際にぴったりと身を寄せる不自然な座り方をしなくても良い。ただそれだけのことだけれど、嬉しさと共に王家の呪いはようやく終止符を打ったんだなという気持ちが実感できる。

 正直、頑張ったのはエスメラルダ様とネロで、私自身が何かを成し遂げたわけでもないけれど、それでも少しでもお役に立てて良かったと思う。
 と、一人満足している横で、さっきから殿下の突き刺さるような視線を感じるのですが……。

「あの、殿下。何か? ……ええっと。何か怒っています?」

 ようやく殿下に視線を向けると、殿下は腕と足を組み、不愉快そうに目を細めていた。

「さっきのことだ」
「さっき」
「クラウディア嬢が眠るベッドに一人で近付いたことだ」
「はあ」

 それが何か。
 不満げではあったけれど、怒られる程のことをしたつもりはない。

「一人で入って、もし彼女が危害を加えようとしたらどうするつもりだったんだ。あの至近距離だったら、ジェラルドも間に合わなかったかもしれないぞ」
「それはジェラルド様に失礼ではないでしょうか」

 ジェラルドさんに視線を向けると、彼は肯定も否定もせず微笑むだけに留められた。大人だー。

「つまり君はジェラルドを信じて一人入ったと言うのか? 私を王太子殿下呼ばわりまでして」

 すごく不満そうに睨み付けるのは止めていただけませんか……。と言いますか、王太子殿下は間違っていないかと思うのですが。
 私は少し苦笑しながら答える。

「ジェラルド様ももちろん信じておりましたが、殿下を医務室とは言え、鉄格子の中へと入らせるわけには参りませんでしたから」
「君なら良いと言うのか」
「良いというわけではありませんが、少なくとも王族が足を踏み入れていい場所ではありません」

 王族の思惑が介入して良い場所ではない。

「それは」

 一瞬、殿下は何かを口にしようとしたが、そうだなと頷く。

「一つの椅子のために無実の誰かを貶めたり、傷つけたり、王族が王族を処する時代は終わりを告げた。王家がすべきことは、民の幸せのために何ができるか考え、動くことだ」
「はい。平等ではなくとも民が皆、幸せで笑顔となるような国づくりを」

 私は笑みを浮かべるとエスメラルダ様のお言葉で返した。


 念の為にもう一日お休みを取った翌日。
 殿下からの熱い抱擁は割愛させていただくが、私はいつも通り学校に行くことになった。マリエル様とは拉致された日から今日が初めて会うことになる。どこから切り出せば良いだろうか。
 馬車の中で一人悩み、結論が出ないまま学校に到着し、ジェラルドさんとユリアに見送られながら別れる。

 すると。

「おはよう、ロザンヌ嬢」
「セリアン様! おはようございます」

 校舎入り口で壁に背を任せるセリアン様が声をかけてきたので、慌てて駆け寄る。
 朝に出会ったことはないので驚きだ。

「いつもこのお時間でしたか?」
「いや、違うよ。君は俺にお礼を言いたいだろうと思ってね。待っていてあげたよ」
「は、はぁ……」

 確かにセリアン様のおかげで助かったので、遠回しにさあ礼を言えと言われなくてもですね、ご挨拶に伺おうと思っていましたよ……。

 ――あ。そっか。
 私がお休みだったのをご存知なかったのね。だからいつまで経ってもお礼に来ないと思っていらしたのかもしれない。

「ご挨拶が遅れて申し訳ありません。この度の迅速な解決はセリアン様のお力があってのこととお聞きいたしました。誠にありがとうございます。実はわたくし、その件で昨日まで学校をお休みしておりました」
「うん。そうみたいだね」
「え?」

 セリアン様はしまったという表情を見せた。
 もしかしてお礼待ちではなく、私の体を心配して登校してくるのを待っていてくださったということだろうか。

「あー。ほら。マリアンジェラも少し心配そうだったからね。ああ。でも、彼女には今回のことは何も言っていないよ。余計に心配してしまうだろうから」
「ありがとうございます」
「それと王家が絡んだ話のようだし、詳しい事情は何も聞かないことにする」

 さすがに公爵子息だ。やはり弁える所はしっかり弁えられている。

「まあ、君がどうしても話したいと言うなら聞いてやらないこともないけど」
「……大丈夫です」

 私は苦笑いを返した。

「あ、そう」

 少しつまらなく口を尖らせたものの、セリアン様はそれ以上食い下がろうとはなさらなかった。

「まあ。俺への挨拶は確かに受け取ったから、もういいよ。次はあちらへどうぞ」
「え?」

 セリアン様が視線を流す方向にいたのはマリエル嬢だ。少し離れた所で居心地悪そうに体を小さくされている。

「マリエル様……。わたくしは一体、彼女にどんな言葉をかければいいのでしょうか」
「ん? まずはおはよう、でいいんじゃない?」

 そういう意味ではなくて……。
 呆れて目を細める私の肩に両手を置くとセリアン様はポンポンと叩く。

「肩張っているねー。ほら。肩の力を抜いて。彼女は君のお友達でしょ? 君の思いを自分の言葉でただ正直に伝えたらいいだけじゃない?」
「わたくしの思いを自分の言葉で……」
「そう。というわけで頑張って。俺はこれで」

 セリアン様はにっと笑って身を翻すので、無意識に言葉を繰り返していた私は我に返り、慌ててその背に声をかける。

「あ。セ、セリアン様! 本当にありがとうございました」
「うん。君が無事で良かったよ。――じゃあね」

 最後にそう呟くとセリアン様は笑顔で去って行った。
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