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第274話 たとえ死しても
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「クラウディア様。全てあなたのおっしゃる通りです。わたくしに関わってしまったせいで、マリエル様をこのような事に巻き込んでしまったのです」
このベルモンテ家の屋敷に連れて来られてから一体どれくらいの時間が経っているのだろう。私は気を失っていたし、この祭壇の間とやらは窓もなく、元々が薄暗くて時間経過を知る手立てがない。
ここに拉致されてきた経緯はあくまでもギヨーム・グリントによるものだから、王族の力があったとしても、ベルモンテ家にいきなり乗り込んで来ることは難しいかもしれない。何とか時間稼ぎをしなくては。
「そうね。分かっているじゃない」
「ご用があるのはこのわたくしでしょう。マリエル様を解放していただけませんか。彼女もまた意識混濁の中で連れて来られたのであれば、クラウディア様のことには気付いておられないはずです」
「相変わらず熱く麗しい友情だこと」
クラウディア嬢は一つ嗤ったかと思うと直後、ヒールを地面に強く叩きつけた。
「たかだか下級貴族のくせにこのわたくしに向かってその不遜な態度は何。虫けらなら虫けららしく、言われるまでもなくわたくしにひれ伏して請いなさい!」
「……ええ。マリエル様を解放するとお約束してくださるのならば、わたくしは喜んで地面に膝をつき、クラウディア様を仰ぎ見て誠心誠意お願いいたします」
私が胸に手を当てて笑顔で答えると、クラウディア嬢は馬鹿にしたように目を細める。
「喜んで? あなたには貴族としてのプライドが無いようね」
「いいえ。クラウディア様からご覧になって虫けらのように思われても、わたくしも一人の人間ですもの。プライドぐらいはあります。ですが意地は張っても、つまらぬプライドなどはいくらでも手放してみせましょう」
「なるほどね」
ふんと鼻で笑うクラウディア嬢。
「あなたは本当にわたくしと相容れない人種だわ。わたくしの元に下り、この国を掌握するのに協力するのならばそれも良しと考えていたけれど、無駄のようね。あの娘はあなたを誘き出すために使っただけだから、解放してもいいと思っていたけれど気が変わった。あなたとの会話も飽きたし、これ以上時間稼ぎされてもね」
手の内はバレていたらしい。そしていまだに英雄も騎士もやって来る気配はない。
ゆらりと立ち上がるとうっすら笑みをたたえて近付いてくるクラウディア嬢に私は身を引くが、足枷の重さで思うように動けない。背後には壁が迫ってきており、もう間もなく逃げ場はなくなるだろう。
「なぜわたくしのような小娘一人ごときを恐れるのです」
「恐れる? 笑わせないで。邪魔なだけよ。もう少しよ。もう少しでわたくしたちの、我がベルモンテ家の崇高な構想が達成されるの。そのためにはあなたがいると邪魔なのよ。あなたがいなくなれば、王家はまたわたくしたちの足元に縋って慈悲を求めてくることでしょう」
崇高? 何が崇高だ。身の程を越えた心卑しい望みだろう。
「何ですって!」
クラウディア嬢は目を細めて睨みつけてくる。
どうやら私は口に出していたようだ。お望みのようだから再度言わせてもらおう。
「身の程を越えた心卑しい望みだと申し――っ!」
静寂な室内に高い音が響く。
距離を詰めた彼女によって頬を勢いよく平手打ちされたのだ。
「本当に口が減らない子だこと」
じんじん痛む頬に構わずクラウディア嬢を睨みつけようと顔を戻すと、彼女が胸元から鈍く光るナイフを取り出すのが見えた。
「わたくし、これまで一度も自分の手を汚したことはないの。だけどあなたのその度胸に敬意を表して、わたくし自ら手にかけてあげる」
楽しげに嗤うクラウディア嬢の表情に、額から冷たい汗が流れる。
時間稼ぎを。
マリエル様が助かるための時間稼ぎを。
「助けが来ないまま殺されるだなんて悔しいでしょう? 悲しいでしょう? あなたもまた王族に巻き込まれた被害者なのにね。大丈夫よ。あなたの恨みを込めた影で王族に復讐させてあげるから」
「クラウディア様、勘違いなさっているようですね。わたくしは王族を恨みなど致しませんよ。ただ、わたくしはこの手で王家の方々を助けられないことを無念に思うだけです」
もし私が死んだら……。
一度はベルモンテ家に背を向けた王家が、彼らによって尊厳を踏みにじられる屈辱的な対応を強いられることになるであろうことは想像に難くない。
「ですが、クラウディア様。覚えておいてください。たとえわたくしが死んだとしても、影を祓うこの能力を継ぐ者が必ず現れます」
それこそがエスメラルダ様の悲願だから。エスメラルダ様が命をかけてまでもルイス殿下を助けたかった強い願いだから。
その思いはどれだけ時を経ても決して消えてなくなることなどない。
だからいち早く継承を。ネロの継承をしてほしい。殿下を助けてほしい。殿下の呪いを。
「いつの日にか――」
……ああ。
そうだったのですか。そういうことでしたか。エスメラルダ様。あなた様もまたルイス殿下を心の奥底から。
「何よ。急に黙って」
エスメラルダ様が残した言葉は、呪いの言葉ではない。恨みの言葉ではない。
決意の言葉だ!
壁を背にした私は目の前に迫ったクラウディア嬢を真っ直ぐに見つめる。
「わたくしは。たとえ死してもあなたの気魂を辿り、どこまでも追う。あなたの野望が絶えるその日まで。どれほど時がかかっても。いつの日にか、あなた――」
眉を上げる彼女に私は高らかに宣言した。
「あなたが掛けた呪いを解いてみせる!」
このベルモンテ家の屋敷に連れて来られてから一体どれくらいの時間が経っているのだろう。私は気を失っていたし、この祭壇の間とやらは窓もなく、元々が薄暗くて時間経過を知る手立てがない。
ここに拉致されてきた経緯はあくまでもギヨーム・グリントによるものだから、王族の力があったとしても、ベルモンテ家にいきなり乗り込んで来ることは難しいかもしれない。何とか時間稼ぎをしなくては。
「そうね。分かっているじゃない」
「ご用があるのはこのわたくしでしょう。マリエル様を解放していただけませんか。彼女もまた意識混濁の中で連れて来られたのであれば、クラウディア様のことには気付いておられないはずです」
「相変わらず熱く麗しい友情だこと」
クラウディア嬢は一つ嗤ったかと思うと直後、ヒールを地面に強く叩きつけた。
「たかだか下級貴族のくせにこのわたくしに向かってその不遜な態度は何。虫けらなら虫けららしく、言われるまでもなくわたくしにひれ伏して請いなさい!」
「……ええ。マリエル様を解放するとお約束してくださるのならば、わたくしは喜んで地面に膝をつき、クラウディア様を仰ぎ見て誠心誠意お願いいたします」
私が胸に手を当てて笑顔で答えると、クラウディア嬢は馬鹿にしたように目を細める。
「喜んで? あなたには貴族としてのプライドが無いようね」
「いいえ。クラウディア様からご覧になって虫けらのように思われても、わたくしも一人の人間ですもの。プライドぐらいはあります。ですが意地は張っても、つまらぬプライドなどはいくらでも手放してみせましょう」
「なるほどね」
ふんと鼻で笑うクラウディア嬢。
「あなたは本当にわたくしと相容れない人種だわ。わたくしの元に下り、この国を掌握するのに協力するのならばそれも良しと考えていたけれど、無駄のようね。あの娘はあなたを誘き出すために使っただけだから、解放してもいいと思っていたけれど気が変わった。あなたとの会話も飽きたし、これ以上時間稼ぎされてもね」
手の内はバレていたらしい。そしていまだに英雄も騎士もやって来る気配はない。
ゆらりと立ち上がるとうっすら笑みをたたえて近付いてくるクラウディア嬢に私は身を引くが、足枷の重さで思うように動けない。背後には壁が迫ってきており、もう間もなく逃げ場はなくなるだろう。
「なぜわたくしのような小娘一人ごときを恐れるのです」
「恐れる? 笑わせないで。邪魔なだけよ。もう少しよ。もう少しでわたくしたちの、我がベルモンテ家の崇高な構想が達成されるの。そのためにはあなたがいると邪魔なのよ。あなたがいなくなれば、王家はまたわたくしたちの足元に縋って慈悲を求めてくることでしょう」
崇高? 何が崇高だ。身の程を越えた心卑しい望みだろう。
「何ですって!」
クラウディア嬢は目を細めて睨みつけてくる。
どうやら私は口に出していたようだ。お望みのようだから再度言わせてもらおう。
「身の程を越えた心卑しい望みだと申し――っ!」
静寂な室内に高い音が響く。
距離を詰めた彼女によって頬を勢いよく平手打ちされたのだ。
「本当に口が減らない子だこと」
じんじん痛む頬に構わずクラウディア嬢を睨みつけようと顔を戻すと、彼女が胸元から鈍く光るナイフを取り出すのが見えた。
「わたくし、これまで一度も自分の手を汚したことはないの。だけどあなたのその度胸に敬意を表して、わたくし自ら手にかけてあげる」
楽しげに嗤うクラウディア嬢の表情に、額から冷たい汗が流れる。
時間稼ぎを。
マリエル様が助かるための時間稼ぎを。
「助けが来ないまま殺されるだなんて悔しいでしょう? 悲しいでしょう? あなたもまた王族に巻き込まれた被害者なのにね。大丈夫よ。あなたの恨みを込めた影で王族に復讐させてあげるから」
「クラウディア様、勘違いなさっているようですね。わたくしは王族を恨みなど致しませんよ。ただ、わたくしはこの手で王家の方々を助けられないことを無念に思うだけです」
もし私が死んだら……。
一度はベルモンテ家に背を向けた王家が、彼らによって尊厳を踏みにじられる屈辱的な対応を強いられることになるであろうことは想像に難くない。
「ですが、クラウディア様。覚えておいてください。たとえわたくしが死んだとしても、影を祓うこの能力を継ぐ者が必ず現れます」
それこそがエスメラルダ様の悲願だから。エスメラルダ様が命をかけてまでもルイス殿下を助けたかった強い願いだから。
その思いはどれだけ時を経ても決して消えてなくなることなどない。
だからいち早く継承を。ネロの継承をしてほしい。殿下を助けてほしい。殿下の呪いを。
「いつの日にか――」
……ああ。
そうだったのですか。そういうことでしたか。エスメラルダ様。あなた様もまたルイス殿下を心の奥底から。
「何よ。急に黙って」
エスメラルダ様が残した言葉は、呪いの言葉ではない。恨みの言葉ではない。
決意の言葉だ!
壁を背にした私は目の前に迫ったクラウディア嬢を真っ直ぐに見つめる。
「わたくしは。たとえ死してもあなたの気魂を辿り、どこまでも追う。あなたの野望が絶えるその日まで。どれほど時がかかっても。いつの日にか、あなた――」
眉を上げる彼女に私は高らかに宣言した。
「あなたが掛けた呪いを解いてみせる!」
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