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第264話 ユリアと雷と言い訳と(:ユリアの日常)
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今日は昼間から重く暗い雲だなと思っていたら、夕方になって遠くの方で雷まで鳴り出した。音が徐々に大きくなりつつあるから、やがてもっと近付いてくるかもしれない。
「ユ、ユリアぁぁ」
ロザンヌ様が不安げな上目遣いで私を見てくる。
いつも活発なロザンヌ様がびくびくと震える姿は可愛らしい。
「きょ、今日。今日は一緒に寝ましょう。ほ、ほら。ユリアも雷怖いでしょう? 今晩はわたくしが側についててあげる」
「私は怖くありません」
とりあえず正直な気持ちを告げてみた。
「うっ。で、でもほらぁ。たまには一緒に寝るのはいいでしょう?」
「ここはダングルベール家ではありません。王宮です。いけません」
許可を取れば問題はないとは思うが、食い下がってくるロザンヌ様を軽く流す。
「でもでも」
「そんなに怖いのでしたら、殿下にお願い申し上げたらいかがでしょうか」
「なっ!? よ、夜伽だなんて、は、破廉恥な!」
ロザンヌ様は顔を真っ赤に染め上げる。
何だか酷い誤解をなさっているようだ。
「夜伽とは申しておりません。殿下に私の付き添いの許可を取っていただこうかと思ったのみです」
「――はっ。ひ、酷い! ユリアの騙し討ち!」
理不尽に責められた。
それにしても夜伽とは。どこからそういう言葉を仕入れてくるのか。
「と、とにかく。殿下とクロエさんに許可を頂くから、ユリアは夜の準備をしてきてよぉ」
「かしこまりました」
そう言われてしまっては仕方がない。私は頷くとロザンヌ様の部屋を後にして、自分の部屋へと向かった。
部屋から寝衣などを手に持った後、戻るために二階に繋がる階段を目指して廊下を歩いていると、雨風で木の葉もゆらゆらと揺れている光景が目の端に映る。
雷の音も大きさを増してきたようだ。
ロザンヌ様は今頃シーツを被って震えているのではないだろうか。
早く戻ろうと足を速めようとしたところ、背後からジェラルド様に声をかけられた。
「ユリアさん、ロザンヌ様のお部屋に行かれるのですか? 途中までご一緒してよろしいですか」
「はい」
ジェラルド様はエルベルト殿下の護衛官なので、自室は殿下のすぐ隣に配置されている。向かう先が自室ならば、同じ方向なわけで別に私の許可はいらないが、真面目なお方なのでお尋ねになったのだろう。
「今日は雷がよく鳴りますね」
「はい。ですから今夜はロザンヌ様とご一緒に過ごすことになりました。ロザンヌ様は雷が怖いのです」
私が雷を怖がっていると思われるのは不本意なので、ロザンヌ様のことを引き合いに出してしまう。
「そうなのですね。それでは今、ロザンヌ様はお心細くされていることでしょう」
もちろんこの方が、人が苦手としているものを馬鹿にしたり、嘲笑したりするような方ではないとは分かっているが。
「ユリアさんは雷が怖くはないのですか?」
「私に怖いものはありま――」
そこまで言って言葉を切る。
蛙を前に顔色を変えたのを見られていたし、苦手だと言ったことがある。今更取り繕っても仕方がない。
「蛙がありました。あの時は見苦しく取り乱して、大変申し訳ありませんでした」
「いいえ。とんでもないことです。むしろお可愛らしかったです」
目を細めて微笑むジェラルド様を前に私は目を見張った。
可愛い?
……可愛いとは何だろう。私がロザンヌ様を見るような気持ちのことだろうか。つまり小動物を見るような。ということは私はジェラルド様から小動物だと思われてい――。
突如、目の前がぱっと明るくなった。
「ユリアさん!」
次の瞬間にはジェラルド様に強く抱きしめられていた。
直後、地響きするような激しい轟音が響き渡り、庭の木が一枝、二枝落ちたかと思うと、続いて大きな塊が重たげにどさりと地に落ちるのが目に入った。どうやら雷が木に直撃したらしい。
木がきしみ崩れ落ちる音が収まった頃、ジェラルド様はようやく私から離れると気遣いの瞳で私を見下ろした。
「凄い雷でしたね」
……本当に凄い光景を目撃してしまった。
「ユリアさん、どこかお体の不調はありませんか?」
だからだ。あらためて自然の恐ろしさを痛感させられたからだ。
「ユリアさん? 大丈夫でしょうか」
何も言わない私をさらに心配したご様子で見つめ、声をかけてくださるジェラルド様に正気づく。
「だからです」
「え?」
「びっくりしたからです」
「から?」
意味を捉えきれないご様子のジェラルド様が首を傾げた。
言葉足らずだと気付いて私は追加する。
「雷が木に直撃して倒れて、びっくりしたからです。初めて見たからです」
「あ、はい」
私の言葉の意味を理解されているとは到底思えなかったが、これ以上の語彙力を求められないと判断された(かもしれない)ジェラルド様は頷いた。
「……いえ。すみません。私はロザンヌ様の所に戻らなければ。怖がっていらっしゃると思います」
凄い音で人々がわらわらと廊下に出てきた状況に私は冷静さを取り戻す。
「そうですね。私は雷の様子を見ながら、火種がないかだけ確認してから戻ることに致します」
「はい。お気を付けて」
「ありがとうございます」
嬉しそうに笑むジェラルド様に礼を取ると、それでは失礼いたしますと駆け足で階段に向かう。
轟音に驚いたからだ。初めて雷が落ちる瞬間を目撃したからだ。何より今、私は走っているからだ。
こんなに……鼓動が速くなっているのは。
誰かに言い訳するわけでもないのに、色んな理由を探しながら部屋に戻り、ロザンヌ様を無の心で抱きしめる。……予定だったのに、また白湯を用意する間、もやもやと理由を考える羽目になった私だった。
「ユ、ユリアぁぁ」
ロザンヌ様が不安げな上目遣いで私を見てくる。
いつも活発なロザンヌ様がびくびくと震える姿は可愛らしい。
「きょ、今日。今日は一緒に寝ましょう。ほ、ほら。ユリアも雷怖いでしょう? 今晩はわたくしが側についててあげる」
「私は怖くありません」
とりあえず正直な気持ちを告げてみた。
「うっ。で、でもほらぁ。たまには一緒に寝るのはいいでしょう?」
「ここはダングルベール家ではありません。王宮です。いけません」
許可を取れば問題はないとは思うが、食い下がってくるロザンヌ様を軽く流す。
「でもでも」
「そんなに怖いのでしたら、殿下にお願い申し上げたらいかがでしょうか」
「なっ!? よ、夜伽だなんて、は、破廉恥な!」
ロザンヌ様は顔を真っ赤に染め上げる。
何だか酷い誤解をなさっているようだ。
「夜伽とは申しておりません。殿下に私の付き添いの許可を取っていただこうかと思ったのみです」
「――はっ。ひ、酷い! ユリアの騙し討ち!」
理不尽に責められた。
それにしても夜伽とは。どこからそういう言葉を仕入れてくるのか。
「と、とにかく。殿下とクロエさんに許可を頂くから、ユリアは夜の準備をしてきてよぉ」
「かしこまりました」
そう言われてしまっては仕方がない。私は頷くとロザンヌ様の部屋を後にして、自分の部屋へと向かった。
部屋から寝衣などを手に持った後、戻るために二階に繋がる階段を目指して廊下を歩いていると、雨風で木の葉もゆらゆらと揺れている光景が目の端に映る。
雷の音も大きさを増してきたようだ。
ロザンヌ様は今頃シーツを被って震えているのではないだろうか。
早く戻ろうと足を速めようとしたところ、背後からジェラルド様に声をかけられた。
「ユリアさん、ロザンヌ様のお部屋に行かれるのですか? 途中までご一緒してよろしいですか」
「はい」
ジェラルド様はエルベルト殿下の護衛官なので、自室は殿下のすぐ隣に配置されている。向かう先が自室ならば、同じ方向なわけで別に私の許可はいらないが、真面目なお方なのでお尋ねになったのだろう。
「今日は雷がよく鳴りますね」
「はい。ですから今夜はロザンヌ様とご一緒に過ごすことになりました。ロザンヌ様は雷が怖いのです」
私が雷を怖がっていると思われるのは不本意なので、ロザンヌ様のことを引き合いに出してしまう。
「そうなのですね。それでは今、ロザンヌ様はお心細くされていることでしょう」
もちろんこの方が、人が苦手としているものを馬鹿にしたり、嘲笑したりするような方ではないとは分かっているが。
「ユリアさんは雷が怖くはないのですか?」
「私に怖いものはありま――」
そこまで言って言葉を切る。
蛙を前に顔色を変えたのを見られていたし、苦手だと言ったことがある。今更取り繕っても仕方がない。
「蛙がありました。あの時は見苦しく取り乱して、大変申し訳ありませんでした」
「いいえ。とんでもないことです。むしろお可愛らしかったです」
目を細めて微笑むジェラルド様を前に私は目を見張った。
可愛い?
……可愛いとは何だろう。私がロザンヌ様を見るような気持ちのことだろうか。つまり小動物を見るような。ということは私はジェラルド様から小動物だと思われてい――。
突如、目の前がぱっと明るくなった。
「ユリアさん!」
次の瞬間にはジェラルド様に強く抱きしめられていた。
直後、地響きするような激しい轟音が響き渡り、庭の木が一枝、二枝落ちたかと思うと、続いて大きな塊が重たげにどさりと地に落ちるのが目に入った。どうやら雷が木に直撃したらしい。
木がきしみ崩れ落ちる音が収まった頃、ジェラルド様はようやく私から離れると気遣いの瞳で私を見下ろした。
「凄い雷でしたね」
……本当に凄い光景を目撃してしまった。
「ユリアさん、どこかお体の不調はありませんか?」
だからだ。あらためて自然の恐ろしさを痛感させられたからだ。
「ユリアさん? 大丈夫でしょうか」
何も言わない私をさらに心配したご様子で見つめ、声をかけてくださるジェラルド様に正気づく。
「だからです」
「え?」
「びっくりしたからです」
「から?」
意味を捉えきれないご様子のジェラルド様が首を傾げた。
言葉足らずだと気付いて私は追加する。
「雷が木に直撃して倒れて、びっくりしたからです。初めて見たからです」
「あ、はい」
私の言葉の意味を理解されているとは到底思えなかったが、これ以上の語彙力を求められないと判断された(かもしれない)ジェラルド様は頷いた。
「……いえ。すみません。私はロザンヌ様の所に戻らなければ。怖がっていらっしゃると思います」
凄い音で人々がわらわらと廊下に出てきた状況に私は冷静さを取り戻す。
「そうですね。私は雷の様子を見ながら、火種がないかだけ確認してから戻ることに致します」
「はい。お気を付けて」
「ありがとうございます」
嬉しそうに笑むジェラルド様に礼を取ると、それでは失礼いたしますと駆け足で階段に向かう。
轟音に驚いたからだ。初めて雷が落ちる瞬間を目撃したからだ。何より今、私は走っているからだ。
こんなに……鼓動が速くなっているのは。
誰かに言い訳するわけでもないのに、色んな理由を探しながら部屋に戻り、ロザンヌ様を無の心で抱きしめる。……予定だったのに、また白湯を用意する間、もやもやと理由を考える羽目になった私だった。
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