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第256話 憑いてき――付いてきた殿下

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 殿下が私の家族に笑顔で挨拶をしているのを細い目で見守ってしまう。
 昨日の話だ。


「ありがとうございます」

 許可が出て早速準備に取り掛かろうと思っていたのだが、殿下に呼び止められた。

「明日はいつ頃出発するつもりだ?」
「朝早く出ようかなとは思っておりますが、何か?」

 少しでも長く滞在したいし。休みだけどユリアに起こしてもらわなきゃ。……いつものことだけど。

「そうか。では私も一緒に行こう。今日中に必要最低限の仕事を片付ける」
「はい。――はい!?」

 今、何とおっしゃったのか。
 反射的に尋ね返す。

「だから私も行くと言った。私一人にだけ仕事をさせておいて、君だけ休んで帰郷とはずるいだろう。などと思ってはいない」

 ……思っているじゃないですか。って、いやいやいや。

「いきなりそんなことをおっしゃっても、警備などの予定がつかないでしょう」
「警備はジェラルドで十分だ。これまでも私用で出掛けていることは度々ある。問題無い」
「それはせいぜい城下町ぐらいでしょうに。ご自分の王太子という立場を何とお心得なのですか」

 腕を組んで睨み付けると、殿下は苦笑した。

「やけに説教臭いな」
「第一、うちも困りますよ。いきなりご訪問だなんて。十分なおもてなしが用意できず、うちは大慌てしてしまいます」
「おもてなしを受けに行くわけではない。気遣いは無用だ」

 ……いえ。ですから、殿下がうちを気遣えと言っているのですが。

「それに君の推測通り、ノエル・ブラックウェルが君の血族で余生を過ごした土地だったとしたら、調べてみる価値はあるからな。何よりもやはり君には私の側にいてもらわないと困る」

 影祓いがいないと不安なのか。そりゃあ、そうよね。酷いと起き上がれなくなる程だもの。

「……故郷にいる親しい男と再会されても困るしな」
「ん? 何ですか?」

 ぼそりと呟く殿下に尋ねてみるが、何でもないと返された。


 という話の流れがあって、殿下も私の故郷に憑いて、失礼、付いて来てしまった。ちょっとくらいゆっくり羽根を伸ばそうと思っていたのになー。なんて。仕事仕事。

 殿下はというと、地方貴族の歴史を研究して回っているなどと、いかにも嘘くさい作り話をしている。しかし両親は口巧者の殿下のせいか、あるいは王子という後光効果に魅せられているせいか、我々にまで気にかけてくださるとはと大層感動している。

「とにかく玄関先でお話しというのも失礼ですので、どうぞお入りくださいませ。お部屋にご案内いたします。丁重なおもてなしもできず、大変恐縮なのですが」
「いえ。こちらこそ突然の訪問を失礼いたしました」

 父が促すと殿下は物腰柔らかな様子で笑顔を見せた。

 そんなわけで私たちは応接間へと移動することなる。
 母と兄は同席せず、またユリアは久々の我が家で仕事をしたいと部屋の奥へと姿を消した後、応接間にお茶を用意してくれた。さすがに板についているユリアの姿にジェラルドさんが微笑んでいらしたと思うのはあくまでも私の見解である。

 現在、応接間にいるのは私と父、そして殿下とジェラルドさんだ。テーブルを挟んだ私たち親子の向かい側に殿下らがお座りになっている。きっとそちらが上座となるのだろう。

 ジェラルドさんは最初、立ってお側で待機するとおっしゃったけれど、殿下が威圧感を与えるから座るように命じたことで着座することとなった。
 一方、私は自分の家とは言え、応接間は来客用で私自身はほとんど使うことがない部屋だから少し緊張する。ソファーは来客用の部屋とあってか質が良いようで、ほどよい固さで座り心地も良い。

 なお、今、家の中ではきっと大騒動が起きているに違いない。

「それでお父様。ダングルベール家の歴史についてお伺いいたしますね。ご先祖様のことなのですけれど」

 私は殿下の話に合わせて尋ねてみるべく、まずは口火を切った。

「お名前はノエル様とおっしゃる方でしょうか?」
「いや。違うよ」
「そうですよね! ――は、はいっ!?」

 てっきり頷かれるものだと思い込んでいた私は、あっさり否定した父の回答にびっくり目を見張ってしまった。

「ち、違うのですか?」
「うん。違うよ。サンルーモでは馴染みのある名でうちにも何人かいたと思うけれど、初代ではないよ」

 どうしてそう思ったのかなと父は首を傾げている。

「で、ですが王宮に勤めていた人だったとお話を聞いたことがあるのですが」
「うん? ああ。確かに侍女見習いとしてお仕えさせていただいた時代もあったみたいだね。ただ、ご先祖様が王宮勤めしていたという記録は無いよ。もちろんお呼び出しを受けて王宮に出向くことはあったはずだけどね」
「あ。記録があるのですか?」

 身を乗り出す私に父は笑顔を浮かべた。

「あるよ。必要だったら取って来ようか」
「お願いします!」

 父は分かったと快諾し、少し失礼いたしますと殿下らに挨拶して席を立った。

「殿下」

 もし私とブラックウェル様が無関係ならば、私の推測はまったくの暴論にしかなりえない。
 不安になってきて殿下に話しかけてみる。

「エスメラルダ様のネロとわたくしのネロは、たまたま名前が被っただけで、全く関係が無いのでしょうか」
「いや。ネロは影祓いの能力を持つんだ。無関係とは思えないな。――ああ、そういえば。君は動物に怖がられると言っていたが、ダングルベール家でそういう方がおられたことは?」
「いえ。聞いたことがありません。わたくしのみかと」
「そうか」

 そう言ったきり、殿下は黙り込んでしまう。だから私もまた思考に戻る。
 ブラックウェル様の手記から考えると、直接呪い解明の鍵を握っていらっしゃるとは思えなかった。しかし、何かしら糸口でも掴めたらと思っていたのだけれど……。

 重いため息をついてしまったところで、父が応接間へと戻ってきた。
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