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第232話 やっぱりジェラルド様は騎士の鑑

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 本日は学校がお休みだ。これから執務室で合流したのちに殿下と書庫室へ向かうことになるだろう。

 同じ部屋でもそれぞれ別行動を取るこの日は、少しほっとしている自分がいる。殿下とご一緒している空間はとても幸せで満たされるけれど、一方でドキドキと落ち着かず、浮き足だってしまう自分がいるから。けれど離れているとそれはそれで寂しいのだろうなと思う。

 複雑な感情に頭を悩ませていると、コトンと小さな音がして振り返った。
 それはユリアが花瓶を置いた音だった。お部屋に飾るお花をユアンさんから譲り受けてきてくれたらしい。

「お花を頂いて来てくれたのね。ありがとう」
「はい」
「まん丸としていて可愛らしいわ」

 生けられている花は一輪の白い花。花弁がたくさんついた丸いお花だ。――あら。そういえば花瓶も変わっている。別のものをお借りしたのかな。
 そんなことを思いつつ、私は手に取った花瓶をテーブルに置いた。

「あ、ねえ。ユリアも今からジェラルド様と鍛錬でしょう? 一緒に執務室に向かいましょうか」
「私は練習着を取りに一度部屋に戻ります。お先に向かってください」
「侍女が次々と護衛官室に入る光景はおかしいでしょ。一緒に行きましょうよ。ここで待っているから」
「承知いたしました」

 ユリアは一度立ち去り、すぐに練習着を持って戻って来たので、私たちは共に護衛官室へと向かった。


「ごきげんよう、ジェラルド様」
「おはようございます」
「おはようございます。ロザンヌ様、ユリアさん」

 私たちが護衛官室へと入室すると、ジェラルドさんはいつもと同じように席から立って迎えてくれた。
 ジェラルドさんの机まで歩いて行くと、書類が広げられているのが目に入る。

「あ。お仕事中だったのでしょうか。失礼いたしました」
「いえ。本日はお休みを頂いておりますので問題ありません。ただ、ロザンヌ様とユリアさんがいらっしゃるまで、少し進めようと思っただけなのです」

 お仕事の書類かと思われたそれは護衛官規程のようだった。規程が収められている宝箱が机の上にあり、ルイス王朝時代の文字で書かれた書類も並べられていたからだ。
 私の視線に気付いたジェラルドさんは少し照れくさそうに笑う。

「当時の護衛官規程に書かれている内容も現在と同じはずですから、当時の文字と照らし合わせながら文字を解読して、少しでもユリアさんのお力になることができればと思いまして」
「まあ!」

 さすがジェラルド様。騎士の鑑です!
 私は感動で目がうるうるしてしまう。

「とてもありがたいお話ね、ユリア」
「はい」

 ユリアの横顔は相変わらずの鉄面皮だけれど、感動しているに違いない。むしろ感動してろ。

「と、申しましてもお恥ずかしいお話ですが、なかなか思うように進まないのが現状です」
「ええ。当然ですわ。お忙しい御身ですもの」

 護衛騎士官長などという大変な役職に就かれていて、なおご協力をとお考えいただいているだけでも十分に恐縮するお話です。

「あ、いえ。文字を当てはめて翻訳してみるものの、意味の通らない文章になってしまうのです」
「そうなのですか? だとしたら、もしかしたら当時と規程内容が違うのでしょうか」

 それならばいくら現在の規定内容と照らし合わせてみても、文字を解読することはできない。

「どこでしょうか」
「あ、え、えっと。あの」

 首を傾げて考え込んでいた私がユリアの声と戸惑うジェラルドさんの声に視線をやると、彼女はまた机を回り込んでジェラルドさんのすぐ側まで迫っていた。

 だから近い! 近すぎよ!
 ユリアの距離感覚は本当に一体どうなっているの?

「こ、ここです。ユリアさんが読まれた数行後からもうお手上げなのです。この行には王族の方々に忠誠を誓う旨が書かれているはずなのですが」

 ジェラルドさんはたじろぎながら、書類を指さした。

 確かユリアが以前、読み上げた所には護衛官の行動規範を示し、騎士は己を律して次のことを遵守すること、というような事が書かれていたのだったかな。

 ユリアは書類に視線を落とすとわずかに目を細めた。

「……どうやらこれは騎士規程とは違うようですね」

 やはり当時と内容が異なっているのかと思った時、ユリアは再び口を開いた。

「私の名はノエル・ブラックウェル。ルイス・フォンテーヌ王太子殿下に仕える護衛騎士官長である。私は自分の罪を、ルイス王太子殿下を取り巻く情勢において見聞きした事実を、そして国王へと就かれてルイス陛下となったのちも生涯知り得ないであろう王族の威光を覆すような真実をここに書き記したいと思う」
「――え? 何ですって!?」

 これは騎士規程ではない。ルイス王太子殿下直属の護衛騎士官長の手記だ!
 私は反射的にジェラルドさんへと視線を向ける。

「ジェ、ジェラルド様!」
「はい。ただいま」

 ジェラルドさんは執務室の扉へと急ぎ向かうとノックした。
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