232 / 315
第232話 やっぱりジェラルド様は騎士の鑑
しおりを挟む
本日は学校がお休みだ。これから執務室で合流したのちに殿下と書庫室へ向かうことになるだろう。
同じ部屋でもそれぞれ別行動を取るこの日は、少しほっとしている自分がいる。殿下とご一緒している空間はとても幸せで満たされるけれど、一方でドキドキと落ち着かず、浮き足だってしまう自分がいるから。けれど離れているとそれはそれで寂しいのだろうなと思う。
複雑な感情に頭を悩ませていると、コトンと小さな音がして振り返った。
それはユリアが花瓶を置いた音だった。お部屋に飾るお花をユアンさんから譲り受けてきてくれたらしい。
「お花を頂いて来てくれたのね。ありがとう」
「はい」
「まん丸としていて可愛らしいわ」
生けられている花は一輪の白い花。花弁がたくさんついた丸いお花だ。――あら。そういえば花瓶も変わっている。別のものをお借りしたのかな。
そんなことを思いつつ、私は手に取った花瓶をテーブルに置いた。
「あ、ねえ。ユリアも今からジェラルド様と鍛錬でしょう? 一緒に執務室に向かいましょうか」
「私は練習着を取りに一度部屋に戻ります。お先に向かってください」
「侍女が次々と護衛官室に入る光景はおかしいでしょ。一緒に行きましょうよ。ここで待っているから」
「承知いたしました」
ユリアは一度立ち去り、すぐに練習着を持って戻って来たので、私たちは共に護衛官室へと向かった。
「ごきげんよう、ジェラルド様」
「おはようございます」
「おはようございます。ロザンヌ様、ユリアさん」
私たちが護衛官室へと入室すると、ジェラルドさんはいつもと同じように席から立って迎えてくれた。
ジェラルドさんの机まで歩いて行くと、書類が広げられているのが目に入る。
「あ。お仕事中だったのでしょうか。失礼いたしました」
「いえ。本日はお休みを頂いておりますので問題ありません。ただ、ロザンヌ様とユリアさんがいらっしゃるまで、少し進めようと思っただけなのです」
お仕事の書類かと思われたそれは護衛官規程のようだった。規程が収められている宝箱が机の上にあり、ルイス王朝時代の文字で書かれた書類も並べられていたからだ。
私の視線に気付いたジェラルドさんは少し照れくさそうに笑う。
「当時の護衛官規程に書かれている内容も現在と同じはずですから、当時の文字と照らし合わせながら文字を解読して、少しでもユリアさんのお力になることができればと思いまして」
「まあ!」
さすがジェラルド様。騎士の鑑です!
私は感動で目がうるうるしてしまう。
「とてもありがたいお話ね、ユリア」
「はい」
ユリアの横顔は相変わらずの鉄面皮だけれど、感動しているに違いない。むしろ感動してろ。
「と、申しましてもお恥ずかしいお話ですが、なかなか思うように進まないのが現状です」
「ええ。当然ですわ。お忙しい御身ですもの」
護衛騎士官長などという大変な役職に就かれていて、なおご協力をとお考えいただいているだけでも十分に恐縮するお話です。
「あ、いえ。文字を当てはめて翻訳してみるものの、意味の通らない文章になってしまうのです」
「そうなのですか? だとしたら、もしかしたら当時と規程内容が違うのでしょうか」
それならばいくら現在の規定内容と照らし合わせてみても、文字を解読することはできない。
「どこでしょうか」
「あ、え、えっと。あの」
首を傾げて考え込んでいた私がユリアの声と戸惑うジェラルドさんの声に視線をやると、彼女はまた机を回り込んでジェラルドさんのすぐ側まで迫っていた。
だから近い! 近すぎよ!
ユリアの距離感覚は本当に一体どうなっているの?
「こ、ここです。ユリアさんが読まれた数行後からもうお手上げなのです。この行には王族の方々に忠誠を誓う旨が書かれているはずなのですが」
ジェラルドさんはたじろぎながら、書類を指さした。
確かユリアが以前、読み上げた所には護衛官の行動規範を示し、騎士は己を律して次のことを遵守すること、というような事が書かれていたのだったかな。
ユリアは書類に視線を落とすとわずかに目を細めた。
「……どうやらこれは騎士規程とは違うようですね」
やはり当時と内容が異なっているのかと思った時、ユリアは再び口を開いた。
「私の名はノエル・ブラックウェル。ルイス・フォンテーヌ王太子殿下に仕える護衛騎士官長である。私は自分の罪を、ルイス王太子殿下を取り巻く情勢において見聞きした事実を、そして国王へと就かれてルイス陛下となったのちも生涯知り得ないであろう王族の威光を覆すような真実をここに書き記したいと思う」
「――え? 何ですって!?」
これは騎士規程ではない。ルイス王太子殿下直属の護衛騎士官長の手記だ!
私は反射的にジェラルドさんへと視線を向ける。
「ジェ、ジェラルド様!」
「はい。ただいま」
ジェラルドさんは執務室の扉へと急ぎ向かうとノックした。
同じ部屋でもそれぞれ別行動を取るこの日は、少しほっとしている自分がいる。殿下とご一緒している空間はとても幸せで満たされるけれど、一方でドキドキと落ち着かず、浮き足だってしまう自分がいるから。けれど離れているとそれはそれで寂しいのだろうなと思う。
複雑な感情に頭を悩ませていると、コトンと小さな音がして振り返った。
それはユリアが花瓶を置いた音だった。お部屋に飾るお花をユアンさんから譲り受けてきてくれたらしい。
「お花を頂いて来てくれたのね。ありがとう」
「はい」
「まん丸としていて可愛らしいわ」
生けられている花は一輪の白い花。花弁がたくさんついた丸いお花だ。――あら。そういえば花瓶も変わっている。別のものをお借りしたのかな。
そんなことを思いつつ、私は手に取った花瓶をテーブルに置いた。
「あ、ねえ。ユリアも今からジェラルド様と鍛錬でしょう? 一緒に執務室に向かいましょうか」
「私は練習着を取りに一度部屋に戻ります。お先に向かってください」
「侍女が次々と護衛官室に入る光景はおかしいでしょ。一緒に行きましょうよ。ここで待っているから」
「承知いたしました」
ユリアは一度立ち去り、すぐに練習着を持って戻って来たので、私たちは共に護衛官室へと向かった。
「ごきげんよう、ジェラルド様」
「おはようございます」
「おはようございます。ロザンヌ様、ユリアさん」
私たちが護衛官室へと入室すると、ジェラルドさんはいつもと同じように席から立って迎えてくれた。
ジェラルドさんの机まで歩いて行くと、書類が広げられているのが目に入る。
「あ。お仕事中だったのでしょうか。失礼いたしました」
「いえ。本日はお休みを頂いておりますので問題ありません。ただ、ロザンヌ様とユリアさんがいらっしゃるまで、少し進めようと思っただけなのです」
お仕事の書類かと思われたそれは護衛官規程のようだった。規程が収められている宝箱が机の上にあり、ルイス王朝時代の文字で書かれた書類も並べられていたからだ。
私の視線に気付いたジェラルドさんは少し照れくさそうに笑う。
「当時の護衛官規程に書かれている内容も現在と同じはずですから、当時の文字と照らし合わせながら文字を解読して、少しでもユリアさんのお力になることができればと思いまして」
「まあ!」
さすがジェラルド様。騎士の鑑です!
私は感動で目がうるうるしてしまう。
「とてもありがたいお話ね、ユリア」
「はい」
ユリアの横顔は相変わらずの鉄面皮だけれど、感動しているに違いない。むしろ感動してろ。
「と、申しましてもお恥ずかしいお話ですが、なかなか思うように進まないのが現状です」
「ええ。当然ですわ。お忙しい御身ですもの」
護衛騎士官長などという大変な役職に就かれていて、なおご協力をとお考えいただいているだけでも十分に恐縮するお話です。
「あ、いえ。文字を当てはめて翻訳してみるものの、意味の通らない文章になってしまうのです」
「そうなのですか? だとしたら、もしかしたら当時と規程内容が違うのでしょうか」
それならばいくら現在の規定内容と照らし合わせてみても、文字を解読することはできない。
「どこでしょうか」
「あ、え、えっと。あの」
首を傾げて考え込んでいた私がユリアの声と戸惑うジェラルドさんの声に視線をやると、彼女はまた机を回り込んでジェラルドさんのすぐ側まで迫っていた。
だから近い! 近すぎよ!
ユリアの距離感覚は本当に一体どうなっているの?
「こ、ここです。ユリアさんが読まれた数行後からもうお手上げなのです。この行には王族の方々に忠誠を誓う旨が書かれているはずなのですが」
ジェラルドさんはたじろぎながら、書類を指さした。
確かユリアが以前、読み上げた所には護衛官の行動規範を示し、騎士は己を律して次のことを遵守すること、というような事が書かれていたのだったかな。
ユリアは書類に視線を落とすとわずかに目を細めた。
「……どうやらこれは騎士規程とは違うようですね」
やはり当時と内容が異なっているのかと思った時、ユリアは再び口を開いた。
「私の名はノエル・ブラックウェル。ルイス・フォンテーヌ王太子殿下に仕える護衛騎士官長である。私は自分の罪を、ルイス王太子殿下を取り巻く情勢において見聞きした事実を、そして国王へと就かれてルイス陛下となったのちも生涯知り得ないであろう王族の威光を覆すような真実をここに書き記したいと思う」
「――え? 何ですって!?」
これは騎士規程ではない。ルイス王太子殿下直属の護衛騎士官長の手記だ!
私は反射的にジェラルドさんへと視線を向ける。
「ジェ、ジェラルド様!」
「はい。ただいま」
ジェラルドさんは執務室の扉へと急ぎ向かうとノックした。
22
お気に入りに追加
3,726
あなたにおすすめの小説
【完結】断罪された悪役令嬢は、全てを捨てる事にした
miniko
恋愛
悪役令嬢に生まれ変わったのだと気付いた時、私は既に王太子の婚約者になった後だった。
婚約回避は手遅れだったが、思いの外、彼と円満な関係を築く。
(ゲーム通りになるとは限らないのかも)
・・・とか思ってたら、学園入学後に状況は激変。
周囲に疎まれる様になり、まんまと卒業パーティーで断罪&婚約破棄のテンプレ展開。
馬鹿馬鹿しい。こんな国、こっちから捨ててやろう。
冤罪を晴らして、意気揚々と単身で出国しようとするのだが、ある人物に捕まって・・・。
強制力と言う名の運命に翻弄される私は、幸せになれるのか!?
※感想欄はネタバレあり/なし の振り分けをしていません。本編より先にお読みになる場合はご注意ください。
俺の婚約者は地味で陰気臭い女なはずだが、どうも違うらしい。
ミミリン
恋愛
ある世界の貴族である俺。婚約者のアリスはいつもボサボサの髪の毛とぶかぶかの制服を着ていて陰気な女だ。幼馴染のアンジェリカからは良くない話も聞いている。
俺と婚約していても話は続かないし、婚約者としての役目も担う気はないようだ。
そんな婚約者のアリスがある日、俺のメイドがふるまった紅茶を俺の目の前でわざとこぼし続けた。
こんな女とは婚約解消だ。
この日から俺とアリスの関係が少しずつ変わっていく。
性悪という理由で婚約破棄された嫌われ者の令嬢~心の綺麗な者しか好かれない精霊と友達になる~
黒塔真実
恋愛
公爵令嬢カリーナは幼い頃から後妻と義妹によって悪者にされ孤独に育ってきた。15歳になり入学した王立学園でも、悪知恵の働く義妹とカリーナの婚約者でありながら義妹に洗脳されている第二王子の働きにより、学園中の嫌われ者になってしまう。しかも再会した初恋の第一王子にまで軽蔑されてしまい、さらに止めの一撃のように第二王子に「性悪」を理由に婚約破棄を宣言されて……!? 恋愛&悪が報いを受ける「ざまぁ」もの!! ※※※主人公は最終的にチート能力に目覚めます※※※アルファポリスオンリー※※※皆様の応援のおかげで第14回恋愛大賞で奨励賞を頂きました。ありがとうございます※※※
すみません、すっきりざまぁ終了したのでいったん完結します→※書籍化予定部分=【本編】を引き下げます。【番外編】追加予定→ルシアン視点追加→最新のディー視点の番外編は書籍化関連のページにて、アンケートに答えると読めます!!
妹を溺愛したい旦那様は婚約者の私に出ていってほしそうなので、本当に出ていってあげます
新野乃花(大舟)
恋愛
貴族令嬢であったアリアに幸せにすると声をかけ、婚約関係を結んだグレゴリー第一王子。しかしその後、グレゴリーはアリアの妹との関係を深めていく…。ある日、彼はアリアに出ていってほしいと独り言をつぶやいてしまう。それを耳にしたアリアは、その言葉の通りに家出することを決意するのだった…。
【完結】さようなら、婚約者様。私を騙していたあなたの顔など二度と見たくありません
ゆうき@初書籍化作品発売中
恋愛
婚約者とその家族に虐げられる日々を送っていたアイリーンは、赤ん坊の頃に森に捨てられていたところを、貧乏なのに拾って育ててくれた家族のために、つらい毎日を耐える日々を送っていた。
そんなアイリーンには、密かな夢があった。それは、世界的に有名な魔法学園に入学して勉強をし、宮廷魔術師になり、両親を楽させてあげたいというものだった。
婚約を結ぶ際に、両親を支援する約束をしていたアイリーンだったが、夢自体は諦めきれずに過ごしていたある日、別の女性と恋に落ちていた婚約者は、アイリーンなど体のいい使用人程度にしか思っておらず、支援も行っていないことを知る。
どういうことか問い詰めると、お前とは婚約破棄をすると言われてしまったアイリーンは、ついに我慢の限界に達し、婚約者に別れを告げてから婚約者の家を飛び出した。
実家に帰ってきたアイリーンは、唯一の知人で特別な男性であるエルヴィンから、とあることを提案される。
それは、特待生として魔法学園の編入試験を受けてみないかというものだった。
これは一人の少女が、夢を掴むために奮闘し、時には婚約者達の妨害に立ち向かいながら、幸せを手に入れる物語。
☆すでに最終話まで執筆、予約投稿済みの作品となっております☆
私も貴方を愛さない〜今更愛していたと言われても困ります
せいめ
恋愛
『小説年間アクセスランキング2023』で10位をいただきました。
読んでくださった方々に心から感謝しております。ありがとうございました。
「私は君を愛することはないだろう。
しかし、この結婚は王命だ。不本意だが、君とは白い結婚にはできない。貴族の義務として今宵は君を抱く。
これを終えたら君は領地で好きに生活すればいい」
結婚初夜、旦那様は私に冷たく言い放つ。
この人は何を言っているのかしら?
そんなことは言われなくても分かっている。
私は誰かを愛することも、愛されることも許されないのだから。
私も貴方を愛さない……
侯爵令嬢だった私は、ある日、記憶喪失になっていた。
そんな私に冷たい家族。その中で唯一優しくしてくれる義理の妹。
記憶喪失の自分に何があったのかよく分からないまま私は王命で婚約者を決められ、強引に結婚させられることになってしまった。
この結婚に何の希望も持ってはいけないことは知っている。
それに、婚約期間から冷たかった旦那様に私は何の期待もしていない。
そんな私は初夜を迎えることになる。
その初夜の後、私の運命が大きく動き出すことも知らずに……
よくある記憶喪失の話です。
誤字脱字、申し訳ありません。
ご都合主義です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる