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第189話 ベルモンテ侯爵のお人柄

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 今日は気晴らしに少しお庭探索してから殿下のおわします執務室へ行こうと思い、庭に足を向けると先客がいらっしゃったようである。
 しかも相手様はクラウディア嬢と男性、おそらくお父様のようで、二人は何やら刺々しい雰囲気で会話している。

 広いお庭なのに、修羅場に踏み込んだ自分の運の良さ・・を恨みつつ、庭に出るに出られず、引き返せずにもにいると。

「――もう、行くわ!」
「クラウディア!」

 クラウディア嬢は振り返り、こちらにやって来るので私は今来ましたよを装って歩き出し、彼女の姿をはっと気付いた振りをして端に寄ったものの、わざとなのか何なのか。

「きゃっ!」
「何突っ立っているの。邪魔よ!」

 私に派手にぶつかってくるものだから横の花壇に押しやられ、咄嗟に花壇の縁に手を置いて体勢を整える。

 ちょっと葉っぱが顔に刺さったぞ……。
 顔をしかめていると。

「ぶつかっておいて謝罪もないの!」
「申し訳ございません」

 ぶつかってきたのはあなたでしょうが。
 しかし反論したら余計に絡まれそうで面倒だから仕方なく謝罪すると、まだ気分が収まらないようでクラウディア嬢は肩を怒らせて去って行きましたとさ。――腹立つな!

 するとクラウディア様とお話しされていた方、侯爵様が私に駆け寄ってきて、同じく文句の一つでも落とされるのかなと思っていると。

「君、大丈夫かい?」

 こちらに手を伸ばし、心配そうにお声をかけてくださった。背を太陽にして影になっているせいか、侯爵様の方がお顔の色が悪そうだ。
 手を取るか一瞬迷ったけれど、拒否するのも失礼だと思った私はありがたく手をお借りすると、侯爵様の温もりが伝わってきた。

「ありがとうございます」
「いや。こちらこそ、娘がすまなかったね。怪我はないかい?」

 あらためて男性の顔を見ると、険のあるクラウディア嬢の美人顔ではなく、少しふっくらしており垂れ目がちな穏やかそうなおじさまである。失礼、侯爵様である。

「はい。ありがとう存じます。大丈夫です。ベルモンテ侯爵様」
「どうして私を……ああ、クラウディアを知っているのか」

 意外そうに眉を上げる侯爵様だったが、すぐに納得したようだ。
 申し訳ないが事実、今の会話でベルモンテ侯爵様のお顔を知ったところである。

「はい。クラウディア様を存じ上げております」

 しかし、ただ私が知らなかっただけで、侯爵様なのだから有名だろうとは思うけれど。――あ、そうか。そういえば侯爵様は商人出身の方でベルモンテ家へ婿に入った身だと殿下がおっしゃっていたっけ。一族の中で発言権が低い、というか目立たないのかもしれない。

「そうか。娘が……君たちに色々迷惑をかけているんじゃないかな」

 ええ、その通りですとも、いいえ、そんなことはありませんとも言えず。
 しかし黙っていても侯爵様は状況は分かっておられるようで、眉を落としてすまないねと謝罪なさった。
 私はどうしてよいか分からず戸惑っていると侯爵様は苦笑され、疲れたように花壇の縁に腰掛けた。

「私も注意しているんだが、なかなか言うことを聞かなくてね。……私のことも知れ渡っているかもしれないが、私は侯爵家に婿に入った身だからね、あまり強く言える立場にないんだよ。情けない話だがね」

 初対面の人間なのに、いや初対面だからこそか、あるいは二人のもめ事を目撃されてしまったから取り繕う必要もないと考えたからなのか、侯爵様は本音を吐露された。

「そんな……。でも侯爵様の娘様でおられますし、強くおっしゃっても良いかと」
「いや。クラウディアは前夫の子供で血の繋がりはないからね。だから余計に言えないんだ」
「え……」

 ああ、これは知らなかったかいと侯爵様は自嘲するように微笑む。
 何だか心が苦しくなるような笑みだ。

「私は三人目の夫でね。それでもベルモンテ侯爵家に入ってもう十年にはなるが、商家出身だから肩身が狭いよ。家でもこの王宮でもね。正直……息苦しい。――いや。私は会ったばかりのお嬢さんに何を言っているんだろうな。すまない。忘れておくれ」

 心根の優しいお方なのだろう。侯爵家に入っても、侍女姿の私に気をかけてくださるのだから。
 そう言えば、体調不良に気付いて必ず寄ってきてくれると殿下はおっしゃっていた。もちろん役割もあったのだろうが、もともと気遣いできるお方なのだろう。きっと殿下も侯爵様に支えられてきたに違いない。

 私は思わず身を屈め、侯爵様の手を両手で取った。

「それでも侯爵様の優しさに救われている方はおられるはずです」
「え?」
「わたくしも侯爵様のこの温かい手に救われた一人です」
「……っ。あり、がとう。何だか気分だけではなくて体すら軽くなって、とても元気が出たよ」

 陰を落としていた侯爵様の表情が一際明るくなる。

「私は私ができる精一杯のことでお仕えしようと思う。ありがとう、お嬢さん」

 笑顔になった侯爵様は私の手をぎゅっと握り返した。
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