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第218話 距離は縮まるものではなく、縮めるもの
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……お、恐ろしい子。
不意打ちすぎるユリアの言葉に、私もジェラルドさんも言葉を紡げずにいる。片やユリアはと言うと、ジェラルドさんに視線を固定したままだ。もしかして彼からの答えを待っているのだろうか。
ジェラルドさんも彼女の視線から逃げ遅れ、時間が止まったように見つめ合ったままだ。
仕方がない。この私が初歩的な魔術で、止まった時を動かすことにしよう。
私は片目を伏せ、口元に拳を作る。そして。
「コホンッ」
一つ咳払いすると、ジェラルドさんにかかった魔術は瞬く間に解け、いつもの笑みを急いで作った。
「あ、ありがとうございます、ユリアさん。私もユリアさんが――ユ、ユリアさんが好きです」
ユリアの真顔での好きです発言とは違い、内心動揺されていると思われる目元に朱を差した表情で。
その返答を受けたユリアは顔を柔らかく綻ばせて微笑した。
「ありがとうございます」
「――っ! い、いえ。こちらこそ」
ジェラルドさんはこの状況下に耐えきれなかったようで、とうとう横を向いてユリアから視線を外した。表情は隠せても耳の赤さは隠せていませんが。
するとそれに伴ってユリアは気が済んだのか、私の方へと向き直る。
「ロザンヌ様」
「は、はい! 何でしょう」
「と言うわけです」
え。何だかドヤ顔されている。……むかつく。しかし何が、と言うわけなのか。
「好きか嫌いかが分かっていれば、物事はこんなに簡単なのです」
「そ、そう?」
彼女なりに一生懸命考えてくれたので否定はしたくない。したくないけれど……全然参考にならない。
目の前の状況を見ていれば分かる。同じ好きという言葉でも、一方では涼しい顔しながらも喜び、一方では面映ゆいご様子で視線をそらされている。きっと好きの種類の境界線はここにあるのだと思う。
うーん。ユリアにこの感情はまだちょっと難しかったかな。ただ、好きの違いはあれど、二人の距離は確実に縮まっただろう。
――ああ、いえ。違う。縮まったのではない。ユリア自ら、一歩足を前に踏み出して縮めたんだ。そっか。そういうこと……。
重い息を吐く。
私は羨ましいんだ。自分の心に嘘をつかず、素直な気持ちで好きなものは好きだと言うユリアが。好きなものは好きなんだと行動するマリエル様が。
羨ましく……妬ましかった。
「そうね、ユリア。あなたの言う通りね。わたくしもそうだと思うわ」
私が微笑むとユリアはやっぱり少し得意げな表情を見せた。
「殿下、それではそろそろ失礼いたします」
執務室での仕事を終えて私は立ち上がるとベールを脱ぎ、殿下のデスク前まで歩いて行く。
「ああ。本日もありがとう」
「殿下はこの後もまだお仕事ですか?」
殿下にベールを手渡しながら尋ねた。
「そうだ。まだやり残した仕事がある」
「お急ぎのお仕事なのですか?」
「いや。急ぎではないが、今日の内にやっておきたくてな」
「最近はお仕事を詰め込まなくても良くなったのではないのですか?」
私の影祓いで朝はゆっくりになったと聞いた気が。
「癖が抜けないというか、やり残した仕事があるとどうも気になって仕方がない」
「そうなのですか」
よし。私もユリアのように素直な気持ちで殿下に労いのお言葉をおかけしよう。
「呪いが引き起こした副反応とはいえ、馬車馬のように一身にお勤めされるお姿は尊敬に値します」
「上から目線だが、一応礼を言うべきか?」
「はっ」
ああぁぁぁ。この憎まれ口を叩く口が本日ばかりは腹立たしい。
自分の頬を手で引っ張る。
「失礼いたしました」
「君が素直だと不気味だ」
殿下は苦笑いされるが、私は異議を申し立てたい。
「お言葉ですが、わたくしは常に素直でございます」
「そうだったな。素直すぎたな」
「そうですよ。ですから影に取り憑かれても、やせ我慢して人と対応されているお姿に感心しているのも本心ですし、絶え間ないお仕事量のせいで人との約束を破ることになっても、多少はやむなしだなと寛容な心を持っていることも事実です」
私は自分の胸に手を当てる。
「最後のそれは君自身を誇っているのかな?」
あれ? 話をしている内に本筋がずれてしまっただろうか。仕切り直ししよう。
「いえ。そうではなく。感情的にならず、冷静な判断をなさる所も素晴らしいと思っておりますし、とはいえ、少し世間知らずで目が曇っていらっしゃるのかしらとご心配にもなりますし、まあ、よく言えばお人好しとも取れましょうか」
「うん。君の気持ちはよく分かった」
頬に手を当ててため息をつく私に、殿下は引きつった笑いを返した。
あ、あれ? もしかしてまたひねくれちゃった!?
「け、けなしているわけではありませんよ!? で、ですからえっと。わたくしは」
だめだめ。軌道修正。素直素直。素直にそんな殿下でも礼賛していますって言えばいいだけ。まあ、礼賛は言い過ぎだけど。――じゃなくて! 素直に。そう、心から素直に。
「わたくしはたとえそんな殿下でも、心から。ええ、心からお慕い申し上げております!」
「はいはい。それはどうもありが――え?」
「…………ん?」
目を見張る殿下に私は小首を傾げた。
不意打ちすぎるユリアの言葉に、私もジェラルドさんも言葉を紡げずにいる。片やユリアはと言うと、ジェラルドさんに視線を固定したままだ。もしかして彼からの答えを待っているのだろうか。
ジェラルドさんも彼女の視線から逃げ遅れ、時間が止まったように見つめ合ったままだ。
仕方がない。この私が初歩的な魔術で、止まった時を動かすことにしよう。
私は片目を伏せ、口元に拳を作る。そして。
「コホンッ」
一つ咳払いすると、ジェラルドさんにかかった魔術は瞬く間に解け、いつもの笑みを急いで作った。
「あ、ありがとうございます、ユリアさん。私もユリアさんが――ユ、ユリアさんが好きです」
ユリアの真顔での好きです発言とは違い、内心動揺されていると思われる目元に朱を差した表情で。
その返答を受けたユリアは顔を柔らかく綻ばせて微笑した。
「ありがとうございます」
「――っ! い、いえ。こちらこそ」
ジェラルドさんはこの状況下に耐えきれなかったようで、とうとう横を向いてユリアから視線を外した。表情は隠せても耳の赤さは隠せていませんが。
するとそれに伴ってユリアは気が済んだのか、私の方へと向き直る。
「ロザンヌ様」
「は、はい! 何でしょう」
「と言うわけです」
え。何だかドヤ顔されている。……むかつく。しかし何が、と言うわけなのか。
「好きか嫌いかが分かっていれば、物事はこんなに簡単なのです」
「そ、そう?」
彼女なりに一生懸命考えてくれたので否定はしたくない。したくないけれど……全然参考にならない。
目の前の状況を見ていれば分かる。同じ好きという言葉でも、一方では涼しい顔しながらも喜び、一方では面映ゆいご様子で視線をそらされている。きっと好きの種類の境界線はここにあるのだと思う。
うーん。ユリアにこの感情はまだちょっと難しかったかな。ただ、好きの違いはあれど、二人の距離は確実に縮まっただろう。
――ああ、いえ。違う。縮まったのではない。ユリア自ら、一歩足を前に踏み出して縮めたんだ。そっか。そういうこと……。
重い息を吐く。
私は羨ましいんだ。自分の心に嘘をつかず、素直な気持ちで好きなものは好きだと言うユリアが。好きなものは好きなんだと行動するマリエル様が。
羨ましく……妬ましかった。
「そうね、ユリア。あなたの言う通りね。わたくしもそうだと思うわ」
私が微笑むとユリアはやっぱり少し得意げな表情を見せた。
「殿下、それではそろそろ失礼いたします」
執務室での仕事を終えて私は立ち上がるとベールを脱ぎ、殿下のデスク前まで歩いて行く。
「ああ。本日もありがとう」
「殿下はこの後もまだお仕事ですか?」
殿下にベールを手渡しながら尋ねた。
「そうだ。まだやり残した仕事がある」
「お急ぎのお仕事なのですか?」
「いや。急ぎではないが、今日の内にやっておきたくてな」
「最近はお仕事を詰め込まなくても良くなったのではないのですか?」
私の影祓いで朝はゆっくりになったと聞いた気が。
「癖が抜けないというか、やり残した仕事があるとどうも気になって仕方がない」
「そうなのですか」
よし。私もユリアのように素直な気持ちで殿下に労いのお言葉をおかけしよう。
「呪いが引き起こした副反応とはいえ、馬車馬のように一身にお勤めされるお姿は尊敬に値します」
「上から目線だが、一応礼を言うべきか?」
「はっ」
ああぁぁぁ。この憎まれ口を叩く口が本日ばかりは腹立たしい。
自分の頬を手で引っ張る。
「失礼いたしました」
「君が素直だと不気味だ」
殿下は苦笑いされるが、私は異議を申し立てたい。
「お言葉ですが、わたくしは常に素直でございます」
「そうだったな。素直すぎたな」
「そうですよ。ですから影に取り憑かれても、やせ我慢して人と対応されているお姿に感心しているのも本心ですし、絶え間ないお仕事量のせいで人との約束を破ることになっても、多少はやむなしだなと寛容な心を持っていることも事実です」
私は自分の胸に手を当てる。
「最後のそれは君自身を誇っているのかな?」
あれ? 話をしている内に本筋がずれてしまっただろうか。仕切り直ししよう。
「いえ。そうではなく。感情的にならず、冷静な判断をなさる所も素晴らしいと思っておりますし、とはいえ、少し世間知らずで目が曇っていらっしゃるのかしらとご心配にもなりますし、まあ、よく言えばお人好しとも取れましょうか」
「うん。君の気持ちはよく分かった」
頬に手を当ててため息をつく私に、殿下は引きつった笑いを返した。
あ、あれ? もしかしてまたひねくれちゃった!?
「け、けなしているわけではありませんよ!? で、ですからえっと。わたくしは」
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「わたくしはたとえそんな殿下でも、心から。ええ、心からお慕い申し上げております!」
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