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第217話 好きの種類

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「え。ええっと。い、生きているのかなって」
「生きています」
「あ、はい。ごめんなさい」

 私はユリアの胸へと伸ばしていた手を収めながら謝罪した。

「ところでロザンヌ様」
「は、はい!」

 ユリアから見据えるような視線を流されて思わず身を正す。

「ロザンヌ様はなぜ突然そのような事を言い出したのですか」
「え? あ、ああ。そのこと」

 私はほっとした後、重く息を吐いた。

「わたくしの友人のことでちょっとね」

 個人的なことだけれど、信頼できるお二人だからいいかな。
 少しためらったものの名前だけは出さず、セリアン様のお話と合わせて事情と自分の気持ちを話してみる。

「わたくしは婚約者様に対する裏切りではないのかと思ったのだけれど」
「そうですか。私には何が正しいのか、間違っているのかは分かりません」
「明瞭なお答え、アリガトウ」

 ユリアの淡々とした答えに私は苦笑いした。

「ですが、その婚約者の方も今恋をなさっている方も、どちらも好きで良いのではないのでしょうか?」
「え。いえいえ。だからそれが問題でしょうと言っているのよ。両方好きだなんて。ましてご婚約者様に対しては親愛の好き、今のお相手は恋愛の好きなのよ」
「親愛と恋愛の間に、どんな違いがあるのですか?」
「え、違い?」

 急にそんなことを言われましても……。
 私は助けを求めるべくジェラルドさんに視線をやったが、彼も返答に困ったのか、さっとかわされた。

 酷い、ジェラルドさん!
 ヒロイン(私のことだ何かモンクある!)が危機の時に颯爽と助けるのが騎士ナイトではないの!?

「ロザンヌ様?」
「は、はい!」

 恨めしそうにジェラルドさんを見つめていたが、ユリアに促されて意識を彼女に戻す。

「ええっと、そうね。親愛の好きとして、わたくしはユリアが好きよ」
「……ありがとうございます」

 少し戸惑った後、ユリアはほんのわずかに微笑する。

「お父様もお母様も好き」
「はい」
「お兄様方も好きよ」
「はい」
「ダングルベール家で働いてくれている皆が好き」
「はい」
「皆、わたくしをほっと和ませてくれて、幸せにしてくれるの」
「はい」

 淡々と頷くだけのユリアに私はそろそろ焦り始める。

「あ、ええっとね。お菓子も好き。特にクッキーが好きかしら。甘い物って心を穏やかに優しくしてくれるわよね」
「はい」
「お花も好き。あ、ユリア。いつもお花を飾ってくれてありがとう。綺麗な物を見ていると心が洗われるわ」
「はい」
「あ、あとはね、動物も好き。中でも――」
「それで恋愛の好きは何ですか」

 とうとう痺れをきらしたらしいユリアがずばりと斬り込んできた。

「――うぐっ。え、えと。そうね。その人を見ていると、ドキドキと胸が高鳴ったり、体がほわほわしてきたり、一緒にいると幸せで嬉しい気持ちなのに何だか息が苦しくなってきたり――って! ど、どうしてわたくしが恋の気持ちを知っている風になっているのでしょうか!」

 前からと横からの視線を受けて我に返り、私は慌てて叫んだ。

「ロザンヌ様が親愛と恋愛は別のようにおっしゃったからご存知かと」

 ユリアはすげない答えを返してくるので、私は咳払いする。

「あ、そ、そう。そうね。そうだったわね。でも、わたくしも人からそう聞いたのよ。人から。うん! ジェラルド様、そんな感じですわよね!?」
「――え?」

 ジェラルド様、いつまでも知らぬ存ぜぬは許しませんよ。
 私はジェラルドさんを巻き込むことにした。するとユリアの視線は私から彼に移る。

「そ、そう、そのような感じ、なのでしょうか。……はい」

 ユリアに真っ直ぐに見据えられ、ジェラルドさんは歯切れ悪くも辛うじて私の意見に賛同して頷いた。

「なるほど。では、私が運動している時と同じということでよろしいですね」

 違う。似ているかもしれないけれど、それ違う……。
 不満げな私の表情にユリアは眉を上げる。

「どこか違いがありましたか?」
「えーえーあのぉ……う、うまく説明できません」
「そうですか。ロザンヌ様。私はロザンヌ様のことが好きです」
「え? ありがとう」

 いきなりの言葉だが、好きだと言われるとやはり嬉しい。ユリアもさっきこんな気分だったのだろうか。
 さらに彼女は続ける。

「私は旦那様も奥様も好きです」
「うん」
「ダングルベール家の皆様が好きです」
「うん」
「私は運動が好きです」
「うん」
「ですが、リンゴは嫌いです」
「え?」

 急に嫌いだときっぱり言われて首を傾げる。
 そういえばリンゴは嫌いだと前にも言っていたっけ。

「私は好きの種類の境界線は分かりませんし、説明もできません。けれど線引きが曖昧なものならば好きか嫌いか、それだけが分かっていればいいと考えています」
「好きか嫌いか……」

 ユリアの言葉に思わず目を見張った。
 何だろう。完全に心の整理がついたわけではない。それでもなぜか視界が広がり、明るくなった気がする。

「ですから」

 ユリアはジェラルドさんの方へと視線を移す。

「私はジェラルド様も好きです」
「え、ありがとうご――は、はいっ!?」

 涼しい顔をして爆弾発言を落としたユリアは、せっかく収まりそうだった場をまた混乱に陥らせた。
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