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第212話 ユリアの優先順位

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 私は目覚めのために、うぅぅんと思いっきり手を伸ばした。

「おはようございます、ロザンヌ様」
「おはよう、ユリア」

 昨日は色々あったのに、ユリアはこれまでと全く変わらない様子で淡々と仕事をこなす。

「ああ、そうだわ。ユリア、もう今日から登下校に付いてくれなくていいからね」
「はい?」
「あなただってこれから忙しくなるでしょう。登下校にはジェラルド様か他の護衛官様がついてくださるし、わたくしも自分でできることはちゃんと一人でしていくから」

 ユリアに頼ってばかりでは駄目ですからね。
 私は両手で拳を作って見せた。

「お言葉ですが、ロザンヌ様」
「ほい来た。何ですか?」
「私には優先事項を決める権利があります」
「ええ。もちろんよ。ユリアが好きに決めていいわ」

 ユリアは静かに頷く。

「それならば私はロザンヌ様を第一と考えさせていただきます」
「でも翻訳も大変でしょうし、わたくしのことなんて二の次でいいのよ。あなたの生活を優先して」
「私がロザンヌ様の生活を優先したいのです。それが私の優先順位です」
「……ユリア。分かったわ。ありがとうね、ユリア」

 私はユリアに笑いかけると、彼女も頷いて微笑みを返してくれた。


 まだ部屋にいらっしゃった殿下に朝の挨拶を交わすと私たちは馬車の停留場所に向かった。
 もちろん既にジェラルドさんが待機してくれている。

「おはようございます。ロザンヌ様、ユリアさん」
「ジェラルド様、おはようございます」
「おはようございます」

 挨拶を終えて馬車へと乗り込み、準備が整ったところで出発した。

「ロザンヌ様、手のお加減はいかがでしょうか」

 馬車が動き出すや、ジェラルドさんは話を切り出し、布が巻かれた私の手に視線を落とす。

 あの時は頭がかっと来ていたから、痛みなど感じなかったけれど、その後、じわじわと痛み出したのだ。もし殿下に止められずに二度目を叩いていたら、腫れ上がっていたかもしれない。
 ユリアを焚きつけるような真似をしてしまって少し後悔したものだ。

「ありがとうございます。軽くぶつかっただけですから大丈夫です」
「そうですか。良かったです」

 私が机を叩いた件をご存知なのだろうか。けれどジェラルドさんはそれ以上追及せず、笑みを浮かべた。
 だからありがたく話を変えることにした。

「ジェラルド様、もうお耳に入っているかもしれませんが、ユリアが歴史書の翻訳に携わることになりました」
「はい。殿下からお聞きしております」

 ジェラルドさんは私の話に頷くとユリアに視線を移す。

「それに伴い、ユリアさんに一人護衛を付けるかどうかとの検討がなされていますが」
「結構です」
「ですよね。そうお伝えします」

 あっさり拒否するユリアにも慣れてきたジェラルドさんは少し笑う。

「ですが、殿下よりユリアさんの補助にも回るよう言いつかっております。ご協力できることがありましたら、何でもおっしゃってください」

 また、結構ですときっぱりはね除けるのではとドキドキしたが、ユリアは思いの外、間を取って考え込むと口を開いた。

「では、これからも鍛錬のお付き合いをしていただけますか」
「え?」
「私の優先順位を申し上げます。一にロザンヌ様、二に鍛錬、三、四が無くて五に翻訳です」
「ユ、ユリア!?」

 さすがの私も王命が最後の順位なんて言えません! しかも三、四は無いくせに五に王命!?
 ユリアのふてぶてしい態度には負けてしまいます。負けていないと殿下の幻聴が聞こえてきそうだけれど。

 殿下に忠実であり、真面目で誠実なジェラルド様のことだ。ユリアの態度に呆れ返っているかもしれない。――と思いきや。
 表情がふっと緩んでからは、決壊したように声を抑えた笑いに変わる。

 私は呆気に取られ、ユリアはいつもの無表情で見守っていると、ようやく笑みを押さえることに成功したようだ。それでもまだ笑いが残る表情でジェラルドさんは失礼いたしましたと口にする。

「ユリアさんはロザンヌ様と同じく、とても素直な方でいらっしゃるのですね」

 ジェラルドさん。良いように解釈してくださって、ありがとうございます。最上級に言葉を修飾したらそういうことになるかもしれません……。

「ユリアさんの優先順位を遵守するお約束ですからね。私の一存で、お引き受けさせていただきます」
「ありがとうございます」

 ジェラルドさんが頷くと、ユリアは相も変わらず無表情にお礼を述べた。

「あ、あの! ユリアはとても喜んでおります!」

 私は横からフォローを入れると。

「ええ。承知しております」

 と笑顔で返ってきて、ユリアはすぐさま私の顔を見た。
 表情に出ているのか、とでも言いたいのかもしれない。きっと表情ににじみ出てきているのも一つ。そしてもう一つはジェラルドさんがユリアの心に寄り添ってくれているからだろう。

「ジェラルド様に心を読まれるようでは、あなたもまだまだ未熟者ねえ」

 ふふんと笑って適当な事を言ってみたら、ユリアは何とも言えない表情を浮かべた。
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