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第211話 実はクロエさんは

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 国王陛下はいたく感激されたようで、ありがとうと何度も繰り返しおっしゃった。その後、私が出した条件を全て飲むことをお約束していただき、さらにこれまでの補償金も支払うとおっしゃった。

 ユリアは固辞しようとしていたけれど、自分の中で区切りをつける気があるのならば受けておいた方がいいと私が言うと、彼女は少し考えてありがたく頂戴いたしますと返答を翻した。

「ああ、そうだわ。ユリア」
「何でしょうか」
「最後にね、デレク管理官に一発くらいお見舞いしておく?」

 私はぐっと握った手をユリアに見せると、彼女は私とデレク管理官を交互に見る。一方、デレク管理官はぐっと唇を引いて頷いた。

「はい。一発でも、何発でも構いません。お気の済むまで」

 おぉ。潔いね。
 それでこそ元護衛騎士様。

「ですって。じゃあ、ユリア。何発にする?」
「いや。陛下の御前だ。勘弁してやってくれ……」

 私がにっこにこでユリアに尋ねると、殿下が情けない声で制止してきた。
 ちっ。横やりが入った。

「デレクももう年だしな」
「殿下。失礼なことをおっしゃる。これでも私は陛下の護衛官長まで務めた男です」
「分かっている。分かっているからこそ、君の名誉のためにも言っている」

 殿下は腕を組んでため息をつくと、何やら異変を感じたのか、デレク管理官は少し半笑いになった。

「……はい?」
「デレクは耳にしたことがないか? 騎士と混じって稽古する女性の話を」
「え……」

 デレク管理官はユリアを一瞥すると顔を強ばらせ、殿下を見た。

「まさか彼女が。あの大柄のアラン・オーギュストを倒した女性ですか!? こ、こんなか細い女性が?」

 デレク管理官はムキムキの女性でも想像していたのだろうか。

「いかにも。初めて騎士と同じメニューをこなしたその後、騎士相手に五試合連続勝利した女性でもある」
「――っ! そ、そうですか。い、いや。大丈夫です。私は元護衛騎士官長としての誇りがあります」

 うんうん。
 さすが元護衛騎士様ですよね。覚悟のほどが違います。

「どこからでも何発でも。ユリア様、どう――」
「結構です」

 ユリアはデレク管理官が言い終える前に断る。

「え、ですが」
「――えぇ!? ユリア、本当にいいの?」
「はい」

 不満そうに声を上げて再確認してみるが、ユリアはこくんと頷いた。
 その瞬間、デレク管理官の少しほっとした顔を見逃しませんでしたよ、わたくしは。

「木剣でならともかく、素手だと自分も痛いだけですから」
「そっか。それもそうね」
「……いや。木剣で叩きのめすのはいいのか」

 私は自分の布が巻かれた拳を見つめて納得し、殿下は顔を引きつらせる。
 その流れを黙って見守っていた陛下は。

「君に一人護衛官を付けようかと思っていたのだが、もしかしていらないのかな……」

 ぽつりと呟かれた。


 少しやつれた気がする国王陛下と無傷のまま生還することになったデレク管理官が退席し、代わりにクロエさんが部屋に戻ってきた。
 殿下は彼女にこれまでの経緯を説明し、ユリアのこれからの仕事分担についても指示した。

 殿下が今までのことを、事細かに説明するクロエさんって一体……。ただの侍女ではないの?
 不思議そうに見つめていた視線に気付いたらしい。殿下はこちらに視線を流した。

「クロエに話していることが意外に思ったか?」
「は、はい」

 頷くと殿下は悪戯っぽく笑った。

「クロエは、実は私の乳母なんだ。だから当然、私の体質のことも知っている」
「――えっ!? で、ですが、乳母様になるにはご年齢がお若すぎたのでは」

 現在、三十代前半だとしたら、殿下の乳母になったのは十三、四歳になるのでは?
 そう尋ねると。

「まあ、ロザンヌ様ったら。ありがとうございます」

 おほほほとクロエさんが嬉しそうに笑っているけれど、殿下は呆れたように腕を組んだ。

「ロザンヌ嬢。何やら勘違いしているようだが、クロエは私と同年代の子がいる四十過ぎだぞ?」
「え!?」
「殿下」

 クロエさんはにっこりと笑う。そして殿下の顔へと手を伸ばすと、口元を思いっきり――引っ張った!

 殿下は不意打ちに驚きつつ、痛みに顔をしかめる。

「わたくし、まだ・・三十八にございましてよ?」
「そ、そうか。わ、私が悪かっ、たから手を放して……くれ」

 男前形無しなくらい眉を落とす殿下の姿が愉快痛快だった。
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