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第195話 デレクさんはジェラルドさんの大先輩

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 本日のジェラルドさんとの鍛錬は休みにしてもらって、早速私たちは書庫室へと向かった。王族の他に三人まで入室可能なので、皆で行くことになる。
 書庫室に着くと、書庫番のデレクさんが殿下と私に挨拶し、次に。

「おう。ジェラルド」

 親しげにジェラルドさんにお声をかけた。

「こんにちは、デレク管理官」

 ジェラルドさんも殿下と書庫室に訪れているだろうから、顔見知りなのだろう。それにデレクさんは元騎士だから、気安いのかもしれない。
 それにしてもなるほど。管理官と言うと格好いい。次からは私も心の中でそう呼ぼう。

「ところで殿下、今日は大人数ですね」

 デレク管理官は私とユリアを見た後、殿下に話を振る。

「ああ。ちょっと調べ物があるから人を増やした」
「そうですか。お嬢さんは初めてだね。私はデレク・オルソーです。よろしく」

 デレク管理官がユリアに視線を移すと、彼女は礼を取る。

「はい。ユリア・ラドロと申します」

 ユリア・ラドロか。
 彼女の旧姓を知ってしまった今は、その名を聞くと何だかつらいものがある。今もなお本当の名前を告げることはできないのかと。泥棒をもじった私が付けた名前などではなく、ジャンメールという素敵な名前があるのに。

「ユリア……ラドロ? 変わった姓だね。あ、いや。失礼した」
「はい。人から頂いた私の大切な宝です」

 淡々と答えるユリアに何だか目が潤んでくるので、私は皆から顔を背けた。
 止めてよ本当に。涙が涸れてしまう。けれど、王宮に来なければきっと一生涯知ることのできなかったユリアの過去と思いだ。しっかり胸に収めておこう。

 私は呼吸を繰り返してどうにか涙を引っ込めると、顔を戻す。――と。

「な、何ですか!?」

 皆の視線が自分に集中していてびっくりした。

「いや。何をそんなに興味深く見ていたのかと気になってな」

 にっと唇を引いて笑う殿下。
 分かっているくせに殿下は意地悪だ。

「も、もういいから入りますよ! 時は金なりです!」
「分かった分かった」

 殿下は苦笑いするも、ふと何かを思いついたようだ。デレク管理官を見た。

「デレク、君は父上の護衛官長だったな」
「そんな時代もございましたね」

 デレク管理官はゆっくりと笑みを浮かべる。
 え!? 国王陛下の元護衛官様だったの!? だとしたらジェラルドさんの大先輩ね。

「今日、ジェラルドが掃除している時に珍しい物を出してきた。それは護衛官規程が収められているという箱だったのだが、君の時代もあの箱で受け継がれてきたのか?」

 ジェラルドさんが掃除してとか、殿下は何食わぬ顔して、さらっと嘘をつくなぁ。
 呆れつつも感心する。

「ええ、そうです。陛下が王太子殿下の時に手に致しました。殿下はご覧になったことはありませんでしたか」
「ああ。初めて見た」
「そうでしたか。箱は重量感がありますから、護衛官としての責務の重みも同時に感じさせられましたよ」

 懐かしそうにデレク管理官は微笑んだ。

「国王の護衛官長に就く際も同じように箱で規程が引き継がれているのか?」
「いえ。王太子殿下の護衛官長のみです。王太子殿下が国王陛下になられた際、殿下の護衛官長だった者が今度は国王陛下の護衛官長として就任いたしますので」

 ということは、エルベルト殿下が国王になられた場合、ジェラルドさんは国王陛下の護衛官長となるわけね。……普段は謙遜していらっしゃるけれど、やっぱりすごい方なのね。

「外見は取り立てて派手さはないが、頑丈にだけは作られていたな。色はくすんでかなり年季が入っていたが、いつから伝わっているものなんだ?」

 殿下は慎重に、けれどいかにも興味を引かれたように言葉を選んで尋ねる。

「どうですかね。私が受けた時も歴史的に長く引き継がれているとしか言われませんでしたが」
「そうか。わざわざ箱に入れて引き継ぎとは洒落たことをするな」

 残念ながらデレク管理官からめぼしい情報を得ることはできなさそうだ。それでも話を打ち切ってしまえば不審に思われるから、殿下は話を続けているのだろう。

「やはり私が感じたように箱の重みで、王家の歴史と護衛官長としての責務の重さを感じろってことですかねー。護衛官長に就いたんだなと、ちょっと誇らしい気分にさせてくれましたよ」

 デレク管理官の様子を見ていると、二重底に気付いた様子もない。
 あの羊皮紙に書かれた規程書はルイス王の時代からずっと奥底で眠っていたのだろうか。それとももっと前なのか。

 他にも気になったことがある。先ほどデレク管理官は王太子殿下の護衛官のみ引き継ぐとおっしゃったが、もし王太子が国王になることを拒否されたり、護衛官長が辞退された場合、どうなるのだろう。稀な事だから想定されていないのか、一時的に引き継いで確認したりするのかな?

 疑問に思って私は一人こっそりと眉をひそめた。
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