上 下
185 / 315

第185話 病気の原因はやはり

しおりを挟む
 マリアンジェラ様は見たところ、熱があったり、咳き込んだりしているご様子はない。高熱はともかく、殿下に取り憑く影もそのような症状はないと聞くが……。

「お医者様は何とおっしゃっているのですか?」
「お恥ずかしい話ですが、心労かもしれないそうです」
「流行病ではない?」
「ええ。ですからロザンヌ様をお呼びしたのです。移してしまっては大変ですもの」

 やはり影が原因?

「体が重だるくて、食欲が全くなくて、夜もほとんど眠れないものですから酷い顔をしているでしょう」

 マリアンジェラ様は、隠すように私が握る反対の手をご自分の頬に当てる。

「いいえ。マリアンジェラ様はどんなお姿でも品があってお綺麗です。ただ、おっしゃるようにお疲れのご様子ですね」

 食事も睡眠もほとんど取れていないのであれば、より倦怠感が出るのは仕方がないことだ。

「まあ。お世辞でも嬉しいわ。お医者様もゆっくり休養と食事を取れば大丈夫だろうと。それにロザンヌ様にお会いしたからかしら。何だか元気になってきた気がします」
「はい。今、わたくしの力強い元気パワーを手から注ぎ込んでおりますので」

 私はあらためて両手でぎゅっとマリアンジェラ様の手を握ると、ありがとうございますと笑顔になった。

 マリアンジェラ様はまだ気付いてはおられないけれど、呼吸の乱れが整い、顔色も少しずつ血色を取り戻してきているのが見て取れる。
 普通の病気がみるみる内に良くなるわけがない。間違いない。影が原因だ。

 我知らず唇を噛んでしまう。

「どうかなさったの?」

 私の顔を見て眉を落とすマリアンジェラ様に、私ははっと我に返る。

「あ、いえ。……申し訳ございません、マリアンジェラ様」

 私を庇ってくださったために、マリアンジェラ様が狙われてしまった。あるいはベルモンテ侯爵家は日々、上位貴族を虎視眈々と狙っていて、その隙を与えてしまったのかもしれない。

「もっと早くにお見舞いに伺っていれば」

 そうだ。もっと早くにお見舞いに来ていれば、ここまでマリアンジェラ様を苦しめることもなかったはず。

「毎日お顔を合わせていませんでしたし、何よりもわたくしが言っておりませんでしたから。休む二、三日前から予兆はあったのですが、ここまで悪くなるとは思いませんでした」

 マリアンジェラ様は表情に陰を落として一つ息を吐く。

「一人でベッドの中にいますとね、自分だけどこか遠くに離された気分になるのです。誰からも、家族の者さえからも忘れ去られるようなそんな感覚に。このままずっとこうだったらどうしようと、ずっとこの暗い世界に一人取り残されたらどうしようと悪い方向にばかり考えてしまうのです。とても心細くて寂しくて恐ろしくて。だから」

 私の手を力強くぎゅっと握り返し、マリアンジェラ様はふわりと顔をほころばせた。

「ロザンヌ様が顔を見せてくださって本当に嬉しかったの。とても心強かったの。わたくしに光を与えてくださってありがとうございます」
「そんな……わたくしは」

 あなた様をそんな風に追い込んでしまった張本人なのに……。

 小首を傾げていたマリアンジェラ様だったけれど、きゅうくるくるとお腹に空腹を主張されて顔を赤らめた。

「あ、あら。安心したらお腹が空いてきちゃったみたい。不思議なものね。さっきまでは全く食欲がなかったのに」
「お腹が空くのは元気の証拠です。わたくし、いつもお腹が空いておりますもの」
「まあ」

 マリアンジェラ様はくすくすと笑う。
 もう大丈夫だ。
 私はマリアンジェラ様の手を離した。

「では、そろそろ失礼いたしますね」
「もう?」
「ええ。お腹が空いておられる時にお食事なさった方がよろしいかと思います」
「そうね……」

 残念そうにされているけれど、マリアンジェラ様は素直に頷く。
 実際、どれくらいお食事を取っていないのか分からないけれど、体が激しく欲しているのは間違いない。

「セリアン様もとても心配していらっしゃいました。今も下で不服そうにお待ちなのです」

 仕方がないからセリアン様のことも話題に上げておいてあげます。

「ええ、そうね。とても感謝しています。ですが、病床に伏している姿をお見せしたくはなかったものですから。――あ。お帰りの前に、申し訳ないですけれど、あのテーブルにあるペンとメモを取ってくださる? セリアンに感謝の手紙を渡していただきたいのです」

 マリアンジェラ様も無意識でおっしゃっているのだろう。彼のことをセリアンと呼んだ。
 私は何食わぬ顔で返事してペンとメモを手渡すと、マリアンジェラ様はさらさらと書き付けて私に差し出す。

「これをお願いいたします」
「確かに承りました。マリアンジェラ様、一日も早いご快復をお祈りいたします」
「ありがとうございます。また学校でお会いしましょう」
「はい。元気なお姿のマリアンジェラ様とお会いできるのを楽しみにしております」

 私は深々と礼を取ると、笑顔で部屋を後にした。
しおりを挟む
感想 262

あなたにおすすめの小説

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

旦那様は大変忙しいお方なのです

あねもね
恋愛
レオナルド・サルヴェール侯爵と政略結婚することになった私、リゼット・クレージュ。 しかし、その当人が結婚式に現れません。 侍従長が言うことには「旦那様は大変忙しいお方なのです」 呆気にとられたものの、こらえつつ、いざ侯爵家で生活することになっても、お目にかかれない。 相変わらず侍従長のお言葉は「旦那様は大変忙しいお方なのです」のみ。 我慢の限界が――来ました。 そちらがその気ならこちらにも考えがあります。 さあ。腕が鳴りますよ! ※視点がころころ変わります。 ※※2021年10月1日、HOTランキング1位となりました。お読みいただいている皆様方、誠にありがとうございます。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

王太子妃は離婚したい

凛江
恋愛
アルゴン国の第二王女フレイアは、婚約者であり、幼い頃より想いを寄せていた隣国テルルの王太子セレンに嫁ぐ。 だが、期待を胸に臨んだ婚姻の日、待っていたのは夫セレンの冷たい瞳だった。 ※この作品は、読んでいただいた皆さまのおかげで書籍化することができました。 綺麗なイラストまでつけていただき感無量です。 これまで応援いただき、本当にありがとうございました。 レジーナのサイトで番外編が読めますので、そちらものぞいていただけると嬉しいです。 https://www.regina-books.com/extra/login

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

【完結160万pt】王太子妃に決定している公爵令嬢の婚約者はまだ決まっておりません。王位継承権放棄を狙う王子はついでに側近を叩き直したい

宇水涼麻
恋愛
 ピンク髪ピンク瞳の少女が王城の食堂で叫んだ。 「エーティル様っ! ラオルド様の自由にしてあげてくださいっ!」  呼び止められたエーティルは未来の王太子妃に決定している公爵令嬢である。  王太子と王太子妃となる令嬢の婚約は簡単に解消できるとは思えないが、エーティルはラオルドと婚姻しないことを軽く了承する。  その意味することとは?  慌てて現れたラオルド第一王子との関係は?  なぜこのような状況になったのだろうか?  ご指摘いただき一部変更いたしました。  みなさまのご指摘、誤字脱字修正で読みやすい小説になっていっております。 今後ともよろしくお願いします。 たくさんのお気に入り嬉しいです! 大変励みになります。 ありがとうございます。 おかげさまで160万pt達成! ↓これよりネタバレあらすじ 第一王子の婚約解消を高らかに願い出たピンクさんはムーガの部下であった。 親類から王太子になることを強要され辟易しているが非情になれないラオルドにエーティルとムーガが手を差し伸べて王太子権放棄をするために仕組んだのだ。 ただの作戦だと思っていたムーガであったがいつの間にかラオルドとピンクさんは心を通わせていた。

処理中です...