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第166話 両親をお見送り
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次の日。
「もう行ってしまわれるのですか」
早々に帰宅準備をした両親に私は尋ねた。
夕方頃からゆっくりと帰宅し始める貴族もいるが、うちはお昼になる前に出発するとのことだ。確かにうちは辺鄙な場所ではあるけれど、夕方からの帰宅でも夜に間に合わないことはない。事実、今まで私は学校をそうやって通ってきたのだから。
「ああ。ごめんよ。もう少しゆっくりしたかったんだがね。ちょっと今、お仕事が押していてね」
「ごめんなさいね、ロザンヌ」
忙しい時期の合間を縫って今回の晩餐会に参加したのだろう。
「いいえ。仕方ありません」
思わず聞いてしまったけれど、私は笑顔で答えた。
私もまた早々に殿下の侍女として仕事に戻るべきだと考えているからだ。今日は一応休みを頂いているけれど、殿下はあれからも人とお会いしているだろうし、影が憑いているかもしれない。……それに。
私は仕事だが、君は休んで良い。私は仕事だが。
と殿下に言われたし!
「あなたも行儀見習いを頑張っているのね」
侍女服姿の私を見て、母は笑う。
「はい」
「これからも王族の方々に、この国のために精一杯尽くしなさい」
「はい、お母様」
「でも」
母は私に近付くと耳に小さく小さく囁く。
「それより何よりもあなたが幸せでなければ駄目。王族の方々やこの国のことよりもまずは自分のことを大切になさい」
「お母様……」
「ここだけの話ね」
私から離れた母はいつもの澄まし顔だった。
その様子を見ていた父はくすりと笑うと、ユリアにもこちらにおいでと声をかける。そして父が私と近寄ってきたユリアを抱きしめた。
「二人とも、体に気をつけて頑張るんだよ」
「はい。お父様」
「……はい、旦那様」
「あら、あなたばかりずるいわ」
私たちの様子を見ていた母もまた私たちを背後から抱きしめる。
「つらくなったら、いつでも我が家に帰っていらっしゃい。もちろんユリアも一緒よ」
「はい。お母様」
「はい。……ありがとうございます、奥様」
私とユリアは来客用の馬車の停留場所まで一緒に行って両親を見送ると、我が家の馬車は遠く小さくなり、やがてその姿を消した。
「あーあ。行っちゃったわねー」
両親に久々に会えてとても嬉しかったけれど、去ってしまうと寂しい気持ちが強くなってしまう。ここに来た当初よりも里心がついてしまった感じだ。
「ロザンヌ様」
気遣うような呼びかけに私は振り向いて笑顔を見せた。
「戻りましょうか」
「はい」
元来た廊下へと歩いていると、帰宅のために停留場所へと向かう貴族が続々と現れた。
貴族の方々が通り過ぎる度に廊下の端に寄って待つため、私たちは少しずつしか前に進めない。
すると。
「あら。ロザンヌ様?」
知った声が聞こえて顔を上げると、そこにいたのはカトリーヌ嬢だった。
「お友達かい」
「ええ。クラスメートです、お父様。少しお話ししてから行きますので、お父様方はお先に行ってください」
「そうか。分かった」
カトリーヌ嬢のご両親は侍女服姿の私にも優しげな笑みを向けると、ではと言って去って行った。
ご両親はお優しそうなのに、なぜ彼女自身はあんなにアレなのか。
「ふぅん。ここで行儀見習いをしているというのは本当だったのね」
カトリーヌ嬢は私の侍女服をじろじろと無遠慮に見つめる。
「ええ。以前にも申し上げた通り、もちろんですわ」
「そうね。……ねえ、あなた」
いつもより表情が硬いカトリーヌ嬢に私は首を傾げた。
もしかして王宮にいるからだろうか。
「昨日のあなた、見たわよ。あなた、とんでもない人に喧嘩を売ったわね。……売ったというよりも、マリエル様に巻き込まれたわけだけど」
巻き込まれたというか、自ら飛び込んだ感じでしょうか。
「あの方が何と名のったか、聞こえなかったわけではないのでしょう?」
「ベルモンテ侯爵令嬢様ですよね」
私が答えるとカトリーヌ嬢は呑気な人ねと頭が痛そうにしかめた。そして私にさらに近付いて小声になる。
「ただのお上品な侯爵令嬢ならばいいけれど、あの侯爵家には昔から黒い噂があって、彼らに楯突いて泣きを見た貴族は数知れずと言われているのよ。しかも相手が上級貴族であろうが、下級貴族であろうが関係なくよ」
確かに下々の人間に対して言わずもがなだけれど、マリアンジェラ様に対してもなかなかの不遜な態度を取っていた。
「馬鹿な事をしたわね。何も口にせず、ただ言われた通りにしておけば良かったのに。そもそもマリエル嬢を庇わなければ良かったのに。お人好しにも程があるわ」
「カトリーヌ様。もしかして……わたくしのことを心配してくださっているのですか?」
私が尋ねると、彼女はかっと頬を赤く染めた。
「あ、あなたのことなんて心配するわけないじゃない! ざまーみろって言いたかっただけよ! じゃ、じゃあね。失礼するわ」
身を翻して歩いて行く背中に声をかける。
「ありがとうございます、カトリーヌ様」
カトリーヌ嬢は一瞬立ち止まったけれど、振り返らずにつかつかと足早に去って行った。
「もう行ってしまわれるのですか」
早々に帰宅準備をした両親に私は尋ねた。
夕方頃からゆっくりと帰宅し始める貴族もいるが、うちはお昼になる前に出発するとのことだ。確かにうちは辺鄙な場所ではあるけれど、夕方からの帰宅でも夜に間に合わないことはない。事実、今まで私は学校をそうやって通ってきたのだから。
「ああ。ごめんよ。もう少しゆっくりしたかったんだがね。ちょっと今、お仕事が押していてね」
「ごめんなさいね、ロザンヌ」
忙しい時期の合間を縫って今回の晩餐会に参加したのだろう。
「いいえ。仕方ありません」
思わず聞いてしまったけれど、私は笑顔で答えた。
私もまた早々に殿下の侍女として仕事に戻るべきだと考えているからだ。今日は一応休みを頂いているけれど、殿下はあれからも人とお会いしているだろうし、影が憑いているかもしれない。……それに。
私は仕事だが、君は休んで良い。私は仕事だが。
と殿下に言われたし!
「あなたも行儀見習いを頑張っているのね」
侍女服姿の私を見て、母は笑う。
「はい」
「これからも王族の方々に、この国のために精一杯尽くしなさい」
「はい、お母様」
「でも」
母は私に近付くと耳に小さく小さく囁く。
「それより何よりもあなたが幸せでなければ駄目。王族の方々やこの国のことよりもまずは自分のことを大切になさい」
「お母様……」
「ここだけの話ね」
私から離れた母はいつもの澄まし顔だった。
その様子を見ていた父はくすりと笑うと、ユリアにもこちらにおいでと声をかける。そして父が私と近寄ってきたユリアを抱きしめた。
「二人とも、体に気をつけて頑張るんだよ」
「はい。お父様」
「……はい、旦那様」
「あら、あなたばかりずるいわ」
私たちの様子を見ていた母もまた私たちを背後から抱きしめる。
「つらくなったら、いつでも我が家に帰っていらっしゃい。もちろんユリアも一緒よ」
「はい。お母様」
「はい。……ありがとうございます、奥様」
私とユリアは来客用の馬車の停留場所まで一緒に行って両親を見送ると、我が家の馬車は遠く小さくなり、やがてその姿を消した。
「あーあ。行っちゃったわねー」
両親に久々に会えてとても嬉しかったけれど、去ってしまうと寂しい気持ちが強くなってしまう。ここに来た当初よりも里心がついてしまった感じだ。
「ロザンヌ様」
気遣うような呼びかけに私は振り向いて笑顔を見せた。
「戻りましょうか」
「はい」
元来た廊下へと歩いていると、帰宅のために停留場所へと向かう貴族が続々と現れた。
貴族の方々が通り過ぎる度に廊下の端に寄って待つため、私たちは少しずつしか前に進めない。
すると。
「あら。ロザンヌ様?」
知った声が聞こえて顔を上げると、そこにいたのはカトリーヌ嬢だった。
「お友達かい」
「ええ。クラスメートです、お父様。少しお話ししてから行きますので、お父様方はお先に行ってください」
「そうか。分かった」
カトリーヌ嬢のご両親は侍女服姿の私にも優しげな笑みを向けると、ではと言って去って行った。
ご両親はお優しそうなのに、なぜ彼女自身はあんなにアレなのか。
「ふぅん。ここで行儀見習いをしているというのは本当だったのね」
カトリーヌ嬢は私の侍女服をじろじろと無遠慮に見つめる。
「ええ。以前にも申し上げた通り、もちろんですわ」
「そうね。……ねえ、あなた」
いつもより表情が硬いカトリーヌ嬢に私は首を傾げた。
もしかして王宮にいるからだろうか。
「昨日のあなた、見たわよ。あなた、とんでもない人に喧嘩を売ったわね。……売ったというよりも、マリエル様に巻き込まれたわけだけど」
巻き込まれたというか、自ら飛び込んだ感じでしょうか。
「あの方が何と名のったか、聞こえなかったわけではないのでしょう?」
「ベルモンテ侯爵令嬢様ですよね」
私が答えるとカトリーヌ嬢は呑気な人ねと頭が痛そうにしかめた。そして私にさらに近付いて小声になる。
「ただのお上品な侯爵令嬢ならばいいけれど、あの侯爵家には昔から黒い噂があって、彼らに楯突いて泣きを見た貴族は数知れずと言われているのよ。しかも相手が上級貴族であろうが、下級貴族であろうが関係なくよ」
確かに下々の人間に対して言わずもがなだけれど、マリアンジェラ様に対してもなかなかの不遜な態度を取っていた。
「馬鹿な事をしたわね。何も口にせず、ただ言われた通りにしておけば良かったのに。そもそもマリエル嬢を庇わなければ良かったのに。お人好しにも程があるわ」
「カトリーヌ様。もしかして……わたくしのことを心配してくださっているのですか?」
私が尋ねると、彼女はかっと頬を赤く染めた。
「あ、あなたのことなんて心配するわけないじゃない! ざまーみろって言いたかっただけよ! じゃ、じゃあね。失礼するわ」
身を翻して歩いて行く背中に声をかける。
「ありがとうございます、カトリーヌ様」
カトリーヌ嬢は一瞬立ち止まったけれど、振り返らずにつかつかと足早に去って行った。
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