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第150話 ユリアの日常(終)
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「こんにちは」
私は声をかけながら温室に足を踏み入れる。
本日は、どうしても庭師様にご挨拶に伺いたいと言っていたロザンヌ様も一緒だ。
「あ。ユリア、こん――そちらは?」
ユアンさんは挨拶の途中で私の後ろにいたロザンヌ様に目をやった。
ロザンヌ様は辺りをきょろきょろと興味深そうに見ていて、ユアンさんの声で慌てて顔を前に戻して礼を取る。
「ごきげんよう。いつもお花をありがとうございます。ロザンヌ・ダングルベールと申します」
「ああ……ユリアの」
最後はぼかして私に視線を向けたので、はいと頷いた。
貴族が嫌いだと言うユアンさんは途端に表情を硬くする。しかしロザンヌ様はそれに気付いているのか、気付いていないのか、屈託のない笑顔を見せた。
「普段からユリアもお世話になっております。お近づきの印にこちらをどうぞ」
ロザンヌ様はそう言いながら私よりも一歩も二歩も前に出ると、持って来た手土産をユアンさんに渡す。すると、彼はそれに視線を落とした。
「これ……」
「こちらで頂いたお花です。とても綺麗なので、ドライフラワーと押し花のしおりにしてみました」
私もロザンヌ様と一緒に陰干しして作ったものだ。昔、ロザンヌ様がご実家の侍女長に教わったと言っていた。
ユアンさんは顔を上げるとロザンヌ様を真っ直ぐ見る。
「どうしてこれを」
「花瓶にいけたままだとすぐに駄目になっちゃうでしょう。こうしておけば、長く持ちますから」
「こんな事をしたところで、永遠に美しさが続くわけではありませんよ」
一応礼節はわきまえているようだが、皮肉っぽい言い方だ。
「ええ。もちろん植物だって生き物だもの。生あるものはいつか土に還るのは当然ですよ?」
それが何かと小首を傾げるロザンヌ様に、ユアンさんは一瞬言葉に詰まる。
「む、無駄ではないかと」
「無駄ですか? でもお花ってプライドの高い生き物でしょう」
「花にプライド?」
「ええ。だって自己主張が強いではありませんか。花束を頂いてもわたくしを盛り立ててくれるどころか、わたくしが花を引き立ててしまっていますもの」
ぷんぷん怒るロザンヌ様にユアンさんは押され気味だ。
「そ、それはお気の毒に」
「ありがとう。でもね。人間の身勝手で手折った以上、その生き様に敬意を払って少しでも長く綺麗な姿でいさせてあげないと駄目だと思っております」
「生き様に敬意……」
ユアンさんはロザンヌ様の言葉を繰り返し、そしてもう一度手の中の花に目をやった。
「――あら。こちらの管理者様でしょうか」
「え? あ、はい」
話し声を聞きつけて側に寄ってきたジル様にロザンヌ様は駆け寄り、ごきげんようと礼を取る。
「ジル様ですね。いつもユリアがお世話になっております。わたくし、ロザンヌ・ダングルベールと申します」
「ジ、ジル様? い、いえ。そんな。ご令嬢様に敬称をつけていただくような身分では」
「とんでもないことです。お花、いつもとても素晴らしいですわ。誉れ高い職人様に敬意を払うのは当然のことです」
「え。いや、そんな」
ジル様もまたロザンヌ様のぐいぐい来る姿におろおろとしている。
ロザンヌ様は、心の扉をぶち破って不法侵入するのが得意技だから諦めてほしい。
「ところで。ここの廃棄処分になるお花についてですが、全てのお花がプライドを持って生きているのに捨て置くのは酷いと王族の方に直談判した結果、王族居住区域の廊下に飾るとのご回答を頂きました」
ロザンヌ様が殿下に迫る姿がありありと想像できてしまう。きっと殿下が根負けしたのだろう。
「え……。では」
「ええ。近々、こちらで育てられたお花は全てお納めするご下命を賜ることになられるかと思いますので、よろしくお願いいたします。ただ、完全に傷んでしまったものは残念ですが」
「そ、それはもちろんです」
ジル様としても、王族へとお納めするのは最高の花に限るとは言え、精魂込めて育てた花々を廃棄処分するのは心が痛んでいたのだろう。ロザンヌ様の言葉に頬を紅潮させて喜んでいるのが分かる。
「それとご相談なのですが、わたくしの部屋に飾る一輪のお花だけはこっそりお譲りいただきたく――あ。こちら、ジル様にもドライフラワーと押し花のしおりを。いえ! これは断じて。断じて賄賂でも、闇取引でもございません」
手を大仰に振りながら言い訳しているロザンヌ様を見ていると、ユアンさんが側にやって来た。
「あれがあんたの主人?」
「はい。手折られたとしても、生ある限り精一杯気高く美しく、そして逞しく咲き誇る私の主人です」
彼はぷっと吹き出す。
「ホント、逞しそうな人だ」
「はい。私の自慢の主人です」
「……うん。良い主人を持ったね」
ユアンさんは頷くと柔らかな表情で微笑んだ。
私は声をかけながら温室に足を踏み入れる。
本日は、どうしても庭師様にご挨拶に伺いたいと言っていたロザンヌ様も一緒だ。
「あ。ユリア、こん――そちらは?」
ユアンさんは挨拶の途中で私の後ろにいたロザンヌ様に目をやった。
ロザンヌ様は辺りをきょろきょろと興味深そうに見ていて、ユアンさんの声で慌てて顔を前に戻して礼を取る。
「ごきげんよう。いつもお花をありがとうございます。ロザンヌ・ダングルベールと申します」
「ああ……ユリアの」
最後はぼかして私に視線を向けたので、はいと頷いた。
貴族が嫌いだと言うユアンさんは途端に表情を硬くする。しかしロザンヌ様はそれに気付いているのか、気付いていないのか、屈託のない笑顔を見せた。
「普段からユリアもお世話になっております。お近づきの印にこちらをどうぞ」
ロザンヌ様はそう言いながら私よりも一歩も二歩も前に出ると、持って来た手土産をユアンさんに渡す。すると、彼はそれに視線を落とした。
「これ……」
「こちらで頂いたお花です。とても綺麗なので、ドライフラワーと押し花のしおりにしてみました」
私もロザンヌ様と一緒に陰干しして作ったものだ。昔、ロザンヌ様がご実家の侍女長に教わったと言っていた。
ユアンさんは顔を上げるとロザンヌ様を真っ直ぐ見る。
「どうしてこれを」
「花瓶にいけたままだとすぐに駄目になっちゃうでしょう。こうしておけば、長く持ちますから」
「こんな事をしたところで、永遠に美しさが続くわけではありませんよ」
一応礼節はわきまえているようだが、皮肉っぽい言い方だ。
「ええ。もちろん植物だって生き物だもの。生あるものはいつか土に還るのは当然ですよ?」
それが何かと小首を傾げるロザンヌ様に、ユアンさんは一瞬言葉に詰まる。
「む、無駄ではないかと」
「無駄ですか? でもお花ってプライドの高い生き物でしょう」
「花にプライド?」
「ええ。だって自己主張が強いではありませんか。花束を頂いてもわたくしを盛り立ててくれるどころか、わたくしが花を引き立ててしまっていますもの」
ぷんぷん怒るロザンヌ様にユアンさんは押され気味だ。
「そ、それはお気の毒に」
「ありがとう。でもね。人間の身勝手で手折った以上、その生き様に敬意を払って少しでも長く綺麗な姿でいさせてあげないと駄目だと思っております」
「生き様に敬意……」
ユアンさんはロザンヌ様の言葉を繰り返し、そしてもう一度手の中の花に目をやった。
「――あら。こちらの管理者様でしょうか」
「え? あ、はい」
話し声を聞きつけて側に寄ってきたジル様にロザンヌ様は駆け寄り、ごきげんようと礼を取る。
「ジル様ですね。いつもユリアがお世話になっております。わたくし、ロザンヌ・ダングルベールと申します」
「ジ、ジル様? い、いえ。そんな。ご令嬢様に敬称をつけていただくような身分では」
「とんでもないことです。お花、いつもとても素晴らしいですわ。誉れ高い職人様に敬意を払うのは当然のことです」
「え。いや、そんな」
ジル様もまたロザンヌ様のぐいぐい来る姿におろおろとしている。
ロザンヌ様は、心の扉をぶち破って不法侵入するのが得意技だから諦めてほしい。
「ところで。ここの廃棄処分になるお花についてですが、全てのお花がプライドを持って生きているのに捨て置くのは酷いと王族の方に直談判した結果、王族居住区域の廊下に飾るとのご回答を頂きました」
ロザンヌ様が殿下に迫る姿がありありと想像できてしまう。きっと殿下が根負けしたのだろう。
「え……。では」
「ええ。近々、こちらで育てられたお花は全てお納めするご下命を賜ることになられるかと思いますので、よろしくお願いいたします。ただ、完全に傷んでしまったものは残念ですが」
「そ、それはもちろんです」
ジル様としても、王族へとお納めするのは最高の花に限るとは言え、精魂込めて育てた花々を廃棄処分するのは心が痛んでいたのだろう。ロザンヌ様の言葉に頬を紅潮させて喜んでいるのが分かる。
「それとご相談なのですが、わたくしの部屋に飾る一輪のお花だけはこっそりお譲りいただきたく――あ。こちら、ジル様にもドライフラワーと押し花のしおりを。いえ! これは断じて。断じて賄賂でも、闇取引でもございません」
手を大仰に振りながら言い訳しているロザンヌ様を見ていると、ユアンさんが側にやって来た。
「あれがあんたの主人?」
「はい。手折られたとしても、生ある限り精一杯気高く美しく、そして逞しく咲き誇る私の主人です」
彼はぷっと吹き出す。
「ホント、逞しそうな人だ」
「はい。私の自慢の主人です」
「……うん。良い主人を持ったね」
ユアンさんは頷くと柔らかな表情で微笑んだ。
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