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第136話 ゆっくりの意味
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何ですって? 今、殿下は何とおっしゃったのでしょうか。ダンスがどうとか聞こえた気もするけれど。
「何とおっしゃいました?」
「だからダンスの練習だ。これからも社交界に参加するのならば必須になる」
「殿下は踊れるのですか」
問いかけると殿下は馬鹿にしたように鼻で笑う。むかつく。
「当たり前だろう。王族として当然の素養だ」
「まあ! それはそれはお素晴らしいことで」
私は両手を重ねて、頬に当てた。
「もちろん貴族としても当然の素養であるが?」
「まあ! それはそれは存じませんもので」
「そうか。知らないものは仕方がない。ではぜひ今日から身に付けていってくれ。クロエに頼んでおく」
「クロ……」
にっと勝ち誇ったように笑う殿下を前に、岩を頭にぶつけられたくらいの衝撃で私はよろめいた。
「ダンスですか?」
「そう。ダンスだって。夕食が終わったら、殿下の広いお部屋をお借りしてダンスの練習が始まるの。しかも教育係はクロエさんなのよ……」
執務室から戻った私は、肩を落としてユリアに愚痴る。
「そうですか」
「ユリアは踊れる?」
「私には必要ありませんので、学んだことはありません。旦那様にはダンスの練習を勧められましたが、丁重にお断りいたしました」
「そっか。でもユリアは運動神経良いし、飲み込みも早いから、学べば簡単にこなせそうよね」
はぁとため息をついた。
私って、勉強も得意ではないし、運動も得意ではないし、本当に長所が無いなあ。
「ロザンヌ様はダンスを学ばれたのでは?」
「ええ。だけど普段使わない動きなんて、すぐに忘れちゃうわよ」
「分かります」
ユリアは頷き、珍しく同意してくれる。
「私も最近、相手の懐に入る動きが鈍くなりました」
「うん。それは忘れていいわ……」
私は苦笑しながら夕食を取るために席に着くと、テーブルに一輪挿しが置いてあった。
ピンク色のふわふわしたお花だ。
「あら。綺麗なお花ね」
「はい。頂いてきました。華やかになるかと」
「そうね」
一人で取る食事も慣れたつもりだけれど、やはり時折、物寂しい時がある。一輪、お花があるだけで雰囲気がぐっと明るくなる気がする。
花束だとお花の管理も難しいし、ユリアなりに考えてくれたらしい。顔が綻ぶ。
「ありがとう、ユリア。嬉しい」
「はい」
夕食を終えて一休みした後、私は渋々腰を上げた。
約束に遅れるとまた殿下に突撃されそうだからだ。
「ユリア、行きましょう」
「私もですか」
「ええ。クロエさんがいらっしゃるだろうけれど、夜、殿下のお部屋に入るわけだから」
「かしこまりました」
私はノックして殿下の入室許可を取ると、扉を開けてユリアと共に部屋に入った。
「お待ちしておりましたわ、ロザンヌ様」
「はい……」
にっこり笑顔のクロエさんに、私は始まる前からげっそりと痩せた気分になっていると。
「こんばんは。ロザンヌ様、ユリアさん」
「え?」
聞き覚えのある優しげな男性の声に視線をやると、そこにいたのはジェラルドさんだった。
いつもの隊服ではなく、一切の装飾を排した平服姿だ。ジェラルドさんの私服姿はこれで二度目となる。
「ジェラルド様? こんばんは。どうなさったのですか?」
ジェラルドさんに問いかけたけれど、殿下が先に口を開いた。
「私が連れてきた。やはり相手がいた方がいいだろう」
「そうなのですか。ジェラルド様、任務時間外でしょうに申し訳ございません」
「いいえ。お役に立てるといいのですが」
いつものように笑顔でジェラルドさんは引き受けてくれる。
殿下も通常なら、職務以上の事はさせないはずなのに、私に協力してくださる以上、頑張らないと駄目だなと思う。
クロエさんは不思議そうに首を傾げつつ、ユリアに視線を向けた。
「では、ユリアさん。わたくしが拍子を取りますから、あなたはロザンヌ様の横に」
「はい?」
まさか自分がご指名を受けるとは思わなかったユリアは一瞬、無表情の顔を強ばらせた。
「横にお手本があった方が分かりやすいでしょう」
「私は全く踊れませんが」
「全く?」
「全く」
「そう。では丁度いい機会だから、ユリアさんも一緒に学びなさい」
「……なぜ」
ぼそりと不満げに呟くユリアの言葉は軽く無視のようだ。
私としては同士ができて嬉しい限りである。
「じゃあ、始めますよ。ロザンヌ様、ユリアさん、まずはわたくしの動きをしっかり見て覚えてください」
クロエさんは女性のパートを一人で躍ってみせる。
うーん、覚えられない。ユリアをちらっと見てみると、妙に足運びばかり見つめている。武術に生かせるかもしれないと考えていそうだ。向上心溢れますね。
「以上です。よろしいですか?」
クロエさんの言葉にはっと我に返る。
私は集中力がないのが駄目なのよね。
「ではロザンヌ様、ユリアさん。わたくしと同様に躍ってみましょう」
私とユリアは顔を見合わせた。
分かった?
何となくです。
視線と視線で会話する。
「さあ、お二人。前に出ていらっしゃい。特にユリアさんは初心者ということですし、一つずつ動きを確認しながらゆっくり始めてみましょうね」
笑顔のクロエさんだったけれど、ゆっくりとは何の意味やら、遠慮なくビシバシと指導された。
「何とおっしゃいました?」
「だからダンスの練習だ。これからも社交界に参加するのならば必須になる」
「殿下は踊れるのですか」
問いかけると殿下は馬鹿にしたように鼻で笑う。むかつく。
「当たり前だろう。王族として当然の素養だ」
「まあ! それはそれはお素晴らしいことで」
私は両手を重ねて、頬に当てた。
「もちろん貴族としても当然の素養であるが?」
「まあ! それはそれは存じませんもので」
「そうか。知らないものは仕方がない。ではぜひ今日から身に付けていってくれ。クロエに頼んでおく」
「クロ……」
にっと勝ち誇ったように笑う殿下を前に、岩を頭にぶつけられたくらいの衝撃で私はよろめいた。
「ダンスですか?」
「そう。ダンスだって。夕食が終わったら、殿下の広いお部屋をお借りしてダンスの練習が始まるの。しかも教育係はクロエさんなのよ……」
執務室から戻った私は、肩を落としてユリアに愚痴る。
「そうですか」
「ユリアは踊れる?」
「私には必要ありませんので、学んだことはありません。旦那様にはダンスの練習を勧められましたが、丁重にお断りいたしました」
「そっか。でもユリアは運動神経良いし、飲み込みも早いから、学べば簡単にこなせそうよね」
はぁとため息をついた。
私って、勉強も得意ではないし、運動も得意ではないし、本当に長所が無いなあ。
「ロザンヌ様はダンスを学ばれたのでは?」
「ええ。だけど普段使わない動きなんて、すぐに忘れちゃうわよ」
「分かります」
ユリアは頷き、珍しく同意してくれる。
「私も最近、相手の懐に入る動きが鈍くなりました」
「うん。それは忘れていいわ……」
私は苦笑しながら夕食を取るために席に着くと、テーブルに一輪挿しが置いてあった。
ピンク色のふわふわしたお花だ。
「あら。綺麗なお花ね」
「はい。頂いてきました。華やかになるかと」
「そうね」
一人で取る食事も慣れたつもりだけれど、やはり時折、物寂しい時がある。一輪、お花があるだけで雰囲気がぐっと明るくなる気がする。
花束だとお花の管理も難しいし、ユリアなりに考えてくれたらしい。顔が綻ぶ。
「ありがとう、ユリア。嬉しい」
「はい」
夕食を終えて一休みした後、私は渋々腰を上げた。
約束に遅れるとまた殿下に突撃されそうだからだ。
「ユリア、行きましょう」
「私もですか」
「ええ。クロエさんがいらっしゃるだろうけれど、夜、殿下のお部屋に入るわけだから」
「かしこまりました」
私はノックして殿下の入室許可を取ると、扉を開けてユリアと共に部屋に入った。
「お待ちしておりましたわ、ロザンヌ様」
「はい……」
にっこり笑顔のクロエさんに、私は始まる前からげっそりと痩せた気分になっていると。
「こんばんは。ロザンヌ様、ユリアさん」
「え?」
聞き覚えのある優しげな男性の声に視線をやると、そこにいたのはジェラルドさんだった。
いつもの隊服ではなく、一切の装飾を排した平服姿だ。ジェラルドさんの私服姿はこれで二度目となる。
「ジェラルド様? こんばんは。どうなさったのですか?」
ジェラルドさんに問いかけたけれど、殿下が先に口を開いた。
「私が連れてきた。やはり相手がいた方がいいだろう」
「そうなのですか。ジェラルド様、任務時間外でしょうに申し訳ございません」
「いいえ。お役に立てるといいのですが」
いつものように笑顔でジェラルドさんは引き受けてくれる。
殿下も通常なら、職務以上の事はさせないはずなのに、私に協力してくださる以上、頑張らないと駄目だなと思う。
クロエさんは不思議そうに首を傾げつつ、ユリアに視線を向けた。
「では、ユリアさん。わたくしが拍子を取りますから、あなたはロザンヌ様の横に」
「はい?」
まさか自分がご指名を受けるとは思わなかったユリアは一瞬、無表情の顔を強ばらせた。
「横にお手本があった方が分かりやすいでしょう」
「私は全く踊れませんが」
「全く?」
「全く」
「そう。では丁度いい機会だから、ユリアさんも一緒に学びなさい」
「……なぜ」
ぼそりと不満げに呟くユリアの言葉は軽く無視のようだ。
私としては同士ができて嬉しい限りである。
「じゃあ、始めますよ。ロザンヌ様、ユリアさん、まずはわたくしの動きをしっかり見て覚えてください」
クロエさんは女性のパートを一人で躍ってみせる。
うーん、覚えられない。ユリアをちらっと見てみると、妙に足運びばかり見つめている。武術に生かせるかもしれないと考えていそうだ。向上心溢れますね。
「以上です。よろしいですか?」
クロエさんの言葉にはっと我に返る。
私は集中力がないのが駄目なのよね。
「ではロザンヌ様、ユリアさん。わたくしと同様に躍ってみましょう」
私とユリアは顔を見合わせた。
分かった?
何となくです。
視線と視線で会話する。
「さあ、お二人。前に出ていらっしゃい。特にユリアさんは初心者ということですし、一つずつ動きを確認しながらゆっくり始めてみましょうね」
笑顔のクロエさんだったけれど、ゆっくりとは何の意味やら、遠慮なくビシバシと指導された。
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