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第127話 道草を食う
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「間もなく到着いたします」
ジェラルドさんの声に私は窓から外を覗いてみた。
露店売りを始め、通りが店でひしめき合い、呼び込みや人々の話し声でざわめきなども馬車を通しても聞こえてくる。人々の表情も明るく、活気がある町だということが一目瞭然だ。
「凄い……」
実家は自然に囲まれ、畜産、農産業で成り立つ村だ。店も無いことはないが、もちろんこれほど多くはない。土地が広い分、こんなに大勢の人が一箇所に集まることもお祭りなどのイベント以外ではまれである。
「では降りましょうか」
町の入り口に馬車の停留場所があり、そこで馬車を降りることとなった。
馬車で町の表通りを抜けて行くには人が多く、道が少々狭いようで、ここからは歩きらしい。
「もし万が一はぐれた場合、この場所に戻って来ることにしましょう。覚えておいてくださいね」
「はい」
「では、行こう。リボンを買うと聞いたのでそこへ向かう」
殿下とジェラルドさんが先行して私たちの前を歩き出すので、その後を付いていく。
女性のリボンを買う店なんて知っているのかしらと思うけれど、少なくともこの町のことを全く知らない私よりはご存知なのだろう。
前を行くお二人は帽子を目深にかぶって顔を隠しているのにもかかわらず、均整の取れた体格のせいか、品のある物腰のせいか、歩いているだけで何人もの女性が振り返っている。
やはり悔しいけれど、溢れんばかりの気品とやらは隠しきれないといった様子だ。
私はというと、人々の笑い声や楽しそうな話し声が、馬車の中よりも身近で大きく聞こえてきて気分が高揚する。ユリアと並んで歩いているけれど、店先からの呼び声に反応しては胸が高鳴り、きょろきょろと完全にお上りさん状態だ。
「真っ直ぐ歩きましょう」
ユリアは私の手を軽く引き戻す。
「だってー。見てよ、ユリア。あのリンゴ、艶々していてとても美味しそうよ!」
露店に広げられたリンゴは小ぶりだけれど、色は真っ赤で艶めいている。酸味と甘味が最高だよと店先の人は叫んでいて、ひと噛みすれば瑞々しい果汁が口の中に広がる様を容易に想像できる。
「……私はリンゴが嫌いなのです」
「あ、そうだったわね。じゃあ、買うのは止めようね。――あ、見て見てユリア! あのネックレス、可愛い! しかもお安そうよ。お揃いで買わない? どれ、ちょっと見に行きましょうかね」
歩きだそうとすると、またぐいっと引き戻される。
「単独行動をしてはいけません。殿下とはぐれてしまうでしょう。ほら、既に少し距離が空いてしまいました」
殿下方も私たちとの距離が空いたことに気付いたようで、こちらに振り返って立ち止まっている。
「行きますよ」
「はぁい」
私はユリアに引っ張られて渋々殿下の元へと駆け寄ると、殿下はため息をついた。
「どうも君が道草を食っているようだな。君たちが先に歩け。後ろからの方が見守りやすい」
「それではまるで子供のお守りみたいではありませんか」
「子供のお守りだ。違うか?」
「違いません」
素直に認めるしかなかった。
だって、事実、お上りさんだもの。興味津々でも仕方ない。
胸を張る私に殿下は苦笑した。
「ですが、場所が分かりません」
「後ろから指示するから、それまでは真っ直ぐ歩いておけばいい」
「かしこまりました、殿下」
「ああ。ここで殿下と呼ばないように」
確かにせっかくお忍びで来ているのに、殿下と呼んではいけませんね。
「では、何と?」
「エルベルトでいい」
「エルベ……」
私は途中で口を噤んだ。
殿下を付けないと何だかうずうずとすると言うか、むずむずすると言うか、心が落ち着かない気がするからだ。
「できるだけ呼ばない方向で頑張ります」
「呼ばない方向って何だ……。ともかくあまりふらふらする――言っている側から!」
露店のおじさんがこのお菓子、美味しいよ。ちょっと試食してみなと言ってくれたので、私は一直線である。
もちろん手を繋いだままのユリアを引きずっています。私のお菓子愛は何者をもってしても止めることはできないのだ。
おじさんは辿り着いた私の口にお菓子の試食品を放り込んでくれた。
「――っ! 美味しい! 口の中でほろほろと溶けていきます! 最高です!」
甘さ控えめのクッキーではあるが、食感が面白い。
自分の目だから見えないけれど、今、私の目はきらきらと輝いているに違いない。お菓子は人を幸せにします!
「だろー。見た目は地味だが、食感がいいんだ」
「はい。とても美味しいです! ユリアもほら、頂いて」
「私は結構です」
あっさりと断るユリアに私は頬を膨らませた。
「もう! じゃあ、買うから後で分けてあげる。お兄さん、お一つ下さいな」
私は袋詰めされたお菓子を指さす。
「お! お嬢さん、嬉しいことを言ってくれるねぇ! お嬢さん可愛いし、おまけしておくよ!」
袋を開けて上から何個か多めに入れてくれた。
「ありがとうございます!」
お金と引き替えに受け取ると、また別の場所からこれは珍しいお菓子だよとお声がかかり、私はまたユリアを引きずりながらそちらへと走って行った。
ジェラルドさんの声に私は窓から外を覗いてみた。
露店売りを始め、通りが店でひしめき合い、呼び込みや人々の話し声でざわめきなども馬車を通しても聞こえてくる。人々の表情も明るく、活気がある町だということが一目瞭然だ。
「凄い……」
実家は自然に囲まれ、畜産、農産業で成り立つ村だ。店も無いことはないが、もちろんこれほど多くはない。土地が広い分、こんなに大勢の人が一箇所に集まることもお祭りなどのイベント以外ではまれである。
「では降りましょうか」
町の入り口に馬車の停留場所があり、そこで馬車を降りることとなった。
馬車で町の表通りを抜けて行くには人が多く、道が少々狭いようで、ここからは歩きらしい。
「もし万が一はぐれた場合、この場所に戻って来ることにしましょう。覚えておいてくださいね」
「はい」
「では、行こう。リボンを買うと聞いたのでそこへ向かう」
殿下とジェラルドさんが先行して私たちの前を歩き出すので、その後を付いていく。
女性のリボンを買う店なんて知っているのかしらと思うけれど、少なくともこの町のことを全く知らない私よりはご存知なのだろう。
前を行くお二人は帽子を目深にかぶって顔を隠しているのにもかかわらず、均整の取れた体格のせいか、品のある物腰のせいか、歩いているだけで何人もの女性が振り返っている。
やはり悔しいけれど、溢れんばかりの気品とやらは隠しきれないといった様子だ。
私はというと、人々の笑い声や楽しそうな話し声が、馬車の中よりも身近で大きく聞こえてきて気分が高揚する。ユリアと並んで歩いているけれど、店先からの呼び声に反応しては胸が高鳴り、きょろきょろと完全にお上りさん状態だ。
「真っ直ぐ歩きましょう」
ユリアは私の手を軽く引き戻す。
「だってー。見てよ、ユリア。あのリンゴ、艶々していてとても美味しそうよ!」
露店に広げられたリンゴは小ぶりだけれど、色は真っ赤で艶めいている。酸味と甘味が最高だよと店先の人は叫んでいて、ひと噛みすれば瑞々しい果汁が口の中に広がる様を容易に想像できる。
「……私はリンゴが嫌いなのです」
「あ、そうだったわね。じゃあ、買うのは止めようね。――あ、見て見てユリア! あのネックレス、可愛い! しかもお安そうよ。お揃いで買わない? どれ、ちょっと見に行きましょうかね」
歩きだそうとすると、またぐいっと引き戻される。
「単独行動をしてはいけません。殿下とはぐれてしまうでしょう。ほら、既に少し距離が空いてしまいました」
殿下方も私たちとの距離が空いたことに気付いたようで、こちらに振り返って立ち止まっている。
「行きますよ」
「はぁい」
私はユリアに引っ張られて渋々殿下の元へと駆け寄ると、殿下はため息をついた。
「どうも君が道草を食っているようだな。君たちが先に歩け。後ろからの方が見守りやすい」
「それではまるで子供のお守りみたいではありませんか」
「子供のお守りだ。違うか?」
「違いません」
素直に認めるしかなかった。
だって、事実、お上りさんだもの。興味津々でも仕方ない。
胸を張る私に殿下は苦笑した。
「ですが、場所が分かりません」
「後ろから指示するから、それまでは真っ直ぐ歩いておけばいい」
「かしこまりました、殿下」
「ああ。ここで殿下と呼ばないように」
確かにせっかくお忍びで来ているのに、殿下と呼んではいけませんね。
「では、何と?」
「エルベルトでいい」
「エルベ……」
私は途中で口を噤んだ。
殿下を付けないと何だかうずうずとすると言うか、むずむずすると言うか、心が落ち着かない気がするからだ。
「できるだけ呼ばない方向で頑張ります」
「呼ばない方向って何だ……。ともかくあまりふらふらする――言っている側から!」
露店のおじさんがこのお菓子、美味しいよ。ちょっと試食してみなと言ってくれたので、私は一直線である。
もちろん手を繋いだままのユリアを引きずっています。私のお菓子愛は何者をもってしても止めることはできないのだ。
おじさんは辿り着いた私の口にお菓子の試食品を放り込んでくれた。
「――っ! 美味しい! 口の中でほろほろと溶けていきます! 最高です!」
甘さ控えめのクッキーではあるが、食感が面白い。
自分の目だから見えないけれど、今、私の目はきらきらと輝いているに違いない。お菓子は人を幸せにします!
「だろー。見た目は地味だが、食感がいいんだ」
「はい。とても美味しいです! ユリアもほら、頂いて」
「私は結構です」
あっさりと断るユリアに私は頬を膨らませた。
「もう! じゃあ、買うから後で分けてあげる。お兄さん、お一つ下さいな」
私は袋詰めされたお菓子を指さす。
「お! お嬢さん、嬉しいことを言ってくれるねぇ! お嬢さん可愛いし、おまけしておくよ!」
袋を開けて上から何個か多めに入れてくれた。
「ありがとうございます!」
お金と引き替えに受け取ると、また別の場所からこれは珍しいお菓子だよとお声がかかり、私はまたユリアを引きずりながらそちらへと走って行った。
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